朱色の空
俺がリザルト画面を見ると一戦目と同様、わずかに朱のスコアが高かった。
しかし二人は画面には注目していない。
「朱ちゃんはやっぱり、すごい」
一紗が微笑をたたえながら朱に呼びかける。
「一紗だって、ゲーム初めてじゃないの?」
額に汗を浮かべている朱の姿はFortune Routeのライブでパフォーマンスを終えたときの様に輝いて見える。
彼女はやはりアイドルだ。
俺は直感的にそう感じていた。
ステージでの生命力こそ、朱の特質だと思う。
歌って踊っているだけでそこに花が咲いて、そこから光の粒が生まれていくような感じがする。
むしろそれは歌って踊ることによって発揮される特質なのかもしれない。
「初めてだけど、このゲームはリズム感さえあれば踊れるように作られてると思う」
「確かにそうね。どちらかというと音ゲーというよりダンスゲーだわ」
そう言われて俺の体はギクッと震える。
ゲーム開始前にこのゲームが音ゲーであることを説明したのだが、プレイヤーには即気づかれてしまったようだ。
「そうよね? どこかの誰かさん?」
「あーもう。分かったから! それでお前納得してたじゃん」
「はいはい」
朱の表情はいつも通りに戻っている。
少し得意げでナルシストないつもの朱に。
「あの! 朱ちゃん!」
タイミングを見計らったかのように一紗が口を開く。
そして真剣な眼差しを朱に向ける。
「私、もっと朱ちゃんと一緒に踊りたい」
それを言われた朱の表情は少しだけ曇る。
「でも……」
「私たち四人でFortune Routeだと思ってるから! まだまだこれからも活動していきたいと思ってる」
一紗は今まで朱と共有してこなかった想いを伝えるようだ。
以前話していた一紗の内に秘めた今後の展望。
「朱ちゃんがいたから安心して歌えたし、振り付けをすぐに覚えてしまうのにも憧れてる」
それを聞いた朱ははっとしているようだ。
一紗は朱に対する印象を本人に話したことが無いそうだ。
だから朱はそれを今、初めて知った。
それを聞いて朱はおもむろに口を開く。
「アタシは…… アタシはずっと一紗のことが羨ましかった」
朱の告白を聞いた一紗も先ほどの朱と同じ顔をしている。
おそらく朱も一紗のことをどう思っているか話していなかったのだろう。
「それって……?」
「練習とかレッスンとかなんでも本気になって頑張れる一紗が羨ましかった」
一紗は朱と目を合わそうとしているが朱の目は虚ろだ。
「けど、一紗の隣で踊るのだけは楽しかった…… アタシの中で、ステージで一紗と一緒に踊ることだけが唯一の喜びだった」
一紗は黙って朱の話に耳を傾ける。
俺たちもそれを静かに見届ける。
「けど、最下位になって。もうそれができないって思ったら、目の前が暗くなって」
「私も朱ちゃんと踊るの楽しいよ?」
「でも、もう一緒に踊れない」
「踊れるよ」
「無理――」
「朱ちゃんは私たちに絶対必要なの!」
はっきりとした一紗の口調はゲームセンター内に響き渡った。
一紗は朱の方に歩み寄り、朱の手を取る。
朱がいる筐体の床のLEDが二人分の足に反応する。
「四位になったからって隣で踊れないわけじゃないじゃん? 移動で隣になることなんていっぱいあるでしょ?」
「アタシは一紗のすぐとなりがいい」
朱はおもちゃをねだる子供の様に言う。
目の周りは少しずつ赤くなっていく。
朱はどこにいてもいつでもわがままを言うのだ。
「じゃあ、私の隣に来れるよう、がんばってよ」
一紗の一言をきっかけに、うるんだ瞳から一粒だけ涙が落ちる。
未だに朱は一紗と目を合わせない。
「え?」
「どうせまた人気投票とか、そういうのやるでしょ? 一回最下位に落ちたからって諦めないでよ」
「でも……」
「私のことも考えて。私が朱ちゃんと踊りたいんだから」
一紗はそう言うと同時に朱の手を握り締める。
一紗の行動は口調とはちょっとかけ離れていてどこか温かい。
「朱ちゃんなら二位に帰って来るなんて簡単だよ。それに私すら追い越して一位になるかもしれないし」
「そんな簡単に言わないでよ……」
朱の言葉を最後にその場は静寂に包まれる。
その幾秒かの間に一紗は次に伝えるべき最適の言葉を見つけたようだった。
「私を信じて」
一紗はさっきよりも数段真剣な目で朱を見つめる。そしてもう一言。
「それで、自分も信じて」
朱はそれを聞いて堰を切ったように泣き出してしまう。
そして、一紗の胸に顔をうずめる。
一紗は聖母の様に朱を受け止めている。
「アタシ、まだ踊れるかな」
「うん」
「まだ歌えるかな」
「うん」
「戻ってこれる?」
「うん」
「帰っていいの?」
「うん」
「一紗の隣で歌いたい」
「うん」
「一紗の隣で踊りたい」
「うん」
「一紗のとなりにいたい」
「私も」
子供とその母親の様に彼女たちはずっとそのような受け答えを繰り返していた。
その光景を見ていた綾乃は俺の隣で和んいるようだ。
「あいつ、かわいいところもあるのね」
朱はステージでは泣かないタイプだろうが、俺はすでに朱の泣き顔を二回も見ている。
「一紗はいつもかわいいだろ」
「もう」
そう言うと綾乃は俺の背中を叩く。
「結局どっちが勝ったの?」
それを聞かれて俺は二人の方を見直す。
ゲームの画面にはスコアが表示されていて朱の方がわずかに上回っている。
一曲目も朱が勝っていたので総合的にも朱の勝ちだ。
「朱の勝ちだな」
「ええ! じゃあダメじゃん!」
「でも、俺の目的は達成できそう」
「ま、確かにそうかもね」
俺の目的は朱をFortune Routeに復帰させること。
一紗のおかげでその目的はおそらく達成できるだろう。
朱が勝てば朱の好きにしてよいという条件でこの試合を行った。
朱自身の意思でFortune Routeに復帰してくれれば試合に負けようが関係ない。
俗に言う試合に負けても勝負に勝てばいいってやつだ。
「朱は強いからな」
「そうだね」
朱はようやく泣き止んだようで二人して筐体からこちらへ歩いてくる。
「やっと泣き止んだか」
「泣いてない……」
涙を袖で拭いながら朱は言う。
「こういう時ぐらい素直になれよ」
朱以外の三人で苦笑する。
それを見た朱はご立腹のようだ。
「死ね」
「いてええ。いてえって」
朱にほっぺたをつねられる。
さっきの綾乃の背中バチンより五百倍くらい痛い。
「そ、そういえばさ、一紗も朱もよくあんなの踊れるのな。その……パリピみたいな……」
一紗があのパリピダンスを何食わぬ顔で踊っていたのが俺は少し寂しく感じていたのだ。
例えるなら彼女いない歴イコール年齢の友達が急に彼女を作ったみたいな感じだ。
朱は見た目からしてパリピダンス踊りそうだけど。
「シャッフルダンスは中学時代にちょっとだけ練習してたから」
胸を張ってドヤ顔で答える一紗。
「そ、そうか……」
一紗は中学時代いじめられてたって言ってたけど、そういう人がするものじゃないだろ。
けどなんか闇が深そうというか、言い方がイタそうだったから深堀するのはやめておこう。
ボイパとかラップに憧れる時代って陰キャでも一回は必ずあるよね。
思い出すと死にたくなるのでやめよう。
「なんでそんなドヤ顔なの?」
綾乃が尋ねるが俺はそれをやめさせる。
「聞くな。聞くな。やめておけ」
けど綾乃はそういう時期なさそうだな…… さすが陽キャ。
「ねえ」
朱が俺に話しかけてくる。
「なんだ?」
膝のあたりをもじもじさせて言葉を選んでいるようだ。
「あ、あり……」
「?」
「あ・り・が・と・う」
口をとがらせて斜め左上を見ながら言う。
仏頂面では全く感謝の気持ちが伝わってこない。
それに、礼を言われるのは俺ではなく一紗だ。
「礼なら一紗に言っとけ」
「もう言った」
「なら、他のメンバーには謝っとけ」
「……うん」
そういう表情をされると困るんだけどな…… 悔しいがか一ミリだけかわいいと思ってしまった。
「じゃあ、私たちは今からスタジオ行くから」
そう言われて、俺は手に持っていたブレザーを一紗に返す。
そしてアイドルの私物に触れていたことに今気づく。
全然堪能できなかったな。もったいねえ。
綾乃はキャップを手渡すんじゃなくて直接朱の頭に被せていた。
「じゃあ」
小さく手を振ると二人は歩いて行った。
朱に偉そうに言ってしまったので俺も、と思い綾乃の方を向く。
「綾乃もありがとうな」
「え? 私何もしてないよ?」
「いーや。綾乃は隠れMVPだな」
「わけ分かんない」
そして俺たちもゲームセンターを出て駅に向かった。
建物を出ると真っ赤な夕焼けが見えた。
来るときは曇っていたが晴れたようだ。
しばらく歩いているとぴこんと俺のスマホが鳴る。
立ち止まりタップして開いてみるとツイッターの通知だ。
一紗が何かツイートしたらしい。
一紗のツイートに通知鳴るようにしてるとかキモいとか言わない。
オタクなら普通だから。
「朱ちゃんとゲーセンデートでした~!!!!」
ツイートにはそう書かれていて一紗と朱のツーショットが添付されている。
「ふふ」
俺はそれを見て思わず声が漏れる。
「どうしたの?」
「ほらこれ」
スマホの画面を綾乃に向ける。
「一件落着だね」
俺はそうだなと一言呟き、まだ暗くならない夕暮れの遊歩道を再び歩き始めた。
今日も読んでくださりありがとうございました。
朱編ひと段落着きましたが、後日談も兼ねてまだ続きます。よろしくお願いします!!
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