穴だらけの策略
「はあ! なんでそんなことになってるのよ!」
「いや、勢いで……」
俺は一紗にものすごい勢いで詰められていた。
今日は月曜日で、つまりは朱との勝負の当日となっていた。
俺はこの土日を使って朱に『音ゲー』で勝つ方法を考えたのだが、露ほどもいい案は思い浮かばなかった。
いや、最初から分かっていたのだが、俺がプレイして正攻法で勝つことなど全く持って不可能だ。
そこで誰かほかのプレイヤーに外注するという方向性に考えがシフトしていたのだが、朱は全国レベルのトッププレイヤーであることも判明していたので俺は途方に暮れていた。
万が一朱に匹敵するプレイヤーが近くにいたとしても、そもそも人脈のじの字もない俺がそいつにアポを取るなんてこともできない。
それでわらをもすがる思いで一紗と綾乃に打ち明けたらこうなったのだ。
「立華君が負けたら朱ちゃん辞めちゃうかもしれないってことなの?!」
「そ、それは……」
俺は言葉に詰まってしまう。
結局のところ朱がアイドルを続けたいのかそうじゃないのかは分からないでいた。
「とにかく、今日私も行くから! 朱ちゃんとちゃんと話したい」
一紗は自分たちのグループのことになると熱くなるのだが、今日の一紗はいつもより気迫があった。
「ちょっと、一紗ちゃん落ち着いて」
綾乃が一紗を制する。
「勝算が無いっていっても、何か策はあるんでしょ?」
綾乃はいつもより冷静に尋ねてくるが、綾乃の期待には応えられない。
「いや、全くない」
「えぇ…… バカじゃん…… さすがの私もびっくりだわ」
ぐうの音も出ないです。
本当に情けない。
「私も一緒に行くよ。あの時のことも謝りたいし」
綾乃は一紗を宥めながら言う。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「私も話すことまとめるから、なんでもいいから立華君も考えてて」
一紗はそう言い残すと席を立って食堂を出て行ってしまう。
心なしか椅子を引く音が大きく感じた。
「ちょっと、一紗ちゃん!」
綾乃もそれを追おうとして席を立つ。
「はぁ……」
一紗に「俺に任せろ」とか言っておいてこの始末だ。
口だけのほら吹きと化してしまった。
一紗は俺に失望しているだろう。
しかし、まだ少しだけ時間は残されている。
あきらめるわけにはいかなかった。
一紗の想いとか、朱の世話焼きとか色々な理由はある。それを建前というわけではないが、俺自身が朱の踊る姿をまだ見ていたいという想いがあるのだ。
脳みそをフル回転させてここ一週間のことを思い出す。
一紗の朱に関する話。綾乃の思いつき。ゲームセンターでの出来事。
午後の授業は何一つとして聞いていなかったが、そのかいあってか勝てるとはいかないまでも勝負できるくらいの策を一つだけひねり出すことができた。
「邪道とか言ってる場合じゃねえな」
半分賭けみたいな穴だらけの策。
授業が終わり、一紗と綾乃と合流する。
すでに梅雨に入っていて、学校を出ると雨は降っていなかったが空は灰色の雲で埋め尽くされていた。
二人が先行し、それを追う。
俺の策でひとつだけ懸念点があるとすれば一紗が協力してくれるかどうかだ。
失望した相手に協力してくれるかどうかは望み薄だが俺にはこれしか残されていない。
言いづらいが言うしかない。
「一紗」
俺は真剣な声音で一紗の名前を呼ぶ。
一紗は俺に対する嫌悪感がまだ消えないようだったが振り返ってくれる。
「俺に協力してくれ」
「何言ってるの?」
俺が脈絡もなく言い出したもんだから一紗は疑いの目を向ける。
「一つだけ、策がある。けどそれには一紗に協力してもらう必要がある」
「私が朱ちゃんと話をすれば済むじゃない」
一紗の眼差しに呆れの感情も追加されてしまう。
「あいつとの約束を破りたくないんだ。だから俺を、もう一度だけ信じてくれ」
俺は熱を込めて一紗の目を見つめる。
一紗の目からはまだ疑いの色が消えない。
「立華君もこう言ってるんだし、ね?」
綾乃は両手で俺と一紗の肩を掴む。
説得してくれるようだ。
「私からも、お願い」
綾乃はこういう時に頼りになる。人と人を結びつけるのが彼女の特別な役割なのかもしれない。
一紗は一分程度逡巡したのち顔を縦に振ってくれた。
俺は内心でガッツポーズをする。
まず第一関門を突破することができた。
一紗の協力が大前提である俺の策は、策として機能するレベルに到達したのだ。
だが、まだ乗り越えなければならない壁は数枚残されている。
しかし、なぜ一紗がこうも簡単にうなずいてくれたのかは俺には少し疑問だった。
それから三人は一言も発さずに、今日の勝負の場であるゲームセンターに着いた。
館内は普段より空いているといった印象だった。
音ゲーコーナーの前まで行くとすでに朱は俺を待っていた。
制服の俺たち三人とは対照的で、私服の朱はデニムのショートパンツにチェックのロングカーディガンを合わせたラフな格好をしている。
斜めにかぶった白いキャップは朱のおしゃれさを強調していた。
「待たせたな」
「なんで二人がいるのよ」
カーディガンのポケットに両手を突っ込んだまま朱は口を開く。
「まあ、それは今から説明する」
綾乃は心配するような目で俺と朱を交互に見ておろおろしている。
対して一紗の目に映っているのは朱だけだ。
朱は終始機嫌が悪そうだ。
「勝負の前にもう一度だけ確認しておく。俺が勝ったらお前にはFortune Routeの活動には全部参加してもらう、サボりも許さない。お前が勝ったら辞めようがどうしようが好きにする。勝負に使う機種は俺が今から発表する。スコアが高い方が勝ちだ。条件はこれだけでいいな?」
朱は鋭い眼光で俺を射抜く。
「ええ。そういう約束だったわね」
そして素直に頷く。
「じゃあ、さっそく使う機種だが――」
言いかけると綾乃が俺の腕の裾を掴んでくる。
俺の耳に手を当てて小声で抗議してくる。
「ちょっと! この流れで大丈夫なの? なんかそのまま立華君が闘う流れになってない?」
「ああ! うるせぇ。ちょっと黙ってろ」
そのせいで一紗も俺に疑惑の目を向けてくる。
「ねえ早くしてくんない」
朱は女王の様に髪をくるくるしていてさっきより機嫌が悪そうだ。
俺は綾乃を払いのけて続ける。
息を吸って準備をする。
「使う機種は……これだ!」
俺は人差し指で今回俺が勝負に勝つために選んだ機種を指し示す。
一紗と綾乃はぽかーんと口を開けていたが朱は違った。
「これ、ダンスゲームじゃない!」
想定通りの指摘を受けるが、俺はにっと口角を上げる。
「これは確かにダンスゲームだが、音ゲーでもある」
「はあ?」
朱は疑惑の視線を俺に送ってくる。
「これはDANCEDASH STARDUSTというゲームでな、足元の床が全部センサーになってるんだ。足を踏み込んだ位置でノーツのヒットを判定するゲームだ」
DANCEDASH STARDUSTは足をスライドさせる動きが特徴の『シャッフルダンス』を楽しめるゲームだそうだ。
詳細はさっき授業中にスマホで調べた。
以前謎の音ゲーマーGATEに協力してもらったときに綾乃が隣のダンスゲームコーナーで遊んでいたことを思い出していたのだ。
朱は俺を睨みつけるが話は最後まで聞いてくれるようだ。
それを感じ取って俺は続ける。
「画面下方のヒット位置に対応した床の位置を踏むことでヒット判定となる。画面はお前がいつもやっているコウニズムとほとんど同じでノーツが上から下に流れてくるタイプだ」
朱は表情を変えない。
「ノーツを叩くのが手か足の違いってことだ。立派な音ゲーだろ?」
多分全国の音ゲーマーに聞いたら「いや、でもダンスゲーじゃん」と指摘されるような愚論だが一応筋を立てて説明した。
朱が納得するかどうかが二つ目の壁だ。
「……確かに一応音ゲーではあると認めるわ」
朱は何とか承諾してくれたが、まだ何か言いたげのようだ。
「けど、アンタはそれでいいの? ダンスなんか踊れるわけ?」
三つ目の壁がこれだ。
俺はダンスなんか毛ほども踊れないということだ。
ちなみに『シャッフルダンス』というのはEDMなどの四つ打ちの音楽に合わせて即興でステップを組み合わせその名の通り足をシャッフルさせるような動きを中心としたフリースタイルのダンスだ。分かりやすく言うとパリピや陽キャが踊るやつだ。
これも授業中調べた。グーグル先生に分からないことは無い。
俺がプレイするなら手でノーツを叩く普通の音ゲーの方がマシだろう。
三つ目の壁を突破するために俺が考えたのはまたもや愚論。
「プレイするのは一紗だ」
「え?」
一紗は本当に不意を突かれたような顔で俺を見る。
「はあ? アンタが勝負するんじゃないの?」
朱の声音はすでに何かを通り越して呆然の領域に入っている。
「勝負するのは俺だが、プレイするのは一紗だ。プレイヤーは本人でないといけないという決まりは設けていない」
そう、これが最後の問題を解決するために俺が用意した愚論。
一番初めに朱に確認したのはこれの言質を取るため。
そして一紗に協力を求めたのもこのため。
「……は。話にならない。それで勝負っていうの? 納得できない。アタシ帰る」
朱は振り返って去ろうとするが俺はその背中に呼びかける。
「俺は何一つルールを破っていない。勝負を降りるなら俺の勝ちになるけどいいのか?」
前回、朱とゲーセンで勝負を約束した日の様に俺は朱を煽り立てる。
朱は煽れば煽るほど乗ってくる。そういう性格なのだ。
「一紗に負けるのが怖いのか? 音ゲー初心者の一紗に」
これでもかというほど俺は朱を挑発する。
すると、朱は振り返って一言。
「分かったわ。やってやろうじゃない」
怒りか闘争心か憎悪か、はたまたその全てか。朱の表情はそれらで充溢していた。
今日も読んでいただきありがとうございました。
朱編あと少し続きます。
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