チェキ会
「あれ? 今日は一紗ちゃん行くんじゃないの?」
「この前行けなかったからな、その埋め合わせ的な」
前回のライブでの特典会では一紗列に並ぼうと思っていたのだが、発表の時の朱の様子を見て朱列に並ぶことにした。
しかし朱の握手会は中止となってしまったので、その時の補填ということにしておいた。
その実、朱に「アタシの列に来なさい!」と言われたから怖くてそれに従うしかなかったというのが本当なんだけど、それを綾乃に知られるのは情けなくて避けた。
どうでもいいが俺は結婚したら尻に敷かれるタイプなのかもしれない。
Fortune Routeの特典会は四人同時に行う。
七人とか八人とかそれ以上のグループだと会場の広さの関係で二回に分けてだとか、かわるがわる時間差でやるので一推し以外のメンバーの特典会にも参加しようと思えばできる。
しかし今回の場合はそうはいかない。
つまり特典会を四人同時に行うということは誰か一人選ばないといけないのだ。
言わずもがな一紗の列に並ぶのが俺にとっては普通なのだが、今日はそれができない。
一紗にはラインで一報「今日は朱の方に行くよ」と伝えておいた。
一紗に浮気と思われるのだけは一番避けなくてはならない。
たまに二推しの列に並ぶオタクなんかもいるのでそこまで心配する必要はないけれど。
余談だが、そのラインのトークルームでは既読はついているが返信は来ていないので気が気ではない。
「ふーん」
綾乃はどこか腑に落ちないような顔をしていたが、バレてないと信じたい。
二人で朱の列に並ぶ。前回同様、綾乃、俺の順番だ。
当たり前のように綾乃は朱列に並んでいるところから察するに、あなたたち本当に仲良くなったね。
「新曲すごかったね」
「そうだな~。なんかアップデートされた感じ」
列に並びながらライブの感想を言い合う。他のオタクたちも同じ話をしているに違いない。
ふと朱の列が心なしかいつもより少しだけ長い気がした。やはり今日のライブで目立ってたからだろうか。
周りの列も見てみるとそんなことはなかったようで四人ともそれぞれ列が長くなっていた。
結論、ファンが増えたのだろう。
その事実に俺は心が温かくなる。
徐々に徐々にFortune Routeはグループとして前に進んでいるのだ。
そこそこの時間がかかったが俺たちの順番が回ってきた。
朱と綾乃が二人はもうなんか普通に女子高生が写真撮ってもらってるだけじゃないかって思った。
しかしその中身は普通の女子高生ではなく、美人女子高生二人ですごく絵になっていた。
忘れているかもしれないが綾乃も相当なルックスの持ち主だから二人並ぶと少しだけ会場がざわついた。
地下アイドルって女オタのオタクみたいなのもたまにいるらしいって話を颯介から聞いたことがある。
聞いたとき意味が分からなったがそれを見てなんとなく理解することができた。
そしていよいよ俺の番。もちろん朱は一紗ではないし、学校の同級生だし、緊張はしなかった。
「来てやったぞ。その衣装似合うじゃん」
「はあ? 来てなんて言ってないし!!」
朱は俺が何の気なしに放った言葉に過剰に反応する。
顔が赤いのは気のせいだろうか。
「お前なぁ…… こっちは金払ってんだぞ」
昨日あんだけ来いと言っていたはずだが……
「アンタが勝手に払ってるだけじゃない」
もうアイドルの特典会とはおおよそ思えない会話だ。
ファンのことを釣るのがお前の仕事だろうが!
「もっとアイドルらしくしてくれ」
「これがアタシよ」
スタッフの人がフィルムを交換するまでがメンバーと話せる貴重な時間なのだが、全然貴重じゃない。ナニコレ。
それともあれか? これからはそういう方向性で行くのか? ドSアイドルみたいな。
俺としてはもっと優しくされたいんだけどなぁ……
昨日のは無視して一紗のほう行けばよかったわ。
フィルム交換が終わりスタッフの人が声をかけてくれる。
「はい、じゃあ撮りますよ」
言われて、朱の隣に並ぶ。
並んだのはよかったんだけど。
あれ? なんかいきなり緊張してきたぞ。
心臓の鼓動がだんだん早くなってくる。
よくよく考えれば女子と二人で写真撮る機会なんて俺の人生では一度もなかった。
あと、なんか近くないか?
綾乃と撮る時はそんな距離感じゃなかったよな?
次の瞬間、あろうことか朱は俺の右腕につかまってきた。
「……っ!」
は、ちょ、何してんのこいつ!
それ俺の汗付くからやめたほうがいいいんじゃないか?……
「早くピースでも何でもしなさいよ」
「あ、あ、そ、そうだな」
朱に言われて掴まれていない方の手でピースを試みる。左手のピースって意外に難しい。
それもやむなくスタッフの人はシャッターを押してしまう。
それと同時に朱は俺の肩に頭を預けるような形で首を傾けてきた。
ふわっと柑橘系の香りが漂う。
あれだけ動いていたのに汗の匂いは全くしなかった。
「はあ?!!」
その声と同時にパチッとシャッターがきられる。
「ちょ、お前何してんの?!」
「いいじゃない。コレも営業のうち」
「……そ、そうかよ」
スタッフの人がカメラから出てきた写真を朱に渡す。
朱は衣装に走っているラインと同じ赤色のペンを取り、まだ真っ白な写真を俺の手のひらに乗せる。
そして、左手で俺の手を下から支えて写真にメッセージを書いてくれる。
もうそれはほぼ握手会と変わらないような触れ合いだ。
俺の視線はその姿に自然と吸い寄せられて、その様子を黙って見ていることしかできない。
「はい、これ」
「お、おう」
メッセージを書き終わると、俺の手でその写真を握らせるように朱に指を曲げられる。
なんて書いたのか確認する間もなく朱は俺の目を見つめる。
「じゃあ。また来てね!!」
朱は豹変しお手本のようなアイドルスマイルでそんなことを言ってくる。
俺はそのギャップに衝撃を受けてしまい、クラっと眩暈を感じた。
「わ……分かった」
手を振りながら笑う朱は、俺が離れて行っているのになぜか俺の中に愛おしいという感情を発生させた。
気合で立ち直りその場を後にする。
俺の後ろに並んでたオタクが「朱なんかすげえな」だの「朱の釣りヤバくね?」だの「俺も釣ってもらおう」だの言っていた。
「何だったんだ…… 今の」
手に握った写真を確認するのが怖い。
この怖いっていうのは、猛獣におびえる草食動物が感じる怖さや正体不明の幽霊ではなくてライブのチケットの発券で座席のガチャをするときのような怖さだ。
期待と不安が入り混じってるけど、少しだけ期待が大きいようなそんな感覚。
地下アイドルのライブはオルスタだからその感覚はしばらく感じていないのだけど。
ちなみに、昨日の屋上の朱の怖さはは前者だ。
そしてその感覚に、自分の姿を見るのが小っ恥ずかしいという感情も追加されている。
会場の出入り口で綾乃は待っていた。
なぜか綾乃はほっぺを膨らませてじーっと俺を見つめてくる。
「……見てた?」
俺が恐る恐る聞いてみると綾乃ははっきりと言う。
「がっつり見てた」
「俺、どんな顔してた?」
「それはもう、幸せそうな顔」
「……そうか……」
薄々気づいていたけど、最後のアイドルスマイルには完全敗北していた俺であった。
いや、もはや優勝だった。
どうせなら一紗で優勝したかったな……
「一紗ちゃんに言っておくから!!」
「ごめん! ごめんって!! それだけはやめてくれ!!!」
そんなことをされると、俺はもう生きていけない……
「なんでもするから!! 許して!!!」
俺は雨乞いをするかのように手を合わせて綾乃に懇願する。
「……ほんとになんでも?」
「なんでもする! だから許して」
「じゃあ明日、私とデートして」
「は? なんで」
デート? なんでそうなるの?
「な、何でも言うこと聞くんでしょ!」
「いや、そうだけど……」
「じゃあ、黙ってうなずく!」
「ハイ……」
俺は言われるがままに綾乃に従うしかなかった。
「ほら! 帰るよ!!」
跳ねるような声音で綾乃に呼ばれてはっとする。
俺は朱とのチェキを確認せずにポケットに入れて冷静になる。
綾乃といい朱といいなんか最近おかしくねえか??
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