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自信

 一紗ちゃんにどっちかにしろって言われた。


 私の気持ちに素直になれば彼に告白すればいい話。


 けれど朱がそのせいでまたアイドルを辞めるとか言い出すのが怖くてどうしようか悩んでいる。


 アイドルやっている彼女が私は大好きだから。絶対辞めてほしくなくて。


 そのような板挟み状態のまま夏休み前最後の一週間が始まる。


 学校の最寄り駅の改札を出ると雲一つない空から直射日光が差してくる。


 私の頭の中とは正反対の天気。


 昨日みたいに何をどうしたらいいか分からなくなっていたという状態は一紗ちゃんのおかげでかろうじて抜け出しているけど、まだどっちにするか決めるっていうマルバツ問題が残っている。


 マルかバツかどっちが正解なんだろう。


 日差しに目を眩ませていると後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「綾乃じゃん。おはよ」


「っ!!!」


 油断していたら後ろから彼に不意打ちされてびっくりした。


 でもやっぱりその声で呼び捨てにされるとじわじわと胸が熱くなって動悸がしてくる。


「た、た、立華君?! は、早いね?」


「え? 別にいつも通りだけど?」


「そ、そうだよね! 私が遅いのか!! はは」


 意識してしまって口から出てくる言葉ががちがちになっちゃう。


「どうした? なんか顔赤いぞ?」


「へ?!!!!!!!」


 やばい。緊張してるのバレてる?!


 自分でも顔が赤くなってのるが分かるくらい顔面がぶわああって熱くなってくる。


 分かってるのにわざわざ指摘してこないでよ……


 首をぐりんっと回転させて顔を見られないようにしてみたけど、時すでに遅しって感じ。


「今週からぐっと気温上がるから、気をつけろよ~」


 彼が私を追い越して行ってしまう。


 その様子を目で追うと、全然気づいてないみたいだった。

 はぁ……


 なんで気づいてくれないんだろ。


 むしろバレてほしいのに。


 彼の背中を追って私も学校へと向かう。


 けれど、意識すればするほどいつもみたいな会話が出てこなくて、とことこと彼についていくだけになってしまう。


「ついに来週だなー」


「え? 何が?」


「フェスだよ。フェス」


 それを聞いて思い出した。


 すっかり頭から抜けてたけど、来週は立華君とそうちゃんと三人で関東の方に遠征に行くことになっている。


 神奈川県の三浦海岸の砂浜アイドルフェスと東京お台場で行われる最大規模のDIFというフェスに参加するってそうちゃんが言っていた。


 砂浜アイドルフェスの方は朱たちが出演するけど、DIFの方には出演しない。


 立華君とそうちゃんはその翌日から三日連続で開催されるDIFの方にも行くってことだったので私も付いて行くことにした。


「あ、そうだよね! 楽しみだね」


「大丈夫かなー。暑さで倒れないかな」


 少し茶化すように笑う立華君。


 その微笑みを見ると恥ずかしくなって勝手に目をそらしてしまう。


「そうちゃんも言ってた。思ってる百倍は暑いって……」


「今度はちゃんと着替え持って来いよな」


「え? 着替え?」


「この前、俺のTシャツ貸してくれって」


「あ!! それまだ返してなかった!!」


 言われてあの日のライブのことを思い出した。


 確か学校帰りに寄ったせいで汗だくになった制服を着替えたかったからっていう理由で彼にTシャツを借りた。


「いいよ、もうそれあげるから」


「いいの?」


「綾乃もフォーチュンのファンなんだし」


「そうだね……」


 あの日のライブは確か朱たちが新衣装を披露した日だっけ。


 フェスの話をしていると学校に着いた。


 全くアクションが起こせずに、二人きりのほんの短い時間は瞬く間に終わってしまう。


 この通学路が無限に続けばいいのに。


 しかしそんなことはあるはずもなく、校舎に入ると綺麗な金髪の少女が靴を履き替えていた。


 私の一番大切な友達が私に挨拶しようとしてこちらに気付いた直後。


 私はそれを見てとっさに走り出していた。


「ごめん! 今日日直だった!!」


 私は速攻で上履きに履き替えてその場から逃げ出した。


 その状態のまま階段を駆け上がり、彼と彼女の不思議そうな視線に耐えるしかなかった。


 まだ朱と会う自信が全然無かったんだ。


 昨日みたいに涙は出なかったけど、自分の自信の無さをさらに自覚してしまった。


 それから数日間、学校で彼女を見かけるたびに私は、ライオンから逃げるシマウマみたいに何度も逃げ出してしまった。


 頭では分かっているのに、彼女が視界に入ると私の脚は勝手に動いてしまうのだ。


 立華君が一人でいるときは話しかけられるのだけど、朱と彼が一緒にいるところを本能的に避けてしまっている。


 こんな状況は絶対にダメだって思うけれど、反射的にそれが起きてしまう。


 そのたびに彼女への罪悪感で自分がひどく嫌な人間だって思った。


 それが苦しくてたまらない。


 彼への恋が叶わないことによる苦しさよりも、朱に嫌な思いをさせてしまっていることの方が何倍も苦しかった。


 そのくせ立華君にはいい顔をして話しかけてしまう自分の狡さも本当に嫌になる。


 そのくせ朱には嫌われたくなくて、普通を装ってメッセージは送ってしまう自分の愚かさも本当に気持ち悪い。


 大好きで大切な彼女を傷つけてしまっているのに。


 バカすぎる。


 夏休み前の最後の一週間はずっとそのような黒い気持ちに支配されてしまっていた。


 けれど、終業式の日に私はついに朱に捕まってしまった。


「なんで、アタシのこと避けるわけ?」


 帰り際、昇降口を出ると彼女に腕を掴まれてしまった。


 その表情は怒りだけではなくて、他のいくつもの感情が含まれているようだった。


 私は、どうすることもできずに俯いてしまう。


「ちょっと来て」


 朱は私の腕を掴んだまま、階段を上っていく。


 それに従うしかなくて土足のまま階段を上った。


 彼女はわき目も振らずひたすらに階段を上っていき、一番上の四階まで来てしまう。


 そのまま、屋上の扉を開けて私をその場所まで連れてきた。


 この場所は暑くなる前に立華君と三人で何度か昼休みを過ごした場所だ。


 だからこの屋上では、朱と私だけ、立華君と私だけというように二人きりになった記憶はない。


 自然と三人での時間が思い出される。


「……何から聞こうかしら」


「えっと……」


 ここ数日間は快晴が続いていて、今日も雲一つない青空だ。


 日差しはじりじりと暑くて、額から汗が垂れてくる。


 しかし、彼女は全然汗をかいていないようだ。


 綺麗な金髪に太陽の光が反射して、夏が似合う女って感じがする。


「まあ、大体分からなくもないけど。アンタもアタシと同じなんだし」


「え?」


「アンタもあいつのこと、好きなんでしょ」


 朱は私には視線を向けずに屋上から遠くの景色に向かって呟くように言った。


「そんで、アタシに会うのが気まずいってカンジ」


「はは。当たってる……」


 見事に言い当てられて、私は彼女の背中に向かって苦笑いをするしかなかった。


 彼女も私の気持ちには気づいていたみたい。


 まあ、そりゃそうか。


 先週までは私もそこそこ彼にアタックしていたから。


 まあ、それは全然効いてなかったのだけど。


「にしても露骨すぎ」


「ご、ごめん……」


「そいうの。ムカつくからやめてくんない」


「ごめん」


「だから!! そうやって謝るのがムカつくの!!」


「えっ?!」


 朱はこちらに向き直り怒りをぶつけてきた。


 その声量にびくっとしてしまう。


「アンタ、そのままずっとびくびくしたままあいつに何もしないつもり???」


「でも……」


「でもって何よ! アタシは! ……親友がそんな顔してるの、嫌」


 彼女の迫力に押されて、涙が出てしまう。


「アンタがアタシから逃げるときいっつも泣きそうな顔してんの」


 そんな当たり前のことを言われてしまって反射的に彼女に言い返していた。


「……っ! そんなの! 朱が泣くより私が泣く方がマシに決まってるじゃん!」


「それが気持ち悪いの!! アタシはアンタの泣く顔なんか見たくない!!!」


「しょうがないよ……」


 朱が人気投票で最下位になったときの顔を見てしまっているから、そんな顔を二度とさせるわけにはいかない。


 そんな思いで私はずっと悩んでいるのに。


「何がしょうがないのよ」


「朱がもし彼に振られてアイドル辞めるとか言い出すのが私嫌なの!!」


「――アンタ、馬鹿なの?」


 ずっと思い悩んでいた私の気持ちをぶつけたのだけど帰ってきたのはそんな言葉。


「え?」


「アタシがあいつに振られるわけないでしょ」


 彼女はため息をついて私の目を見つめた。


「アタシがアンタに負けるって言いたいの? 一回鏡見たほうがいいんじゃない?」


 突然彼女から鋭いナイフが何本も飛んできた。


 みなぎるナルシスズムとともに彼女の言葉は私の胸に一直線に飛んでくる。


「アタシの方が身長高いし、アタシの方が勉強できるし、アタシの方が胸大きいし、アタシの方がかわいいんだから」


 その振り切り具合に呆然としてしまう私。


 彼女の自分に対する自信が圧倒的過ぎて私が今まで悩んでいたことが馬鹿らくなって、憑き物が落ちた気がした。


「だから!! アンタは全力でアタシに負ければいいのよ!」


 彼女の大胆な宣言は多分、学校中に響いたくらいには大きかった。


「……ふふ。あははははは。どんだけナルシストなのよ。あはははは」


「何笑ってるのよ」


「だって、自分で自分の事、かわいいって」


 私はおかしくなってお腹を押さえて爆笑してしまった。


「今どきアイドルでも、そんなこと言わないよ。あはははは」


「ちょ、ちょっと!!」


 確かに。面白いけど、彼女の言う通りだ。


 私が勝ってるとこなんか一つもなかった。


 それは分かってはいたんだけど、目の前でそんなことを言われたら笑うしかなかった。


 妙に納得させられて、罪悪感が吹っ飛んでいった。


「私が勝ってるとこ一つだけあるけどね」


 でも、誰にも負けないことが一つだけあった。


「……なによ」


「私の方が立華君の事好きだから!!」


 言葉にすると、それは自信になった。


今日も読んでくださりありがとうございました。

「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方はぜひブクマよろしくお願いします。


また評価や感想もお待ちしております。



物語も終盤ですがもう少し続きます。

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