真剣なコト
バイトが終わって控室に戻る。
姫宮先輩はこの後レッスンがあるということですぐに帰っていった。
スマホをつけて朱とのトークルームを表示する。
バイト中、なんて返そうかずっと悩んでいた。
変な言い方だが結論として俺は朱とゲーセンに行くということで決定している。
だけどその思考過程を全部書くわけにはいかないから、ずっと返信の文面が思いつかないでいる。
とりあえず帰る支度をしてバイト先を出た。
スマホ片手に駅までとぼとぼ歩く。
あまりそっけなさ過ぎるのも嫌だし、かといって「楽しみだ」とか送るのもなんか二重の意味で気持ち悪い。
歩きながら、書いては消してを繰り返す。
「いてっ」
スマホの画面に注目しすぎてしまったために歩行者の肩にぶつかってしまった。
「す、すいません」
俺はその人に急いで謝る。幸い怖い人ではなかったので大ごとにはならなかった。
改めてスマホ見てみると「何時」とだけ入力されたメッセージが送信されてしまっていた。
それだけ見るとすごく不愛想な感じがする。
やってしまったと思って新たな文面を入力しようとすると、朱から返信が来た。
「なんか機嫌悪い?」
やっぱりそういうふうに受け取られてしまった。
だから素直にその旨を送信する。
「ごめん、途中で送ってしまった」
「そう。じゃ、十五時に駅前広場ね」
結局、そのまま話は進んで俺は朱と出かけることになった。
まあ、行くとは決めていたから結果オーライだ。
翌日、時間通り駅前広場に着く。
朱はまだ来ていないみたいだ。
しばらく待っていると、改札から派手なギャルが小走りでこっちに向かってくる。
一目で分かるその外見はやはり一般人離れしている。
腰に巻いたデニムのジャケットを揺らしながら、急ぐ必要もないのに急いでいるみたいだ。
「ごめん、ちょっと遅れた」
朱がいつにない素直な態度で遅刻を謝ってくる。別に俺も今着いたところだし一、二分の遅刻を咎める人なんていないだろう。
「全然待ってないから」
「そう?」
一言だけ聞くと朱はさっそく目的地へと向かうようだ。
まあ、ゲーセンって言ってもどうせこいつずっと音ゲーしてるんだろうなーと思いながら彼女の横を歩く。
彼女の身長は多分平均よりも高いのだろうけど俺よりは低くて、さらに黒いキャップをかぶっているので隣にいても彼女の顔は見えなかった。
ゲーセンに着くまで俺たちの間に会話らしい会話は無かった。
目的地に着くと、朱は気合が入ったようでさっそく両替機に千円札を通していく。
じゃらじゃらと百円玉を回収している姿は遠足前日の子供の様だ。
四枚か五枚くらいの千円札を通した後、俺も同じように千円札を通していく。
こう本格的にゲーセンで遊ぶのって高校生になってからは無かったから少し新鮮だった。
両替が終わって音ゲーコーナーに向かおうとすると朱に声をかけられる。
「タツルはしたいゲームある?」
「は?」
いまなんて……
「だから、したいゲームあるかって聞いてるの!」
「え? ああ。特には無いけど…… 音ゲーするんじゃなかったのか」
朱が俺の名前を呼んだことに動揺しながらも俺は思っていたことを口にする。
「あとでするけど、二人でできるのがいいじゃない」
朱は顔をこちらに向けてそんなことを言う。
「てっきり百クレジットくらい連続でやるのかと思ってた」
「そんなにしないわよ!!」
しかし今日も朱のツッコミはキレキレでその点に関しては俺も気を張らないで済む。
「とりあえず、あれやるか」
まあ、定番と言えば定番だ。
あと、俺の唯一の特技だから。
そんな適当な理由で提案すると、朱は「分かった」と一言だけ言って俺の指さした方向に向かって歩き出した。
俺もそれを追いかける。
UFOキャッチャーのコーナーはお客さんで溢れかえっていた。
中の景品を見ていくと俺はフィギュアとかそういうのばっかり目に入るけど、朱はどういうのが欲しいんだろか。
しばらくその場所を見て回る。
「あれ?」
朱を見失って後ろに振り向いてみると、筐体の前で中の景品をじっくりと観察している。
「欲しいのか」
中には枕くらいの大きさの動物系のぬいぐるみが大量に入っている。
イヌ、ネコ、クマ、タヌキ、キツネなど、中にはヘビなんかの様々な動物の巨大ぬいぐるみが無造作に積まれている。
「欲しくない」
だから、こいつはなんで意味の分からないところで意地を張るのか。ディ〇ニーランドでもそうだった。
むしろギャルが動物のぬいぐるみ好きとかギャップがあってプラスに働くと思うのだが。
「どれ」
俺が動物の種類を聞くと、朱が指さした筐体のガラスの向こう側にはペンギンのぬいぐるみ。
俺はさっそく筐体にコインを投入しゲームを始める。
「ちょっと!」
ペンギンのど真ん中、腹を狙ってアームを降下させていくが結果は少し位置がずれる程度。予定通りだ。
UFOキャッチャーというのは一回では絶対に取れないようになっている。だから少しずつ移動させて傾いたところを穴に落とすっていうのがセオリー。
「そうだ」
俺は突然閃いて二回目のアームを動かす前に朱に声をかける。
「俺と朱、交互にアーム動かしていって最後取れた方がペンギン貰えるってことにしよう」
投資した半額を相手に奪われるというデスゲームだ。
というのは冗談で朱の性格上、こういうふうにゲーム性を持たせた方が楽しめるんじゃないかと思って提案してみた。
俺も今日が朱との正真正銘「デート」であることは分かっている。
だけど、俺が景品を獲得して渡すなんてベタな展開を想像して小っ恥ずかしくなったのだ。
それに俺が朱の事を好きかどうかまだ分かっていないから、俺からなんかするのもおかしいと思った。
「分かったわ。絶対アタシの物にしてやる」
朱は期待通り火が付いたみたいでさっそく、アームを動かすボタンを勢いよく押した。
履歴書に特技欄があればクレーンゲームと書けるくらいには自信があるので、やろうと思えば徐々に景品を動かしていって最後だけ朱に取らせるっていう接待プレイもできないことは無いけど、そんな生ぬるいことはしない。
「次は俺の番だな」
朱のアーム裁きを見てみるとおそらく素人のようだ。
俺は徐々に景品を穴の方へと近づけていくが、朱はその場で掴んで落としてということを繰り返している。
朱は真剣にアームの行方を追っているが自分の意味のない行動に気付いていないようだ。
かわいそうだけどまあ、この勝負は俺の勝ちだろう。
真顔でペンギンを透明の檻から救い出してそれを取り出す。
朱の方を向くと涙目で何か言いたそうにしている。
明らかにご立腹している。
そんな顔をされるとどうしようもないじゃないか。
でもさっき想像したようにアニメやドラマのベタな展開だけは避けたい。
だから俺は念押ししながらこう言った。
「これ、俺のだけど持っておくの恥ずかしいからお前が持っててくれ」
ペンギンを差し出すと朱は奪い去るかのようにひったくる。
「しょ、しょうがないわね。帰るまで持っててあげるわよ」
はいはい。もうこいつの性格は熟知している。
それからは拳銃でゾンビを倒していくシューティングゲーム、リングにバスケットボールを入れるゲーム、ホッケーのゲーム、そして音ゲーを順番にやっていった。
音ゲーに関してはやっぱりそれに割く時間は他のより長いようだ。
カップル御用達の太鼓の鉄人なんかも一緒にやったけど案の定俺の敗北。
音ゲーでは一勝もできずに朱のご機嫌はうなぎのぼりだった。
そして最後。
覚悟はしていたが朱もちゃんと女の子だったようで、中の分からない幕で囲まれた写真機に誘われてしまう。あの響きを声に出すのは恥ずかしくてできない。
「嫌だ」
俺はとりあえず拒否の姿勢を見せるが朱は引き下がらないうえ、腕を掴んでくる。
「なんでよ! 言うこと聞きなさいよ!」
そのまま無理やりデカ目のギャルが描かれている幕をくぐらされて、狭い空間で二人きりになってしまう。
「流出とか大丈夫なのかよ」
「アンタはそんなことしないでしょ」
まあ、しないけどさ……
俺の弁解も甲斐なく朱はさっそく画面の操作を始める。
機械からは甲高いきゃるるんとした声で朱が選んだ設定の内容が解説される。
その間朱は俺の腕を離してくれない。
設定が終わったようで朱は自分の髪を整えたかと思うと今度は腕を絡ませてくる。
「っ!……」
ふわっと柑橘系の香りが漂ってくるがそれにリラクゼーション効果は無い。
機械から「はい、撮るよ~」と気の抜けたアナウンスがされてパシャっとシャッター音が鳴る。
「ちゃんと笑いなさいよ」
「善処する」
そのまま立て続けにシャッターが切られていくが終始俺の顔と体は固まったままだった。
そのあとのお絵かきタイムには流石に耐えられなかったので全部朱に任せて外で待機した。
「できたわよ」
仕上がった写真が出てきて朱に手渡される。最近はスマホで読み取るタイプなんかもあるらしい。
「ふふ。変な顔」
その写真を見て朱はくすっと微笑む。
朱の言う通り俺の顔は無表情で緊張してがちがちだったゆえ、誰が見ても変な顔になるのだろう。
対して朱の移りは完璧でプロの領域だった。
やっぱりすごいなぁと素直に感心していると朱は歩き出す。
「ご飯、行くわよ」
たっぷりゲーセンで遊んだ後は無理やり激辛料理の店に連れていかれた。
辛かったけど味はおいしかったので満足だ。
帰り際、駅の改札口。
俺と朱の路線は違うからここでお別れだ。
それまで常に朱の肩が腕に触れるような距離にいたのに、それが離れていく。
今日、俺がデートに来た理由。
朱が俺のことを好きだと知ったタイミングで今日の誘いが来た。
好きでもないのに行くべきではないという考えもよぎったが、行ってはならない理由などなかった。
昨日のバイト中、俺が朱の好意を知ってどうするべきかを考えていた。
俺はあいつのことが好きなのか。
分からなければ体験してみるに越したことはないと思って朱とのデートに行くことに決めた。
その確認をするために来たのだ。
今日一日一緒にいて意識したし、ドキドキしたし、なんとなくそういう感覚は感じた。
二人でゲームセンターを回っただけだけど、すごく充実してた。
それでもまだ俺が朱の事を好きかどうか分からなかった。
俺の答えは出ない。
俺の考えはもやもやしている。
しかし何かを伝えなければという意識が働いて、とっさに改札に向かう朱を呼び止めていた。
「朱!」
振り返る朱。
でもそんな考えは言葉として形にすることができなくてむしゃくしゃしてしまう。
俺が足踏みしていると、朱は堂々とした足取りでこちらに向かってくる。
俺の前まで来ると朱は一瞬だけ俺の目を見て手を取ってくる。
それから間髪いれずにほっぺたに熱い何かが触れた。
「アタシは、アナタに真剣だから」
朱はその言葉だけを残して早足で改札に向かっていった。
今もそれが触れた場所には熱い感覚が残っていた。
そこから、それが何を意味しているか、それに答える義務がじわじわと俺の中に入ってくる。
駅の喧騒の中、俺はその場所に手を当てて彼女が見えなくなった後も硬直していた。
就職活動の方にエネルギーを裂いてしまっていたので、少し期間が空いてしまいました。
今日も読んでくださりありがとうございました。
「おもしろい」「続きが読みたい」と思っていただけましたらぜひブクマよろしくお願いします。
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