思いと行動の関係性
その週の土曜日バイトに出発する前、なんとなくだがブラウザの検索欄に「大学 関西 理系」と入れてみて検索ボタンを押した。
一番上に出てきた近畿地方の大学偏差値一覧というリンクをクリックしてみる。
上の方には京都大学や大阪大学など馬鹿でも聞いたことがある大学の名前が並んでいる。
スクロールして偏差値五十付近に降りてくると見たことのない大学の名前がずらりと並んでいた。
「こんなにあるんだな」
それから少しだけ上にスクロールしてみると、有名な関関同立の名前いくつも書かれていた。
同じ大学の理系ってだけでも違う名前の学部が複数あって、学部名の名前を見ただけではその違いが全く分からなかった。
その段階で疲れてしまってホームボタンを押した。
バイト先に着くと控室にすでに姫宮先輩がいた。
俺の研修が終わるまでは姫宮先輩のシフトにできるだけ俺が合わせるようになっている。
「おはようございます」
「おはようございます」
姫宮先輩はスナック菓子をつまみながら何やら本を読んでいた。
本から目をそらすことはせずに俺の挨拶に返してくれた。
「何読んでるんですか?」
「勉強してるんです」
「何の勉強ですか?」
高校に通っていない姫宮先輩は何の勉強をしているか気になった。詳しくは分からないがいわゆる資格というやつだろうか。
「学校の勉強」
「姫宮先輩って学校行ってませんよね」
「学校に行ってないから学校の勉強してるんですよ」
その言い回しは響きこそ意味が分からなかったが、なぜかその声には説得力があった。
気になってその詳細を尋ねる。
「どういうことですか?」
「立華さんはなぜ高校に入ったんですか?」
「俺? いや、周りが入るからなんとなくですけど」
「私はその感覚が無かったんですよ。みんなが高校行くから私も進学しなければいけないっていうのが分からなかったんです」
姫宮先輩がページをめくる音がやけに大きく聞こえた。
「親には高校行かなくてもいいから高認はとっとけって」
「こうにん?」
「高卒認定の略です。高校に行かなくても指定の試験で合格すれば高校を卒業したことと同じ扱いになります。このご時世に中卒ってわけにもいきませんしね」
高卒認定なんて制度があるんだな。
初めて聞くその言葉には普段の生活から感じられないほどの現実感みたいなものが感じられた。
「まあ、最近までサボってたんですけどね」
「姫宮先輩はバイト中もいつもサボってるじゃないですか」
心境と口に出した言葉に隔たりがあってお腹のあたりがグルっとした。
「充葵さんや一紗さん見てたらなんか私もやらなきゃって思っちゃって」
「え?」
二人目の名前に引っかかって聞き返していた。
「あ、ああ。充葵さんは今年大学受験なんです。だから楽屋で受験勉強をしているのをよく見まして」
「いや、そっちじゃなくて…… 一紗も受験勉強してるんですか?」
「一紗さんですか? 受験勉強っていうにはまだ時期が早い気もしますけど、一応進学希望だとは言っていました」
一紗も進路の事考えてたんだな。
その事実は俺にダンスゲームを見てた時に感じた置いてけぼりの感覚を再び蘇らせた。
「志望してる大学とか聞いたことあります?」
その感覚を感じているにも関わらず俺はそれに手を伸ばしてしまう。
「立華さん、さすがにキモいです」
「ええ?!」
予想外のところからキモいという言葉が飛んできて驚いてしまった。
朱に言われるよりはダメージが大きい。
「俺、キモいことなんか言いました?」
「いや、推しアイドルと同じ大学に行きたいがためにメンバーに志望してる大学を聞くなんて最低にもほどがあります」
確かに。
頭の中で俺のセリフを再生してみると、想像以上にキモかった。
「一紗さんが立華さんの推しじゃなかったとしても個人情報をぽろぽろと言いふらすつもりはありませんけどね」
「じゃあ、姫宮先輩は大学行くつもりなんですか?」
その物言いなら本人に聞くことはセーフだろう。
「まあ、そのためにバイトしてるって感じですけどね」
それを言われてついに俺は黙ってしまった。
自分がバイトをしている理由がひどくしょうもないことのように思えたのだ。
「どうかしました? もしかして私に見惚れていたんですか?」
「はい。姫宮先輩に見惚れていました」
思考が止まって言われたことをそのまま言い返した。
「いやそこはツッコんでください。なんか調子狂いますね」
「いやあ、そんなわけないでしょ」
平坦な声でとりあえずそれに返していた。
姫宮先輩が呆れたように、読んでいた本を閉じてこちらを見据える。
「はぁ…… 朱さんのことで悩んでるのかと思っていましたが、全く違う理由でしたね」
「なんでここで朱が出てくるんです?」
姫宮先輩の言葉はいつも予想外のところから飛んでくるが、今日のはもっと予想外だった。
「立華さんって馬鹿ですか? いや馬鹿なのはさっき証明されましたね」
「それは認めますけど」
「立華さんは好きな人いますか?」
「はぁ?! なんでそんな話になるんですよ!」
「それは立華さんが馬鹿だから理解できないだけです」
いとも容易く俺の反論は棄却されてしまう。
「いいから。好きな人、もしくは気になる人でもいいです。誰ですか?」
好きな人、気になる人…… その響きには先ほどの「高卒認定」じゃないけどどこか現実感が纏っている。
俺が好きな人って誰なんだろうか。一紗は単に推しってだけだし。恋愛感情があるわけではない。かといって一紗と付き合いたくないかと言われればそんなことは百パーセントない。でもそんなことは兆にひとつもないだろう。
だから、俺の結論はたぶんこれで間違ってはいない。
「い、いないです」
「そうですか。いないのなら言いますよ」
息を整えて姫宮先輩は俺の目を見つめる。
「朱さんは立華さんの事好きですよ」
その言葉は音として俺の耳には入ってきたが頭の中でその意味を真っ白なパズルのピースを弄んでいるかの様に構成することができない。
「え?」
「だから、朱さんは立華さんに恋愛感情を持っているということです」
「朱が……」
「立華さんが気づいてないことに未だに信じられませんが、朱さんがあまりにもかわいそうなので私から言いました」
ここ最近の朱の行動を思い出す。昼休みに俺を誘ってきたり、バイトが終わるまで待ってくれたり。
それは単に友人関係として普通のことだと思っていた。
「普通、好きでもない人のバイトが終わるまで待とうとしませんよ」
「そうなのか」
「じゃあ、言いましたからね」
そう言って姫宮先輩は控室を出て行った。
「朱が、俺のことを……」
すると突然、スマホが震えた。
確認してみると朱からのメッセージ。
「明日、ゲーセンいかない?」
昨日までの俺なら多分普通に「おお、いくいく」なんて適当に返事して、明日になれば適当に時間通りに待ち合わせ場所に向かっただろう。
だけど今の俺は、朱の気持ちを知ってしまった俺は、そのメッセージに安易に返信を書くことができなかった。
今までの様に「なんとなく」でそれに対応するのが不誠実であるとそう感じた。
そのメッセージが俺に「考えて行動する」ということの必要性を要請しているようだった。
だからしっかり悩んでから返信を書こうと思ってスマホの電源を落とした。
今日も読んでくださりありがとうございました。
次回は大事な回ですのでどうぞよろしくお願いします。
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