対決
俺の愚策は何とか朱に了解を得ることができた。
苛立ちをあらわにする朱音とは対照的に一紗はまだ分かっていない様子だ。
当たり前だ。前説明をしていない故ぶっつけ本番になるのだから。
「ちょ、え?! 私が朱ちゃんと闘うってこと?」
「まあ…… そういうことになる」
一紗がぶっつけ本番になることは当然、俺も理解していた。
「一紗があのゲームで踊るんだ。だからさっき協力してくれるか聞いた」
「もう…… ほんとにバカ……」
額に手を当てて何かつぶやいている。
綾乃に関してはびっくりして声を出すどころか何が起きているか全く理解できていない様子。
一紗は悩んでいるようだが選択肢は一つしかない。一紗の想いは朱とこれからも踊りたいという想いなのだから。
そして一言吐き出す。
「……分かった」
これで勝負にはなる。ひとまず俺は息を吐いた。
俺は勝負を行う二つ並んだ筐体の両方にコインを投入する。
この際、二人分のプレイ料金を俺が払ってるのは気にしないことにする。
コインを入れ終わって筐体から退く俺と入れ替わって、二人ともDANCEDASH STARDUSTの床に立ち入る。
LEDが敷き詰められた筐体の床は足の位置を特定し、踏み込んだ足の周りから波が発生するようにLEDの光が広がる。
「曲はどうすんの?」
朱は対戦モードを選びながら振り返る。
「それに関しては公平になるように朱と一紗で一曲ずつ選んでくれ。二曲の合計スコアで勝敗を決める」
二人はじゃんけんで先攻後攻を決めるようだ。
朱が勝ち、後攻を選ぶ。
一紗は収録曲を一通り見たのち、曲を決定する。
俺が見る限り、DANCEDASH STARDUSTはEDMなどのダンスミュージックを中心に収録されているが、なかにも人気のJPOPの曲やアニソンなど初めて遊ぶプレイヤーにも親しみやすいラインナップを揃えているという印象を受ける。
一紗は去年大流行した国民的アイドルグループの楽曲を選択。
したのはよかったのだが、難易度『むずかしい』を選んでいる。
一紗は初めて遊ぶゲームで最高難易度を選んでしまったのだ。
これが俺が半分賭けと称した最大の点。
そもそも一紗が『シャッフルダンス』などという陽キャダンスを踊れるのか?ということだ。
アイドルソングにおけるダンスとシャッフルダンスでは基本的なステップが全く違うのではないかというのは初心者なりにも想像できる。
DANCEDASH STARDUSTの譜面はシャッフルダンスのステップが自然に踊れるように組み込まれた譜面であるのはこのゲームが「シャッフルダンスを楽しめる」と謳っていることから簡単に分かる。
いくらアイドルソングを選んだと言えどそういう譜面が一紗に踊れるのかは未知数だった。
その点に関しては朱も同じ。
一紗が『むずかしい』を選択し決定ボタンを押した瞬間、朱は目を白黒させていた。
こうしてみると俺の策は全部一紗任せじゃないか、などという寝言はす・べ・て無視することにする。
勝負できるかどうかすら危ういところから勝負できてしかも勝敗が五分五分なところまで持ってきたのだから誉めてほしいくらいだ。
曲と難易度を選択して数秒間の通信時間がその空間を静寂にする。
朱は帽子をかぶりなおし、一紗は靴ひもを結びなおす。
しばらくしてイントロが流れ出す。
一紗は初めの入りの部分でミスをしたもののそのあとすぐに立て直しコンボをつなぐ。
対して朱は、音ゲー上級者の貫禄かは分からないが順調に一つ一つのノーツを踏み込んで確実にスコアを積み上げていく。
一紗は音ゲーを初めてプレイするとは思えないほどに正確なリズム感を発揮する。
「……すごい……」
綾乃は俺の隣で開いた口がふさがらないようだ。
その感想に関しては俺も全面的に同意する。
「ダンス経験あるからってあそこまで踊れるのか」
俺は驚くと同時に、単純に二人に感心していた。
シャッフルダンス特有のあの跳ねるようなステップも見事にこなしている。
それには紛れもなく、一紗が積んできたダンスレッスンの成果があらわれていた。
以前綾乃がプレイしていた感じからは想像できないような足さばきだ。
朱の方にも注目してみると、さっきの表情とは打って変わってクールな顔で淡々とノーツを処理していく。
かなり激しめな方のダンスだと思っていたのだが朱は表情を一切崩さない。
ショートパンツから伸びている健康的に筋肉の付いた脚に俺は思いがけず意識が向いてしまう。
朱はその脚を惜しげもなく使い、つま先とかかとをグリグリして移動するようなステップや足を交差してから回転するようなステップを魅せつける。
このDANCEDASH STARDUSTのノーツは四種類。タップ、スライド、ジャンプ、ダウンの四つだ。
タップ、スライドに関しては普通の音ゲーにもある基本的なノーツ。
しかし、このゲームにはジャンプ、ダウンというプレイヤーに体重移動を要求してくるようなノーツが存在している。
ジャンプは接地していた足を両方、床から離すことでヒットとなる。
ダウンは流れてくるノーツが画面全体に広がるリングのようになっていて、プレイヤーはそのリングをくぐるイメージで重心を下に下げることでヒットとなる。
二人ともゲームの説明を受けていないにもかかわらずこの四種類のノーツに忠実に対応していた。
「二人とも完璧に踊ってるのに、全然ちがうね」
綾乃にそれを言われて俺は二人を同時に見てみる。
振り付けというのかは俺には分からないが、二人の踊り方が全く違うように見えるのだ。
画面を見ると確かに二台とも同じ譜面が流れてきてタイミングよくヒットしているのが分かるのだが、踊っている一紗と朱に注目してみるとその様子は異なったダンススタイルだ。
「ノーツさえ踏めば、どういうふうに踊ってもいいってことか……」
いつの間にか二人が踊っている筐体の周りに俺と綾乃以外にも数人見学する人が現れ始める。
このゲームは足の接地タイミングでノーツのヒット判定をするゲームで脚以外は関係ないと言っても嘘ではないのだが、サビに入ると二人は手の振りや上半身も大胆に使いだした。
その様子はもはやステージで踊っても遜色ないようなパフォーマンスだ。
俺はFortune Routeのライブステージを見ているような感覚を覚える。
一紗のエネルギー溢れるイメージと朱のクールで正確だが大振りなイメージはまさにステージで二人が踊っているような光景だった。
それを見てどっちがすごいとか、勝負がどうこうというのはすっかり頭から抜け落ちていて、二人が揃って踊っているからこそ感じる高揚感とコンビネーションだった。
このまま二人が踊っているのをまだまだ見たいとそう思ってしまった。
そして一曲目が終わる。
朱は膝に手をついていて少しばてているような印象を受ける。たぶんしばらく踊っていない影響だろう。
一紗は腰に手を当て画面を見つめていた。毎日レッスンに通っているだけある。
とはいってもまだ二曲目が残されている。
二人とも体力的な面でパフォーマンス力が下がるのは明白だ。
しばらくするとスコアが表示された。
最初のミス以外フルコンボで終えた一紗だが、やはり音ゲー上級者の朱にはわずかに及ばないようだった。
しかし、点数で言えば小数点以下の差。一の位までは同じ数字だ。
朱はリザルト画面を見ると立ちなおり、トレードマークの様にかぶっていたキャップを脱ぐとその辺に放り投げる。
額の汗をぬぐうと曲の選択に入る。
一紗はブレザーを脱ぎ一旦俺の方に来てそれを押し付けると、ブラウスを腕まくりしながら元居た筐体の方へと戻っていく。
画面に目を移すと、朱は先ほどと同じ難易度『むずかしい』の曲を選択していたのだが、楽曲レベルが先ほどの曲より二つ上のものを選んでいた。
心なしか俺にはその表情が笑っているように見えたのだ。
選択した曲を確認した一紗もなんだか楽しそうに口角を上げていた。
そして間もなく二曲目が開始される。
朱が選んだ二曲目はこのゲームの真骨頂であるEDMの曲だ。
透き通ったシンセサイザーのメロディからその曲は始まった。
ベーシックな四つ打ちが始まる。
先ほどの曲よりもテンポが速く、バスドラムが心臓に響く。
それに合わせて最初のノーツが流れてくる。
二人ともタイミングよくノーツを踏み込む。判定はパーフェクトだ。
曲が進むにしたがって二人のモーションは激しさを増す。
二人とも一曲目の疲労の影響が全く感じられない。
「あいつらすげえな……」
先ほどとは打って変わって、この曲はシャッフルダンス特有のステップをふんだんに含んだ譜面なのだが、二人とも顔色一つ変えず小気味よく足を滑らせる。
「プロのダンサーみたい……」
綾乃の目はさっきの驚きのものではなく、憧れの人を見るようにきらきらしている。
手にはさっき朱が投げ捨てたキャップを持っていて、俺はそれを見てちょっと笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、あいつら、俺らとは違う次元にいるなあって」
照れ隠しでもあるけど、今言ったことも純粋に感じたことだった。
「そうだね……」
俺は何か少しだけ寂寥感のようなものを感じていた。
それぞれ一紗や朱と何かしらの共通点を持っていると思っていたのだが、そんな俺の女々しさが馬鹿に思えてくるような二人の姿だった。
そして曲は佳境に入る
周りにはどんどん人が集まってきた。
サビ前のブレイクのタイミングでジャンプのノーツ。
それをしっかりこなした後、高速で足を入れ替えることによるその場で走っているように見せるステップでギャラリーは一気に盛り上がる。
ギャラリーはすでに十人以上はいただろう。
その全ての人が一紗と朱の二人のダンスプレイにくぎ付けになっていた。
曲が終わると同時にギャラリーたちは盛大に二人のプレイを賛称していた。
それに囲まれた二人はお互いに顔を見合わせて、満足げに笑った。
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