無自覚
時間が空いてしまい申し訳ございません。
就職活動の影響で投稿頻度が落ちてしまいました。
溜めてはあるので少しずつ投稿していこうと思います。
「もしかして朱さんに告白されました???」
バイト終わりにキンキンに冷えたスポドリを飲んでいたら姫宮先輩がそんなことを言いだした。
「がほっっ…… ごほっ!……」
あまりにも的確に言い当てられてしまったことにびっくりして、飲んでいたジュースが全て気管に入ってしまった。
「なんで!! そんな分かるんですか?! エスパーですか?!」
「あ! それ良いですね。エスパーキャラって面白いかもしれないですね」
「朱から聞いたんですか?」
「朱さんはそんなこと自分から言わないですよ」
姫宮先輩はスマホをいじっていてこちらに視線を向けていない。
「立華さんの今日の働きぶりがいつもの百分の一だったので」
「そんなにぼーっとしてましたか?」
「立華さんはいつもぼーっとしてますけどね」
「ははは……」
「で、朱さんと付き合うんですか?」
普段と全く変わらない淡々としたトーンのまま、姫宮先輩は最重要事項にいきなり踏み込んでくる。
「そんなに直球に聞きます? 普通」
あれから朱とは会っていない。
言っていて帰り際のアレを思い出していた。
あの時の頬に感じた熱い感覚が今でも思い出される。
「朱さんは私の大切な仕事仲間なので」
「俺は大切な仕事仲間じゃないんですか……」
「立華さんはたまたまバイト先が同じだった一般の人です」
「そうですか……」
「立華さんが真剣に朱さんとお付き合いするなら何も言いませんが、もし不純な動機で朱さんに近づいていたのなら個人情報すべてネットに晒して社会的にぶち殺す予定です」
「それは怖いな」
「イエスかノーかどちらにするんです?」
「それは……」
姫宮先輩に問われたことに俺は答えられなかった。
ペットボトルを握ったまま体が止まってしまう。
「まだ決めてないんですか」
「……まだっていうか、決める決め手が分からないんですよね」
「決め手なんて好きかどうかじゃないですか」
「まあ、そうですよね」
「分かってるじゃないですか」
「……俺って朱のこと好きなのかなって」
「はぁ?」
俺はまだ朱の事が好きかどうか自分でも分かっていなかった。
それ以上でもそれ以下でもない。
もちろん好きか嫌いかで言えば好きなのだが、答えを出すべきフォーマットとしての好きがまだ自分の中で形作られていないのだ。
「あれだけ朱さんに言い寄られて好きかどうか分からないって、立華さんはオスですか」
「一応は」
「はぁ。私なら二つ返事でオーケーしますけどね」
「先輩って、そっちの人なんですか?」
「オタク的にはその方が喜ぶと思うんですけど」
「まあ。そうっすね」
実際のところ先輩の表情からは本当はどっちなのか判断しかねた。
「……返事はしないといけないですよ」
数秒間の沈黙の後、姫宮先輩ははっきりとした口調で呟いた。
「まあ。それは……」
分かってはいたけれど姫宮先輩の感情の無い言葉は問題に意識を向けさせられる。
「立華さんこの前言ってましたよね」
「何がですか?」
「なんで高校に入ったかって話したときに」
何の話かイマイチ思い出せなかったので、俺は続きを聞く体勢に入る。
「『なんとなく周りが入るから』って」
そんな話をした気がする。
確か、姫宮先輩が高卒認定の勉強をしていた時にしていた話だ。
姫宮先輩は俺の様にみんなが行くから行かないといけないっていう周りと合わせないといけないという感覚が無かったみたいなことを言っていた。
「今回はそれじゃダメですよ」
「えっ?」
「今回は自分で答えを出してください」
その言葉はいつものように直接心に響く事を連発している姫宮先輩の発した言葉の中でも特に俺の身体の奥深くまで浸透していった。
今までの人生で俺は何をするにもすべて周りが決めたことに流されていた。
修学旅行の時だって、俺が一紗に友達を作るとか意気込んでいた割には最終的に一紗と綾乃がしたことに乗っかっただけで俺は何もしていなかった。
朱が最下位になった時もそうだ。結局全部、一紗に任せてしまった。
だから、正真正銘「自分で答えを出す」ことに俺は向き合わねばならない。
俺は自分の意思を自分で彼女に伝えなければならない。
そんな当たり前の事すら俺はできていなかったのだろうか。
そんなことを考えていると自分の無能さに嫌気がさした。
「別にまだ好きって分からなくてもいいんですよ。朱さんと付き合うか付き合わないか、決めてください。できるだけ早く」
「できるだけ早くか……」
「そうですね。まあ来週までには」
「来週?! ちょっと早くないですか?」
来週といったらちょうど三浦海岸でフォーチュンがフェスに出る日だ。
「じゃあ聞きますけど、もし立華さんが私に告白したとして一週間以上待たされたらどんな気分ですか?」
「なんで姫宮先輩なんですか」
「それは誰でもいいでしょう」
「……まあ、ずっともやもやして飯が喉を通らないと思います」
「今朱さんがそんな状態だとしたらどうです?」
「なるほど……」
「かといって適当に答えを出すのもダメですよ。忘れているかもしれませんけど朱さんはアイドルです。ファンの人との恋愛がバレたらどうなるか分かっていますか?」
「そう……だな」
確かに地下アイドルのスキャンダルはSNSを見ていても良く目にする。そして毎回のように炎上している。
ひどければ解雇処分だ。
フォーチュンはむしろそれが無い点が評価をされている側面の一つだ。
「本音を言うと私は立華さんには朱さんと付き合ってほしくないです」
俺でさえ、メンバーの誰かに恋人がいたとなったらファンを辞めるレベルで嫌な気持ちになる自信がある。
「朱さんが告白するってことはそんなレベルではないってことだと思います」
そう宣言されて事の重大さがさっきの十倍くらいに膨れ上がった。
「私からはそんなところです」
タイムカードを通して姫宮先輩は控室を出て行った。
俺も手に持っていたペットボトルの残りを飲み干してから帰る支度した。
来週までに朱に伝えなければならない。
姫宮先輩が去ってから、その焦燥感が襲ってきた。
自分で答えを出すことへの自信の無さと時間的猶予の無さによるものだ。
フェスで脳みそを空にして羽目を外す予定だったが、そういうわけにはいかなくなった。
それどころか頭が壊れるくらいにそれについて必死に考えないといけなくなったのだ。
家に帰ってきて、ベッドに横になった。
シフトの時間はいつも通りだったのだが、なぜかどっと疲れている。
晩飯も食わないといけないが全然腹が減っていない。
「はあーーー」
大きく息を吐いて胸の中にたまった不純物を全部体の外に出す。
これから考えるべき問題に悪影響を与えないために。
真っ暗な部屋で俺は今日姫宮先輩に言われたことを思い出す。
まず一番簡単なところから考えてみよう。
俺が朱の告白に答えるための一つ目の観点。
それは俺があいつを好きかどうかという点だ。
現時点でそれに対する答えは「分からない」ということである。
これは恋愛に限ったことではないが、俺は人を好きになるという感覚が今まで一度もなかった。
世界から自分へ一方通行で情報が入ってきて、俺はそれに関して何を思ったとしても自分から世界へと何かを送り返したことがない。
もちろん、人や物を見てかわいいだとかかっこいいだとかすげえだとか思うことはある。けれど、それに関して自分からアクションを送り返したことが無いのだ。
だが今、自分の感想を行動として構成する必要があるのだ。
では、その「感想」というものについて考えてみることにした。
朱との出来事を一つ一つ思い出す。
屋上で出会っていきなり手をつながれたこと。
ソフトクリームの間接キスを気にしないこと。
音ゲーが死ぬほどうまいこと。
ディ〇ニーがめっちゃ好きだけど、絶叫系が無理なこと。
一匹狼タイプだけど、以外に打たれ弱いこと。
俺があいつについて知っているのはそんなことだけだった。
それに対して俺がどう思うか。
「見た目とギャップがあるな……」
そんな感想だった。
その感想がどうやったら朱の告白に答えを出す決め手になるのだろうか。
そこまで考えてみて、途中で思考力に限界が来てしまう。
「『まだ好きって分からなくてもいい』か」
姫宮先輩はそんなことも言っていた。
じゃあ、「好き」以外の観点ってなんなんだ。
いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
本日も読んでくださりありがとうございました。
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また感想や評価もお待ちしております。
物語も終盤に入りましたが最後までお付き合い願います。




