表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/53

あーん

 学校に着いて、時間になるまで何となくツイッターでFortune Route公式のアカウントを眺めていた。

 画面を更新していたら公式アカウントではないツイートがリツイートされて流れてきた。


『砂浜ガールズフェス 出演アーティスト Fortune Route』


「えええええ!!!」


 俺の大声はクラス中の視線を集めてしまいいたたまれなくなって廊下へ出た。


 そのツイートのリンクに飛んで詳細を確認する。


 日時は八月三日。会場は神奈川県の三浦海岸と書かれてある。ライブハウスじゃないのか? 会場のことは今はいったん置いておこう。


 出演するアイドルグループには颯介の好きな虹の征服者、通称にじふくとか、すでにメジャーデビューしいる結構有名めなアイドルなんかもいて総勢十グループ。


 それほど規模の大きいフェスではないけど、出演するアーティストのグループ名を見ると今人気急上昇中のアイドルグループが並んでいる。


 その中にFortune Routeの名前が書かれていた。


「タツ、こんなところでどうした?」


 登校してきた颯介に声をかけられる。


「おお、颯介か。これだよ」


 俺は持っているスマホを颯介に向けて、指で指し示す。


「あーこのフェス、フォーチュンも出るんだ」


「うん、さっき発表されたっぽいよ」


 だが一つ気になることがあった。


「この日DIFの前日だよな」


 DIFとはお台場アイドルフェスティバルの略。毎年東京のお台場で開催される世界最大規模のアイドルフェスだ。例年八月の上旬に三日間開催されるドルオタにとっての一大イベント。今年は五、六、七日開催だ。


「俺はどっちも行くつもりだぜ。にじふくはDIFにも出るしな」


 Fortune RouteはDIFには出演しない。まだDIFに出れるほどの経験が無いのだ。実はまだデビューして一年も経っていないため知名度がまだまだ低い。


「なら、俺もそうするわ」


 実は颯介に誘われて俺もDIFの三日通しチケットを予約していたのだ。バイト始めたのはそれも一つの理由だったりする。


「夜行バスの予約、変更しとかないとなあ」


「宿もな」


 東京行の夜行バスを一日早める必要があるうえ滞在も一泊伸びることになる。


「うわ、ほんとだ。金やべええ」


「ほんとそれなんだよなぁ……」


 滞在費にチケット代、食費もろもろで合計…… 考えるだけで卒倒しそうだ。今月のバイト代を全額と貯金を崩すしかない。


 チャイムが鳴る。

 お金の心配をしながら俺たちは各々席に着くのだった。


 昼休み。

 今日は珍しく学校へ行く前にお昼を買っておいた。

 スマホを確認すると一件の通知。


 メッセージは朱からで内容は今日屋上で一緒に食べないかというもの。

 俺は「いいよ」とだけ返信する。


 ついでに一紗にも「フェス出演おめでとう」と送っておいた。

 朱には会ってからでいいか。


 教室を出ると弁当袋を持った綾乃がいた。


「立華君、お昼一緒に食べよ!」


「おう、いいけど、朱も一緒なんだよ」


「そ、そうなんだ……」


 綾乃の発した「そうなんだ」の「だ」がほとんど消えかけていた。


 朱と何かあったのだろうか。


「あれ、朱と喧嘩中?」


「いや別にー。行くなら早く行こ」


 不審に思ったが、聞き返すのもなんか変だったので返事だけしておいた。


 朱の教室へ向かっていた綾乃を呼び戻し屋上へ向かう。


「綾乃って、弁当派だっけ?」


「最近作り始めたの」


「それはどういう風の吹き回し?」


「そ、それは…… 一紗ちゃんが自分で作ってるからそれに影響されたの!」


 綾乃は階段で立ち止まったかと思うとすぐに歩き始める。


「へー。ってか今日一紗は? 一緒じゃないのか?」


「クラスの友達と一緒に食べてるよ」


 修学旅行の後で一紗は変わったようだ。学校でも友達出来たんだな。


「そうか」


 四階に着き、屋上の扉を開ける。


 直射日光を気にしていたけど、びゅうびゅうと吹き付ける風がそれを和らげている。


「よっ。綾乃も連れてきた」


 朱は学食のパンを片手に待って立っていた。


 一瞬だけ虫の居所が悪そうな顔をしたのは気のせいだろうか。


「あ、綾乃は屋上来るの初めてよね?」


「うん。立華君からさっき聞いて」


「ちょっと誰にも内緒だって言わなかった?」


「言ってねーよ、そんなん」


「ま、いいわ」


 地べたに座って俺たちは食事を開始した。


 綾乃の弁当のお手並み拝見と行きますか。


 ぱかっとふたを開けると俺と朱の声が重なる。


「おお」「すごっ」


 見た目に関しては百点満点だ。これは期待してもいいかもしれない。


「これ、アンタが作ったの?」


「そうだよ~」


 自慢げに綾乃は弁当箱を見せびらかす。


「じゃあ、はい、あーん」


 綾乃はフォークで指した鶏のから揚げを俺の口の前に持ってくる。


 ちょっと待て。この年であーんは恥ずかしいぞ……


 だけど鶏のから揚げは大好物だ。


 俺が渋っていると唐揚げがどんどん近づいてくる。


 こ、これは食べるしかないのか?


 俺は少しずつ口を開けながら心の準備を整えていく。


 香ばしい衣の香りが鼻に入ってくる。


 その誘惑につられて俺の口は少しずつ大きくなっていく。


 綾乃が見つめてくるので恥ずかしくなって反射的に目をつむる。


 ああ…… 恥ずかしいけど! 恥ずかしいけど!! 食べたい。


 ええい!! いただきます!


 心の中で手を合わせてかぶりつこうとしたその時。


「あれ?」


 目を開けるとフォークに刺さっていた唐揚げが無くなっていた。


 その代わりになぜかもぐもぐと咀嚼している朱が見えた。


「なんで朱が食べるのよ!!」


「コレ、結構いけるわね」


 怒っている綾乃とまだ飲み込み終わっていないのに感想を言う朱。


 食べたかったという残念に思う気持ちと、あーんを回避できたことによる安堵の気持ちで俺の精神はだいぶすり減ってしまった。


 しかし綾乃は懲りないようで今度は卵焼きを刺して俺の口の前へと持ってくる。


 すると先ほどのようなタイムラグは無しに朱が一直線にそれに噛みついた。


「だから! なんで朱が食べるのよ!」


「卵焼きもまずまずね」


 だから食べながらしゃべるなよ。


 そのコントが五分ぐらいずうーーっと続き、俺は諦めて自分の飯を食うことにした。


 最終的には半分くらい朱が食べていたんじゃないだろうか。


 綾乃ははぁはぁと肩で息をしていた。


「お前太るぞ」


 綾乃の弁当のおかず約半分を食べたにもかかわらず、朱は自分のパンも食べていた。


「うるさいわね! お腹空いてるのよ!」


 そんなやり取りをしているうちに俺たちは各自の昼食を食べ終わった。


 綾乃が可哀そうだったのでおやつ用のエクレアパンを半分あげた。


 時計を見ると昼休みが終わるまでまだまだ時間があった。


「そういえば、言うの忘れてたけど。朱、フェス出演おめでとう」


「へ? あ、ありがと」


「フェス?」


 綾乃が首をかしげて聞いてきたので教えてあげる。

 スマホで例のフェスのページを開いて綾乃に渡す。


「これ」


「へー! 他のグループ結構すごいじゃん」


「綾乃も来る?」


「行く行く!」


「遠征費覚悟しとけよ~」


「そうじゃん~。今月は節約だね」


 スマホを返してもらう。


 やっぱり高校生に遠征はかなりの出費なんだよな。


「朱たちは何で行くんだ?」


「新幹線だけど」


「はぁ…… 綾乃さん、オタクから金巻き上げといて自分は悠々自適に新幹線移動ですと。我々、八時間豚箱に閉じ込められて輸送されるっていうのに」


「アタシが悪いみたいに言わないでよ」


「人気アイドルは違いますねぇ! 立華さん」


 綾乃も俺に乗っかって面白おかしく朱を責める。


「人気じゃないわよ。まだDIFも出れないし……」


 突然神妙な顔つきになって朱は空を見上げる。


 それを見て俺は安心した。


 以前朱が屋上で空を見上げてた理由と違う気がしたから。


 朱にとっての真剣なものが見つかったのかもしれない。


 その悩んだ顔は前向きなもののように感じた。


 俺も一紗や朱の様に真剣に向き合えるものを見つけなければならいのだろうか。


 同時にそんなことを思った。


「朱ってさ、大学行くのか?」


「何? 急に」


「私は行くつもりだよ」


 そうか。綾乃は大学行くつもりなんだ。


 俺は何となくこのままいけば大学行くんだろうとは思っていたけど。どこの大学がいいとか、どの学部がいいとかそういうのは考えたことが無かった。


「アタシはまだ決めないつもり」


「そっか」


 大学ひとつとっても進学をしないという選択肢もしっかりと見据えているのが偉く大人に見えた。


「綾乃は? 学部とか決まってるのか?」


「うーん。まあなんとなくはね」


 綾乃でも進路の事考えてたんだな。


「そろそろ出るわよ。鍵閉めるから」


「おう」


 夢や目標なんてたいそうなものを今すぐ持てと言われても無理だが、綾乃みたいになんとなくでも考えてみるべきなんだなと、そう思った。


 俺たち三人はもうすっかり夏の日差しが照り付ける屋上を後にした。


今日も読んでくださりありがとうございました。

「おもしろい」「続きが読みたい」と思ってくださった方はブクマよろしくお願いします。


そのほか評価や感想もお待ちしております!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ