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最弱の私

 この前、二人で出かけたのは良かったけど……


 ご飯食べるくらいまでは結構いい感じだったのに。


 でも、あのアイスのせいで!!


 あの後、ずっと気まずくなっちゃったよね……


「そう簡単にいかないか……」


「綾乃? どうしたの? 悩み事?」


「ついに綾乃も恋?」


 久々にクラスの友達二人と遊んでいて、今帰り。


 街を歩いていると心なしかカップルが多くて、この前の立華君とのデートを思い出してしまっていた。


 立華君からしたらちっともデートと思ってなさそうだけどね。


「まあ、そんな感じ」


 適当に流すけど、ドンピシャで当たってる。


「なになに? 聞かせてよ」


「京子はそういうの全くなさそうだよね」


「私は恋愛マスターだからね」


「はいはい」


 まあ、女子高生三人集まればそりゃあこういう話にはなるよね。


 駅前のマ〇クを出て駅に向かって歩く。


 もうすっかり外は真っ暗。


 二人はJRだから私だけここでお別れ。


「じゃあ。久々で楽しかったよ」


「恋の悩みならいつでも聞くから!」


「また明日ね」


 手を振って二人と別れた。


 私が阪急の方に向かおうとすると見慣れた金髪の少女が目に入った。


「朱?」


 一目で分かったので、呼びかけながら朱の方に向かおうとすると、彼女の歩く先に男の人がいた。


 とっさに声を引っ込めてその人の方へと視線を向けると、その人は立華君だった。


 朱は立華君の方に歩いていくと、突然彼の頬へとキスをした。


「え……」


 それを見てしまって、私はその場から逃げ出してしまう。


 二人とも私に気付いていないのに、そこにいてはいけない気がした。


 その光景は私が二人の間に入る隙間が無いことを証明しているみたいだった。


 その光景は私に残酷な現実を突きつける。


「またか……」


 また、先を越されちゃった。


 なんで同じミスをしちゃうんだろう。


 とにかく自分は愚図で優柔不断なんだ。


 自分としては割と頑張ってたほうだと思っていたけど、ぜんぜんだった。


 みんなの方がもっと早かった。


 もしかしたらみんなは私が走っていることになんて気づいていないかもしれない。


 少しずつ勇気を出して自分から彼を誘ってみたけど、全く進展しない。


 彼は私の気持ちに全然気づいてくれない。


 冷たい涙が目頭からこぼれてくる。


 駅の中に吹き込んでくる生暖かい風がさっと私の肌をなめる。


 二人が見えなくなるまで必死に走った。


 朱も私と一緒だと知っていながら、何もできなかった。


 私は朱が相手だと知っておきながら、特別な対処をしなかったんだ。


 彼にちゃんと伝えなかったんだ。


 どう考えても全部、私が悪い。


 息が切れて一度立ち止まる。


 そのおかげで少しだけ冷静になることができた。


 仕方なく地下鉄の改札に向かって歩き出す。地下鉄でも帰れないことはない。


 それは自分の選んだ行動が全て関係していて。


 なのにそれが悲しくて。


 望んでいたことなのに自分の欲からかけ離れている。


 それが彼女の欲を刺激した結果、追い抜かれた。


 朱と私じゃ絶対的な能力差があることくらいみんな気付いているはずなんだ。


 全力で走っても私は朱に一歩たりとも追いつけないのだ。


 朱たちのファンなんだからよく分かってるはずなのに。


 朱がどれだけすごいか。


 あれだけ綺麗で、あれだけ踊れて、あれだけ歌えて。


 その上勉強もできて。


 私が敵うはずなどなかったんだ。


 しかしそういうふうに理詰めで考えても、心は全く納得してくれなかった。


 暑い空気がまとわりついてくるのに心の底だけ冷たくて、痛い。


 一度止めた涙があふれてきて、前が見えなくなってくる。


 それは全然止まらなくて、どうしようもなかった。


 ぐしゃぐしゃな顔がマシになるまでホームで電車を見送ることにした。


「綾乃ちゃん?」


 そんな顔のまま女の子に声をかけられた。


「へ?」


 私が顔を上げると、そこにいたのは一紗ちゃんだった。


「大丈夫?」


 彼女は私の顔がぐしゃぐしゃになっている理由を聞かずに「大丈夫?」と一言だけ聞いてきた。


「大丈夫だよ」


 全然大丈夫じゃなくて今すぐにでも抱きつきたかったけどそういうのは私らしくない。


 彼女は私の横に腰かけてくる。


「綾乃ちゃんって嘘、下手なんだ」


 一紗ちゃんはそんな嘘はすぐに見抜いてしまった。


 誰が見ても大丈夫じゃないくらいにぐしゃぐしゃの顔をしていたけれど。


「聞かないの?」


「話したかったら聞くけど」


 ホームを出ていく電車を見送りながら彼女は私にだけ聞こえるような大きさでしゃべる。


「そりゃ帰る時に号泣してる知り合いがいたらびっくりするよね」


「そうだね」


 私の言葉に肯定するだけで、一紗ちゃんは内容を聞くそぶりは全く見せない。


 それから二人の間に言葉は途切れて、電車が来て人が乗降して出ていくという光景をひたすら眺めていた。


 しばらくすると私の涙はだいぶ引いてきた。


 心の方はまだぐしゃぐしゃだけど、表面的な部分はだいぶマシになった。


「一紗ちゃんはいつまでそうしてるの?」


 ずっと私の隣にいるだけ。もう一時間くらいずっと私の隣に座っている。


「綾乃ちゃんが帰れるようになるまでかな」


「心配いらないよ……」


 少しだけ間を開けて一紗ちゃんが答えた。


「綾乃ちゃんは私の友達だから、心配してるってことだけは言っとく」


「友達……」


「修学旅行とのとき、言ってくれたでしょ? もう友達だって」


「それはそうだけど」


「友達が泣いてたら、流石にほっとけないよ。私には隣にいることしかできないけどね。ちゃんと慰められたらよかったんだけど、そういうの私には分からないから」


 何かしてくれるわけじゃなかったけど、その言葉を聞くと少しだけ楽になった。


 だから私は聞いてみることにした。


「一紗ちゃんって、誰かに追い越されたことある?」


「うーん。無いかな」


「そ、そっか……」


 彼女も朱とは方向性は違うけど、すごい人なのだ。


「でも、追い越された人を見たことはある」


「え?」


「私はそういう経験が無かったから、そういう人を見たときになんて声掛けたらいいか分からなかった。……今も分からないんだけどね」


 私が相槌を打つと彼女はその続きを話してくれる。


「その人は、追い越されてすごく落ち込んじゃって数日間どうしようもなかったんだけど、最後には自分でまた走り始めたんだ」


「……すごいね」


「うん。すごいと思う。私がもしその立場だったら同じように走り始められるかどうか自信ない」


 一紗ちゃんは小さい子に読み聞かせするような声音でその話を聞かせてくれる。

 徐々に電車に乗り降りする人の数が少なくなっていく。


「でもほんとにその人だけでってわけではなくて、何人かの手を借りながら立ち上がっていた」


「そう……なんだ。私に手を貸してくれる人なんているのかな……」


 自分の立場に置き換えて考えてみる。


「確かにその人は結構みんなから好かれてて、手を貸してくれる人が多かったかもしれない」


 なんだ。やっぱりその人は私とは違うんだ。


 諦めかけていたけど、一紗ちゃんの話には続きがあった。


「もしかしたら、世の中には手を貸してくれる人が一人もいないっていう人もいるかもしれない」


「えっ?」


「でも、いないよりかは一人でもいたほうがマシでしょ?」


 彼女はそう言いながら私の方を見る。


 そのわずかな微笑みがひどく眩しい。


 アイドルの微笑みは直視すると女の子の私でもちょっと受け止めきれない。


 けれどその微笑みは私にほんの少しだけの勇気を与えてくれた。


「私には、一人しかいないのか」


 自嘲気味に笑ってごまかす。


「私じゃ不満?」


「ごめんごめん! むしろ心強いよ!」


 私は勝手にベンチから立ち上がっていた。


「一人で帰れる?」


 すると彼女も立ち上がって聞いてくる。


「一緒に帰ってくれるんでしょ」


「……そうだね」


 次に来た電車に二人で乗り込んだ。


 中は私たち二人が並んで座れるぐらいには空いていた。


 私は一紗ちゃんの手を借りることにした。


いつも読んでくれている方は、今日も読んでくださりありがとうございました。


初めて読んだという人で「おもしろい」「続きが読みたい」と思ってくださった方はぜひブクマよろしくお願いします。


その他、評価や感想などお待ちしております!!

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