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復活

 金曜日、授業が終わり放課後。

 

 俺と綾乃は俺が初めて一紗たちを見た梅田のレモンホールに来ていた。


 事前に取得したチケットの整理番号はだいたい二百番ぐらい。

 レモンホールのキャパは五百人だから真ん中より少し早めに入場できる。


 しかし最前管理のオタクは毎回のライブで整理番号一桁を獲得していることから察するに、俺もオタクとしてはまだまだなのかもしれない。


 七月初日の今日はまだ梅雨が明けないようで空は曇っている。

 しかし、すでに三十度を超える気温とじめっとした空気とオタクたちの息遣いにより中に着たTシャツはライブ前からびっしょりだ。


 二人で入場列にて待機していて、開場まであと五分といったところか。

 この五分が永遠に長く感じる。


「あ゛っつうぅ」


 それは綾乃も同じように感じているらしく、ゾンビの叫びのような声が出ている。


「顔が死んでるぞ」


「うるさい」


「早く中入りてえな」


 ライブハウス内は空調が効いているらしいが果たしてどうなものだろうか。


「もうキャミまでびしょびしょだよぉ」


「女の子がそんなこと言うんじゃない」


 何を言い出すのかと思ったが平静を装いうまく返す。


「着替えたい~。ライブTとかないの?」


「あるけど、俺が着替えるために持ってきたんだけど」


「いいじゃん~。貸してよ」


 いや、貸すのはいいんだけど綾乃はいいのか? 男のTシャツとか着ても気持ち悪くないの?


「……てか、今日ライブあるの分かってるんだからお前も持って来いよ……」


「だってFortune Routeのライブで関係ないライブT着るのはなんか違くない?」


 綾乃はスカートからブラウスを出してパタパタとさせている。


「まあ、それは分かるけど、その……男のやつ抵抗ないのか」


「え? 何が?」


 綾乃は何をそんなに気にしているのと言わんばかりのきょとん顔だ。


 綾乃、陽キャだからなぁ…… そこら辺の感覚が根本から違うのかもしれん。


「あーもう、分かったよ。洗って返せよ」


「ありがと」


 俺はバッグからTシャツを取り出し綾乃に手渡す。


「しかし暑いな」


 俺も思い出したかのように制服のカッターシャツを脱ぐ。下にTシャツを着てるから問題ないだろう。


 今までなんで脱がなかったと自分に問いたい。


「きゃっ」


 綾乃はなぜか目を隠している。


「どうかしたか?」


「なんでこんなとこで脱ぐのよ!」


「いや、下に着てるし」


「にしてもだよ!」


「はぁ? 意味わからん」


 女心というか綾乃特有の心なのか俺には判断しかねるがどちらにせよ理解が難しいのには変わりはなかった。

 そうこう言っている間に開場され中に入る。


「じゃあ、私着替えてくるから」


 そう言って綾乃はトイレへと走っていった。


 今日は新曲の初披露だ。


 周りのオタクたちも熱気づいている。


 この、会場に入って開演が始まるまで待つ時間のわくわくとした浮遊感は何度味わっても気持ちが良い。


 すぐに着替えた綾乃は帰ってきて開演まで静かに待つ。



 しばらく待っていると突然ホール内のライトがぱちっとすべて消えた。


 するとすぐにピアノのメロディが流れ出し、みなこれも演出のうちなんだということを理解する。


 みな息を呑んでライトが点くのを待つ。


 そしてまたぱちっと音を立て、今度はステージ側だけスポットライトが点灯した。


 それに照らされて立っていたのは白の無地だがどこかいつもとは印象の違う衣装に身を包んだFortun Routeの四人。


 これまでFortune Routeはメンバーカラーというのはなく全員真っ白の衣装だったはずだ。


 しかし今日は、その衣装をリスペクトした白の生地に主張しすぎないまでもちょうどいい具合で色の入った線が流れるようにあしらわれた新しい衣装。


 メンバーごとに衣装のデザインも少し違っていて、この色のついたラインのパターンもメンバーごとに違う。


 朱のラインカラーは赤、一紗は青、椿充葵は水色、姫宮凛は黄色だ。


 ピアノのサウンドエフェクトが終わり、四人はそれぞれの位置に着く。


 右から姫宮凛、一紗、椿充葵、朱の順番だ。


 投票の順位通りのフォーメーション。


 俺の懸念は杞憂だったようでおでこを出した朱の表情は柔らかい。

 

 そしてすぐに曲のイントロが流れ出した。


 そのイントロは聞いたことが無く、すぐにその曲が新曲だと察した。


 曲に合わせて動き出す四人。


 その動きは以前より洗練されている印象がある。


 言葉にするのは難しいが、なんというか四人の息がぴったりな感じがする。


 Aメロを一紗、凛の順番で歌い、Bメロを充葵、朱の順番でそれぞれソロを担当する。

 ソロの時は歌っていない三人が踊り、そのリレーでサビまで持っていく。


 一気に音がはじけ、サビに突入する。


 それと同時に四人は一列に並ぶ。


 振り付けはコピーをしたかのようにピッタリ揃っているが、それぞれの髪や顔の印象や衣装で個性がしっかり出ていて、グループとしてのパフォーマンスの技術力が格段に上がっていた。


 何か聞いたことあるような曲な気がしていたのだが、踊っている朱の姿を見てはっきりと分かった。


 昨日屋上で朱が練習していた曲だ。


 音と会場の熱はぐんぐんと高まり、それに呼応するかのように俺の心臓はどくどくと脈を打つ。


 スポットライトから発生する光の粒は彼女たちをきらりと照らし、曲と歌声がそれを俺たちに届けてくれる。


 しかし俺の網膜には会場の物理的な光だけではなく、彼女たち自身から発生している光も入ってきていた。


 五感全てをフルに使って彼女たちのパフォーマンスに意識を向ける。


 五感を通して俺の中に入ってくるエネルギーは体を熱くしてくる。


 そのパワーは以前の何倍にもなるだろう。


 初めて四人のライブに行った時の感覚を思い出す。


 しかしそれ以上に彼女たちのエネルギーは振動し、熱を持ち、そして生きていた。


 曲が終わって最後のポーズを決める。


 それを境に台風の音のような歓声が会場内に満たされた。


「私たち」

「「「「Fortune Route です!!」」」」


 一紗の掛け声とともに四人はグループ名を名乗った。


「みんなー!! 新曲どうだった?!」


「うおおおおおおおおおおおおおおお」


 充葵の声に答えてオタクたちは叫ぶ。


「真ん中組に昇進しました!!!!!!」


 オタクたちは口々に彼女の名前を叫び、彼女に賛辞を送っている。


 俺も拍手でそれを祝う。


「踊ってみてどうだった?」


「緊張した!」


 一紗が充葵に聞いてそれに答える充葵。


「ちょっとちょっと、充葵さんばっかり目立ちすぎですよ」


 凛がツッコミを入れてトークの流れが作られる。


「そうよ。アタシたちも目立ちたい~」


 朱がぶりっこのような声を出し、あまり朱がしないようなキャラだったのでオタクたちは昇天している。


「朱は今まで目立ってたじゃん!!」


「確かに……」


「あははは……」


「端っこにいても金髪目立つし!!」


「すぐにそこに戻ってやるから覚悟しなさい!!!!」


 朱は充葵に宣言してみせる。


 それを受けた充葵はおびえたようなジェスチャーで答える。


「こっわ」


 観客席は爆笑に包まれ一紗たちも笑顔だ。


 一笑いとれたところで一紗が話を元に戻す。


「みんななんか気づいたことない?」


 その問いかけにオタクたちは「いつもどおりかわいいよ」だの「かずさあああ」だの統率の取れていない声が飛び交っている。


「いしょう!!」


 俺の隣でよく通る高い声を発したのは綾乃で、オタクたちの訛声の中で際立っていた。


「そのとおり! 新衣装です!」


「一紗は綾乃の声に呼応してその新衣装をみんなに見せびらかす。


「かわいいでしょー?」


「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 喉が切れるくらい叫んだ。他のオタクにも負けてないと思いたい。


「凛ちゃんたちもみんなに見せてあげてー」


 一紗は三人に呼びかけるが凛は茶化すようにトークを盛り上げる。


「え~嫌です」


 凛の言い回しにみなが笑い温かい雰囲気が醸成される。


 その横で充葵と朱は二人してくるっと回って衣装を披露していた。


 改めてみてもカラーのラインがいい味を出していてメンバーの個性を引き出している気がする。


 一人のオタクが「凛ちゃんお願い新衣装見せて」と叫ぶがその要望は凜にゴミの様に却下されてしま。


「ぜったいやだ」


 充葵は凛を宥めていて、見ていると何か実家のような安心感がある。


 この二人は昔から百合営業に定評がある。


「まあ、チェキ会のときに見れますしね」


 一紗が苦笑いしてそのオタクをフォローしていた。


 パフォーマンスだけでなくMCのトークも彼女たちの魅力の一つだ。


 人数が少なめということもありメンバー同士の仲の良さを隠しきれていない。


 それゆえトークが自然で見ていて気持ちがいい。


「はい。じゃあそろそろ二曲目いくわよ!」


 タイミングよく朱が切り出して会場の雰囲気が少しだけ引き締まる。


 その状態は観客とメンバーを良い意味で緊張させる。


 その掛け声に俺ははっとさせられた。


 クールだけどエネルギッシュないつもの朱音がパワーアップして復活していたのだ。


 その姿はさっきのトークの受け売りではないが、四人のなかで一番目立っていたと言っても過言ではない。


 オタクたちはしっかりと彼女たちを応援する体制に入り、メンバーは位置に着く。


 二曲目には聞きなれたイントロが流れ出し、何もかも忘れて俺たちは暴れまくった。


 その後のライブでは定番の曲だったり新曲のカップリングに収録されているというグループ初となるバラード曲を披露したりと、彼女たちの新たな一歩が見えたライブとなった。


今日も読んでくださりありがとうございました。

おもしろい、続きが読みたいと思った方はぜひブクマよろしくお願いします。


その他、感想、評価などもお待ちしております!!!

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