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窃盗事件

 翌日の火曜日、俺はいつも通り電車で学校に向かっていた。


 梅雨真っただ中で今日も空は灰色だ。

 

 しかし、朱の事もひと段落着いたので俺の心はすっきりしている。

 

 今週末は久々のライブ。

 今のうちからわくわくしていた。

 

 地下アイドルは別の呼び方だとライブアイドルとも称されている。

 地上アイドルの様にテレビ番組や雑誌の撮影やラジオなどはあまりやらずに、ライブ活動を中心に活動しているってことだ。

 

 つまり地下アイドルはライブをしてなんぼってわけだ。


 だから、少し期間が空いた今週末のライブはいつもより少しだけ楽しみだった。


 それにそのライブの特典会はチェキ会である。

 握手会しか経験したことなかったから、緊張はするだろうけどそれも楽しみだった。


 俺は吊革に手をかけながらポケットからスマホを取り出す。


 ライブに対する期待感を抑えられずにFortune Route公式ツイッターを確認する。


 固定ツイートには今週末のワンマンライブについての詳細が記されている。


 公式ツイッターのタイムラインにはメンバーのツイートのリツイートが表示されていて毎朝の目の保養にはうってつけなのだ。


 昨日の一紗の投稿が目に入る。


 朱とのツーショットのツイート。


 ほんの少だけ目が腫れている。


 その理由を知っているのは写っている一紗の他に俺と綾乃だけ。


 なぜかそれが嬉しくて微笑んでしまう。


 立ったまま電車に揺られること約三十分。

 学校の最寄り駅に着いて改札を出る。


 ギリギリ曇りで耐えていた空からぱらぱらと小さな雨粒が落ちてきてしまう。


「あれ?」


 鞄を確認するといつもいれているはずの折り畳み傘が無い。


 小雨だから学校まで走ればそれほど濡れはしないだろう。


 覚悟を決めて走り出そうとした瞬間に俺の隣で大きなビニール傘がばさっと開かれる。


「傘、忘れたの?」


 音のする方向を見てみればそのビニール傘の持ち主は一紗だ。


「ああ」


「一緒に行く?」


 その言葉に俺の脳みそは活動を休止したようだ。


「え?」


「傘忘れたんなら私の入る?」


「そんなにっはっきり言わなくても分かるから……」


 一紗が俺との距離を詰めてくる。


 反射的に体が反応する。


「なんで逃げるの?」


「逃げてないよ」


「早く行かないと遅刻するよ?」


 一紗はすでに傘を俺の頭上に広げていて、選択肢は一つしかないようだ。

 というか複数あってもそれを選ぶのが男の子にとっては一番合理的だ。

 合理的なら迷う必要はない。


「そ、そうだな」


 少し頭上の傘が近いのは気にせずに歩き出す。


 しばらく歩いていると一紗が口を開く。


「その、私からもお礼、言っておくね」


「え? なにが?」


「まだ寝ぼけてるの?」


 その言葉が少しだけ朱の口調に似ていて、それに刺激された俺の脳は少しずつ活動を再開していく。


「起きてるけど」


「朱ちゃんのこと」


「昨日のは百パー一紗の手柄だろ」


「そんなことないよ。立華君のおかげ」


 間違いなく俺の愚策に付き合ってくれた一紗の実力のおかげだし、本当は一紗の説得だけで済んだに違いない。


 だけど、朱にも一紗にもお礼を言われてしまった。


 それは何事にも代えがたく、うれしいと感じている。


「五十パー五十パーってことにしとこう」


「ふふふ」


 一紗は手で口を隠して笑う。ボケたつもりはなかったんだけどな。


 一紗と二人で登校していることに徐々に慣れてきて、昨日感じた疑問に関して聞いてみることにした。


「そういえばさ、俺が協力してくれって言ったときなんであんな簡単に頷いてくれたんだ?」


 一紗は首をかしげる。


「ほら…… その、一紗その時俺に対して怒ってただろ」


 一紗は俺の質問の意図を理解してくれたようだ。


「今も怒ってるけどね。嘘ついたこと」


「そ、それはごめん」


 一紗に朱の事を「俺に任せろ」なんて調子のいいことを言っておいて、勝負当日までどうすることもできなかったのだ。結果として一紗に嘘をついたことになってしまった。


「立華君、あの時『もう一度信じてくれ』って言ったでしょ?」


「それがどうかしたのか?」


「初めてライブの時ね、朱ちゃんに言われたの。『私を信じて』って」


 俺は相槌を打ち続きを促す。


「その時の私、ほんとに緊張してて。しっかり練習していたはずなのにお客さんの数を見た途端脚が動かなくなって。その時に朱ちゃんが言ってくれたの」


「それが関係あるのか?」


「関係はないんだけど、立華君に言われたときなぜか分からないけどその時のことを思い出したの」


「なんか、俺が言うのもなんだけど、それでOKしちゃうのか……」


「いいじゃん。結果的にこうなったんだ――」


「危ねっ!」


 その瞬間とっさに一紗を引き寄せていた。


 傘差し運転の自転車が一紗のすぐ隣を通ったのだ。


 非常識な速度でその自転車は俺たちから遠ざかる。


「大丈夫か?」


 その言葉と同時に一紗の肩に手を回している自分の手に気が付く。


 すぐに手を離すが、俺の顔がみるみるうちに赤くなっていくのは止められない。


「……うん。ありがと」


 一紗はなぜか下を向いていて表情をうかがえないが、俺の顔が見られずに済んだのでひとまず安心だ。


 しかしこの雰囲気のまま再びあいあい傘をする勇気は流石になかったので俺は一紗の持っていた傘から飛び出す。


「も、もう雨止んでるし、一人で行くよ! ありがとな!」


 そう言って俺は駆けだしていた。


「ちょっと!」


 一紗の制止を振り切って全速力で学校まで走るのだった。


 着いてから後悔したのは言うまでもない。二重の意味で。


「いやあ。青春だねぇ」


 教室に入るや否や颯介に絡まれる。


 一紗との一部始終をばっちり抑えられてしまったらしい。


「一紗ちゃんよりお前の方が可愛かったわ」


 そう言って颯介は爆笑する。


 いつか復讐してやるからな。


 その日はずっと雨だったが帰る頃にはタイミング良く止んでいた。


 翌日から数日間は、じめっとしていたが晴れ模様だっだ。

 梅雨明けを感じさせるような気温はもうほとんど夏だ。


 木曜日の昼休み。


 昼食を買った後ふと気になって、例の屋上に向かってみた。鍵が開けっ放しだったことを朱に伝えるのを忘れていた。


 未だに朱の連絡先を知らなかったので伝える術が無かったのだ。


 あとなんとなく、朱の様子が気になったというのもあるが恥ずかしいのでこれは誰にも言わない。


 階段を上っていくと屋上への扉に近づくにつれて何かの音楽が聞こえてくる。


 誰かがいる、という確信のもと扉を開ける。


 そこには汗を散らしながら踊る朱の姿があった。


 流れていたのは俺が知らない楽曲。


 その曲に合わせて制服姿で踊る朱は新鮮で、信じられないくらい絵になっている。


 六月末の太陽とそれを反射する朱の汗と彼女の金髪が美しくて息を呑んでしまう。


 俺はそれに見惚れてしまいしばらく観察していた。


 その曲が終わると朱はこちらに向かってくる。


「居たなら言いなさいよ」


 朱は日陰においてあるペットボトルを手に取り口をつける。


「お、おう」


 いつもなら「勝手に入ってくんな!」とか言ってきそうだけどどこか言葉が柔らかい。

 口調は変わらないけど。


「絶好調だな」


「おかげさまでね」


「こんなところに隠れて秘密の特訓かよ」


 あんだけ練習サボってたのにこんなところで個人練習なんて……

 笑いをこらえるのに必死だ。

 どんな心境の変化があったのか詳細は聞かないでおいてやるのは俺のやさしさ。


「一紗たちに言ったらぶっ殺すから」


 和んでたらすごい鋭利な言葉のナイフが飛んできてしまう。こっわ。


「い、言わねえよ……」


「明日のライブ来るの?」


「ていうか、お前こそ大丈夫なの?」


 すると朱は腰に手を当てて満足げに宣言する。


「アタシを誰だと思ってるの?」


 俺は諦めてそれを受け流す。


「……はいはい。すごいすごい」


「何よ。文句ある?」


「ないです。明日のライブ応援してます。では失礼します」


 この調子だと朱は問題なさそうだな。


 むしろ順位発表までの朱より調子がよさそうだ。


 俺は安心してその場を去ろうと扉を開ける。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


「なんだ?」


「明日のチェキ会、アタシのとこ来て」


「え。俺一紗のほう行くつもりなんだけど……」


「いいから来なさいって言ってんの!」


「いや、なんでだよ」


「しつこいわね……」


 鬼のような形相で睨まれる。


 なんでそんなにムキになるのか分からないが、こいつに逆らってまた機嫌が悪くなるのも嫌だったのでしぶしぶ頷くことにした。


「わ、分かったから」


 今度こそ退散しようと思ったのだがまたもや呼び止められる。


「アタシと一緒にいるの嫌なわけ??」


「は? 別に嫌じゃねーけど」


 何を言っているんだこいつは。


 朱は何か言いたげの様子だ。


「……ン」


「ん?」


「ライン……」


「なんて?」


「ライン教えてって言ってんの!!!!!!」


 よく分かんないけどすっごいキレられた。


「それくらい普通に言えよ」


「アンタが聞いてこないのが悪いのよ……」


 ぶつぶつ何か言っているが聞き取れない。


 聞きなおしてもしょうがないのでQRコードを表示させて朱に向ける。


 朱は自分のスマホでそれを読み込む。


 ちょっとうれしそうだったのは俺の自意識過剰だろう。


「これでいいか?」


「うん、ありがと……」


 屋上を出て階段を降りるとさっき買ったパンが一つなくなっていた。


「やられた……」


今日も読んでいただきありがとうございました。

「おもしろい」「続きが読みたい」と思った方はブクマよろしくお願いします!!


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