服装ひとつで雰囲気変わるよね
「はぁ……やっぱかわいいなぁ……」
それを見るとため息が出た。
一紗のツイートで昨日のライブの時の写真がアップされている。
上の方からスマホで全身が入るように自撮りをした写真。
ちょっとだけ可愛い子ぶって首をかしげて、物憂げな表情でほっぺたに人差し指を向けている。
ストレートの黒髪にちょこんと乗った小さな帽子がそれを助長していた。
ため息が出るほどかわいい。一生見ていられる。
その写真を一枚先へスワイプしてみると朱とのツーショットがあった。
「あ、そうだ」
昨日の朱とのチェキをまだ確認していなかった。
昨日は帰った後、ポケットの中身を全部机に出した後すぐに風呂に入ったから忘れていた。
俺は裏返っているそのチェキに視線を落とす。
恐る恐るそれをめくってみる。
それには俺の右腕を掴んでいるいつも通りちょっと不機嫌でナルシストな朱と、変なピースをしている俺が映っていた。
珍しくおでこを出したヘアスタイルの朱とおどおどとしたキモオタ全開の俺を交互に見比べる。
言うまでもなく恥ずかしい。
写真の下の白のスペースには赤色の文字で『アリガトウ♡アカネ。』という文字が可愛げのない字で書かれている。
ハートの意味を考えていると日が暮れそうなのでやめた。
朱と比較して写っている自分があまりにも間抜けすぎてちょっと落ち込んだが、なんかそれも一つの経験だなって思ってくすっと笑ってしまう。
その一枚千円のチェキには思い入れはなかったけど思い出にはなった。
時計を見るとすでに朝の十時を回っていた。
「やっべ」
綾乃との待ち合わせが十時半に駅前だから今すぐ準備してもギリギリだ。
俺は急いで準備して家を飛び出したのだった。
待ち合わせ場所に着くとすでに綾乃が待っていた。
すごく急いできたからマジで息が切れている。
「遅刻じゃん!!」
「ちょっとだけじゃない…… はぁはぁ」
「女の子待たせるとか。そんなだからモテないんだよ!」
「それ、本格的に傷つくからやめて……くれ はぁ」
顔を上げると自分の目を疑った。
ふわっとしたスカートにヒールのある靴。
さらに視線を上の方へ移動させてみれば見慣れた顔。
「ん?」
印象があまりに違くてほんの一瞬だけ別人ではないかと思ったのだが、まぎれもなく綾乃だった。
スキニーパンツとかシンプルなTシャツとかをかっこよく着こなすスポーティーな服装がいつもの綾乃なのだが今日は様子が変だ。
その姿は奥ゆかしいと感じざるを得ない。
「綾乃?」
「何?」
その人物が綾乃だと分かっているのに勝手に確認していた。
「あ、いや。なんか今日アレだな……」
「ちゃんと言って?」
俺が綾乃の変化に気付いているのを分かっていてわざとらしく聞いてくる。
「その、なんていうか。綾乃って女の子だった」
「ひどくない? 私の事女じゃないって思ってたの?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあはっきり言ってよ!」
俺はたじたじに答えるが逃げさせてもらえない。
くそ、言うしかないのか。
葛藤していると綾乃が顔を近づけてくる。
ええい、もう知らん!
「か、かわいい」
言ってから強烈に恥ずかしくなって綾乃から目をそらす。
「ありがと」
満足したように言うと綾乃は歩き出した。
「あ、ちょっと!」
俺はこつっと地面を鳴らして歩く綾乃を追うのだった。
街を歩いていると嫌でも意識してしまう。
休日女の子と二人きりだという事実に。
「立華君はどういう服装が好きなの?」
「はあ!?」
もうその話さっき終わったじゃん。蒸し返すなよ。
こういう時はなんて答えればいいか。
そんなことを考えたところで脳内のどこにも答えはないだろう。
ならば勢いで言うしかない。
「そういうふわっとしたのも嫌いじゃない……」
「そう?」
「でもかっこいい系のも似合ってると思うよ」
「私のこと聞いてないんだけど??」
またさっきと同じように意地悪顔で追及してくる綾乃。
確かに俺の好みを聞いているだけで綾乃の服に関しては言及していないことに気付いた。
「いや、そういうニュアンスだっただろ」
「じゃあ、これとこれならどっち?」
綾乃はスマホを取り出して操作しだした。
俺に見せてきたのは一紗と朱の私服姿の写真。
彼女たちはたまに私服の画像もSNSにあげている。
一紗はレースの紺色のワンピース。朱は灰色のパーカーに黒のスキニーパンツ。
どちらかといえば一紗のは今日の綾乃のイメージで朱のはいつもの綾乃のイメージだ。
「こっち」
俺は見た瞬間一紗の画像の方を指さした。
「それ、人で選んでない?」
「そんなことないない」
「はぁ…… 聞いた私がバカだった」
ため息をつきながら、こういう時のテンプレのセリフを放ってくる。
「ちゃんと服で決めたから!」
俺の弁解も甲斐なく、綾乃は呆れた顔のまま歩調をほんの少しだけ早めた。
「立華君ってホントに一紗ちゃんのこと好きだよね」
「え? まあ、そうだけど」
「どんなところが好きなの?」
「うーん。まあ、見た目は当然として。仲間想いなところとか? あとは……ストイックだけど意外と抜けてるところとか」
「他には?」
「歌声も好きだし。普通にしゃべってるときの声も好きだな。あとかわいくてかわいい」
「なるほどね~」
少しボケたのだが綾乃は拾ってくれない。
その質問の意図が分からず会話を途切れさせてしまう。
「じゃあ、立華君は好きな人いる?」
綾乃がまた質問してくる。
「は?」
綾乃は何を聞いていたんだろうか。いま俺が一紗の好きなところを説明したところなのだが。
さっきから綾乃の意図がつかめない。
「いや、一紗だって」
「一紗ちゃんかわいいもんね」
「さっきからそう言ってるじゃん」
綾乃は常に一歩先行していて表情がうかがえない。
さっきの会話以降、ペースをつかまれてなぜか追いつこうにも肩を並べることができない。
「でもさっき、私のこともかわいいって言ったよね?」
「それは忘れてくれ」
さっきの羞恥心がぶわぁっとぶり返してくる。というかもはやアレは言わされたようなものだけどな。
「あっ! あれ!」
綾乃が指さした先を見てみると、綾乃の今日のお目当てのカフェだ。
白のウッドデッキがアスファルトに対して一段高い。
見るからにおしゃれな雰囲気が漂っている。
テラス席には数人が座っていた。
「綾乃も朝食べてない?」
俺としては朝飯を食ってないから腹ごしらえにちょうどいい。
「ブランチってやつだね」
綾乃も俺と同じようだ。
お店に入るとウェイトレスの人に席へ案内される。
すでに七月に入っていて歩いていると結構暑かったので、テラス席に座るほどの気合は俺も綾乃もなかった。
店内は土曜日なこともあり混んでいると覚悟していたのだが、思っていたよりもお客さんの数は少ない。カウンター席、テーブル席の選択肢があったが綾乃がテーブル席を選んだ。
待ち合わせてからこの店に来るまでに色々とメンタルを揺さぶられていたが、綾乃を奥のシートに座らせるくらいの気遣いは俺にもできた。
メニューを渡されたので先に綾乃に見せる。
綾乃は真剣にメニューとにらめっこしていたが、決まったようで俺にメニューを渡してくる。
俺はがっつり行くと決めていたから肉のページを開いて五秒ほどで決めて、呼び出しボタンを押す。
「もう決まったの?」
「うん」
「はっや」
綾乃はびっくり半分苦笑半分みたいなリアクションをしていた。
店員さんに注文を告げる。
俺は和風ハンバーグとライス。綾乃はペペロンチーノとハーフのピザ。
「さっきの話だけど」
綾乃は口を開くとテーブルを挟んで身を乗り出す。
「ん?」
注文を伝えるときに持ってきてくれたお冷に口をつける。
「私のことも好きってことだよね??」
「げほっっ…… げほっ…… なんだよいきなり!?」
口に含んでいた水が気管に入って盛大にむせた。
「ごめんごめん! だいじょうぶ?」
「う、うん。大丈夫だから」
そんなこんなで綾乃の爆弾発言もうやむやになり、料理が運ばれてくる。
二人とも空腹だったようで食べ終わるタイミングがほとんど同じだった。
食事中は無難に「期末ヤバい」とか「もうすぐ夏休みだねー」とか「いや、結構まだだろ」とか学校の話題が中心だった。
そのあと少しだけ休んでいると店員さんが頼んでいないアイスクリームを運んできた。
「こちら、男女でご来店の方にサービスしております」
そのアイスクリームにはプラスチックのスプーンが二本刺さっていた。
俺と綾乃は目を合わせて同時にぱちぱちしていた。
「男女って……」
しかし綾乃はすぐに切り替えてスプーンを取り口へ運ぶ。
「お、おいしいよ~。冷たくて」
俺も食べるのを促されて、もう一本のスプーンを取る。
綾乃のスプーンが触っていない部分を狙って食べていくが、徐々にお互いの陣地が広がっていき、もう一口食べるなら相手の陣地に踏み込むしかない。
心なしかそのタイミングで綾乃のスプーンも止まった気がしたのだが、気にせず俺の領域にスプーンを踏み込んでくる。
「あっ……」
前にもこんなことあった気がするな。誰とだったか……
「食べないの?」
綾乃に聞かれて俺も慌ててアイスをすくう。そのアイスには綾乃の陣地が入っている。
こういうのは気にしたほうが負けだということは前回の時学んでいたので悟られないように口へと放り込む。
「あ」
今度は綾乃が声を出した。
「どうかしたか???」
できるだけ平静を装って聞く。
「な、なんでもないよ~」
それから、食べ終わって店を出るまで綾乃との会話はなかった。
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