バイト
「ああ! 君は!!」
「私の事知ってるんですか?」
俺の面接をしてくれた店長に紹介された少女は魚のような目をして首をかしげていた。
なぜこんなことになっているかといえばバイトを始めたから。
理由は金が無いからだ。
綾乃と出かけた後、帰ってから財布を確認すると小銭しかなかったのだ。
これでは特典会どころかライブのチケットすらゲットできない。
簡単なことだった。金が無いなら稼げばよいのだ。
思い立ったが吉日、学校に一番近いコンビニに履歴書を出しに行った。
無事面接に合格して店長に紹介された少女が俺が最も好きなアイドルグループFortune Routeのメンバー姫宮凛だったのだ。
「姫宮凛ちゃんだよね?」
「もしかして私のファン?」
店長は凛ちゃんに俺の研修を頼んで奥に引っ込んでいった。
俺が申し訳なく白状しようとすると凛ちゃんは目をつむってこめかみに手を当てる。
「ちょっと待ってください。誰推しか当てます」
ぐぬぬと唸ってしばらく待たされる。
するとおもむろに一言。
「……凛推しですよね」
「さっきと同じじゃねーか! なんで一回溜めたんだよ!!」
思いっきり突っ込んでしまった。
彼女は俺のツッコミには全然反応してくれなかった。自分でボケたくせに。
そして呆れたように話し出した。
「はぁ。知ってます知ってます。朱さん推しですよね?」
「俺一紗推しだけど」
俺は素直に答えるが凜は目を白黒させている。
「だってこの間のライブ朱さんとチェキ撮ってませんでしたっけ?」
「アレは……たまたまで…… ってかそれ知ってるの?!」
「朱さんがあそこまでファンの人にサービスするのは初めてだったので印象に残っていました」
確か凛ちゃんのレーンは朱の隣だったな。見られていたのか?
朱に腕を掴まれたことを思い出してしまって顔が熱くなってくる。
「な、なんで初めから言ってくれなかったんだよ!」
「今さっき思い出したからです」
ああ、唸ってたのはそれを思い出していたからか…… なんか変わった子だな。
「それにしても顔まで覚えていたんだ?」
「あの~。私一応先輩なんですけど」
「あ…… ごめ、すいません。年下だからつい」
確か凛ちゃんは一紗たちの一つ下だから俺の一つ下でもある。
「年下だとしても先輩は先輩です」
凛ちゃんは少し怒っているようだけど身長が低いのでかえってかわいらしい。
「あ、いま私の事かわいいって思いましたよね」
「ギクッ!!」
「声に出してギクッていう人なんて初めて見ました」
「そこはツッコんでくださいよ~先輩~」
なんかアイドルと話しているのに一紗や朱と違って妙にイジリたくなってしまう。
「……馴れ馴れしいです。次のライブから私に貢いでくださいね」
「すいませんでした!!!!!!」
俺は全力で頭をへこへこしながらその日は姫宮先輩にレジの打ち方を教えてもらった。
話を聞くと姫宮先輩は高校には通っていないようでアイドルとバイトの二刀流だそうだ。
別の日のバイト中。
「立華さんってほんとに一紗さん推しなんですか?」
「え? なんで?」
すると入口の自動ドアが開くと同時に入店のメロディが流れた。
「あ、一紗さんだ」
「マジで?!!」
慌てて入口の方を見ると、派手な金髪の少女が入ってくる。
「なんだ朱か~」
「朱さんもアイドルですよ」
「まあ、確かに……」
しばらくして商品をかごに入れた朱がレジにやってきた。
「朱さん、こんにちは」
姫宮先輩の挨拶もそこそこに俺にとがった言葉を突き付けてくる。
「なんでアンタがここにいるのよ」
「バイト中だからだよ」
俺は事実のみを答える。
「凛、アンタ、変なことされてない?」
「いまのところは」
「ちょっと、これからするみたいな言い方やめてください!」
「朱さんに貢ぐためにバイト始めたらしいですよ」
「はぁ?! 大きなお世話よ!!!!」
俺がツッコもうとしたら朱がすごい勢いで反応する。
「いきなり大きな声出すんじゃねえよ……」
他のお客様がいなかったのが幸いである。
「アンタが悪いのよ」
「えぇ…… 今の俺のせいなのか」
呆れながら、朱が持ってきた商品をレジに通していく。
俺が商品をスキャンして姫宮先輩がそれを袋に入れていく。
そんな協力するほどの商品の数ではないのだが、二人とも暇なのだ。
それにしても奇妙な状況だ。偶然入ったバイトの先輩が推しアイドルのメンバーで、ちょうど二人のシフトの時にたまたま他のメンバーが買い物に来るなんて。宝くじ当たりそう。
「てかなんでお前土曜なのに制服着てんの?」
「……サボってた時の補習……」
「……なるほど」
朱はセンター投票で最下位になってから立ち直るまでずっと学校に来ていなかった。
だからその時の授業の課題が溜まっていたのだろう。多分こいつならそんな課題やらなくても成績的には全く問題ないだろうが。
「アンタ、バイト何時まで?」
「えーっと四時までだけど。八百六十円になります」
「そう……」
なんでそんなことを聞くのかと疑問に思っていた矢先に姫宮先輩が口を挟んでくる。
「立華さん、もう上がっていいですよ。一時間早いですけど、お客さん来ないですし」
そんなことを言うと奥の店長に呼びかける。
「てんちょーー。立華さん足手まといなんでもう上がらせていいですか~~~」
そして奥の方から聞こえてくる「いいよ~」の声。
「……バカにされてるわよ」
朱はクスクス笑いながら千円札と十円玉を出してくる。あ、助かる出し方だ。
「うるせえ」
言いながら俺は百五十円のお釣りを手渡す。
「じゃあ、アタシ少し待ってるから」
「お、おう」
なぜか朱と二人で帰る雰囲気になってしまい、それに流されてしまう。
「朱さん泣かせたら承知しませんよ。朱さんも頑張ってくださいね」
「何の話だよ!」「何の話よ!」
見事にハモる俺と朱。
朱と一瞬目が合ったが気にせず俺はその場を抜けて控室に戻った。
バイトの制服を脱いで着替えてから出ると朱はイートインコーナーに座っていた。
「悪い。待たせた」
「うん……」
二人でコンビニを出るときに聞こえた姫宮先輩の「ありがとうございました~」はなぜか普段より二段階くらいトーンが高かった。
どこに向かってるかもわからずとりあえず歩く。
「……補習だったんだな」
「うん……」
気まずい。
朱と会うのはこの間の特典会以来だ。
あの時のことがフラッシュバックする。
「そ、そういえばさ! 前のライブの次の日綾乃と出かけてさ」
とっさに口を突いて出たのがその話だった。
「二人きりで?」
「そうだけど?」
「そう……なんだ」
少し変な間が空いた。
「で、昼飯食べたときにさ」
と言いかけて、俺は気づく。
馬鹿なのか俺は!
あんな恥ずかしいこと言えるわけねーじゃねーか!
そういえばこいつ間接なんとやら気にしないタイプの人種だし。
絶対馬鹿にされる!!
「いや、なんでもない」
「え? 何なの?」
「そんな面白い話じゃなかったわ」
ひどく不審な顔をされたが気にしない。
「他に何したの?」
「飯食った後は大したことしてねーけど」
「ひとつづつ詳しく言いなさい」
なんでそんなに気になるんだろうか。
朱は詰め寄ってくる。
「えーと、飯食った後は駅ビルでだらだらしてただけだけどな」
「よかった……」
「何がよかったんだ?」
「ううん! こっちの話」
チェキの時と言い、なんか最近の朱は様子がおかしい。
「この間のチェキどうだった?」
考えていたら突然ぶっこんでくる。
「な! 恥ずかしいから感想は言わない」
あのチェキを見て恥ずかしいと思っているのを知られるのが恥ずかしい。
「アタシも見たいんだけど」
「家で大切に保管してるから駄目だ」
あれは墓まで持っていく。それくらい恥ずかしい。
「大切に……」
チェキの話だと、朱のメッセージについて疑問に思っていたことがあった。
「あのハートの意味は何なんだ? ありがとうってのは分かるんだけどさ」
「……なんで……んな鈍……のよ……」
「え? なんか言ったか?」
下を向いて呟いていたからなんて言ったか聞こえなかった。
「もうっ……ホンっト、ばか!」
やっぱり、最近の朱はなんか変だ。
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本日短編を投稿する予定なのでそちらの方もチェックしていただけると嬉しいです。
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