約束
俺は三日間、例のゲームセンターに通ったが朱は現れなかった。
その間、朱は学校にも来ていないようだった。
屋上の扉もずっと開けっ放しのまま。
Fortune Routeの次のライブは来週の金曜日。今日が金曜日だからちょうど一週間後だ。
朱がこの状態のままパフォーマンスできるとは到底思えない。
「あいつ、何考えてんだよ」
朱がこのまま活動をやめてしまうのではという不安すらも湧いてきてしまう。
次のライブではおそらく新曲の初披露が予定されているはずだ。
すなわち、朱の踊る位置は真ん中ではなくサイドの位置。
先日のセンター投票の発表があるまでは一紗と朱は『真ん中組』と呼ばれ、観客側から見て右側に一紗、左側に朱、その外側に二人というフォーメーションが基本となっていた。
だがこれからは、二位となった椿充葵の位置と朱の位置が交換ということになる。
新曲以外の曲もおそらくそのフォーメーションが基本となるだろう。
朱に関する焦燥感が日に日に募っていく。
その日の放課後、一紗に朱の状況を一度確認するつもりだ。
授業が終わり一組の教室を訪ねる。
一紗はそれと同じタイミングで教室から出てきた。
「一紗、ちょっといいか」
「うん……」
俺たちは四階に移動する。人気が少なくて落ち着いて話せる場所が俺の選択肢にはここしかなかった。
初めて学校で一紗に連れてこられた場所。
そして俺が初めて朱と出会った場所でもある。
ここ最近、曇りが続いている影響で、蛍光灯が点灯していないその場所は真っ暗だった。
俺はおもむろに口を開く。
「朱って最近練習来てるか?」
「ううん。あれ以来一度も来てない」
「まあ、学校にも来てない様子から察するにやっぱそうか……」
予想はしていた。
「朱抜きで練習してるのか?」
「うん……」
一紗の声はさっきからずっと小さいままだ。
「それは……新しいフォーメーションでか?」
「一応…… 私と凛ちゃんは位置変わらないけど、充葵ちゃんは私の隣で」
「そうか……」
「朱ちゃんなら、多分そんなに位置が変わっても苦労せずにできると思うけど」
確かに、技術的な観点から言えば朱は踊る位置が変わったぐらいでパフォーマンス力が落ちたり練習量を増やさなければならないといった状況にはならないだろう。
一度踊ればすぐに習得してしまうと朱自身でも一紗からも称されている。
「ライブまであと一週間か……」
「……」
一紗の視線は今までよりも下がってしまう。
「……一紗は朱と、また踊りたいか?」
メンバー三人とも意思を確認することはできないから、代表して一紗に聞く。
グループとして最も大事なことだ。
本人たちが活動を続けていきたいか。
「当たり前じゃん!!」
一紗は突然大きな声を出したので俺は少し驚いてしまう。
「ごめん…… 私は、今までもこれからも四人でやりたい」
「分かった。ま、一紗ならそう言うと思ってたよ」
「え?」
「そのまま、新フォーメーションで練習続けといてくれ」
何言ってんだか…… まだ解決すると決まったわけじゃねえのに。
「ちょっと!」
俺はその場から歩き始める。
「今日も練習あるんだろ? 朱のことは任せてくれ」
自分で言っててひでえ。
一紗に背を向けながら手を振って階段を降りる。
何かっこつけてんだよ。
かっこつけようがかっこつけまいが、今の言葉で俺は一紗に嘘をつくわけにはいかなくなった。
昇降口を出た瞬間に雨が降り出す。
「タイミングわりい……」
俺は走り出し、例のゲームセンターへ向かう。
俺の予想ではそろそろ朱が来ていてもいい頃だと思っていた。
とはいっても俺が学校へ行っている間に朱がゲームセンターに来る可能性だってあるのだ。
しかし昨日の放課後にゲームのランキングを確認すると、先日謎の音ゲーマーGATEによって書き換えられたそのランキングはまだ更新されていなかった。
それも考慮して今日の午後、朱が表れてもいいと俺は予想していたのだ。
そしてその予想は見事的中することになる。
ゲームセンターに到着すると雨の影響もあってか普段より人が少なかった。
そのおかげで朱を見つけ出すのは容易だった。
まあ人がいても金髪が目立つからあんまり関係ないか。
「よう、久しぶり」
俺はできるだけ明るく爽やかさを意識して声をかける。
しかし朱はそれを無視して歩き出してしまう。
それを見て俺はとっさに朱の手首をつかんでいた。
「離して」
「いーや、離さない」
朱は俺と一切目を合わせない。
「びしょびしょなんだけど」
「え、ごめん」
小雨の中走ってきた俺は朱からするとそこそこ濡れているらしかった。
俺はあまり気になるレベルではなかったが。
「これで拭きなさい」
朱音はハンカチを投げてくると同時にもう一言発する。
「それあげるから、拭いたら帰って」
「お前、練習はともかく、学校ぐらい来たらどうなんだ」
「アタシの勝――」
俺はそれを無視して続ける。
「俺が納得してねぇんだ」
朱は目を見開く。
「俺はお前がいない学校生活は嫌だ。寂しい」
「な! アンタ一紗や綾乃に鼻の下伸ばしといてそんなことよく言えるわね」
朱さんこういうときもほんと辛辣。ぐうの音も出ない。
だが三日間もゲームセンターに通って得たこの機会を逃すわけにはいかない。
GATEの手柄を無駄にするわけにはいかない。
「……その一紗と綾乃も、お前のこと心配してんだよ。あいつらの連絡全部無視しやがって」
「そ、それは……」
「ほら、これも見ろ」
俺はスマホを取り出しツイッターで朱の名前を検索し、それを朱に見せる。
「お前が全くツイートしないせいで、卒業説も囁かれてる」
「……」
それを見て朱は黙り込んでしまう。
「お前、これからどーすんだよ」
朱の意思を確認する。Fortune Routeを続けるのか続けないのか。
「そんなの……分からない!」
「一紗はな、お前とまた踊りたいって言ってたぜ」
俯いていた朱は顔を上げる。
「でも、アタシ。もう一紗の隣で踊れない」
朱の目頭からはぽろぽろと涙が垂れてくる。
「他の二人だって、お前を信じて練習してるって」
「分からない! もうアタシ、どうしたらいいか分からないの!」
迷子になった子供の様に声を大きくする。
「お前が決めるしかない」
涙をこぼしながら朱は俺に背を向けて歩き出してしまう。
あまり突き放すことを言いたくないが仕方ない。
俺は一段階トーンを落として朱音に問いかける。
「逃げるのか?」
だが、朱の強さを考慮すればこれくらいでもいい。
「学校もアイドルも、その他も全部逃げるのか?」
言い過ぎぐらいがちょうどいいのだ。こいつには。
「お前言ってたよな? 真剣になれるものが無いって。それは、お前が真剣になれるかどうか分かるまでちゃんとやりこんでないからじゃないのか?」
ようやく朱は足を止める。
「『練習しなくてもできる』、『最初からできる』、それがやりこまない理由にはならない」
朱はこぶしを握り締め、こちらを向く。
涙は止まって、怒りの表情に変わっている。
肩はぷるぷると震えだし顔は真っ赤になって頭に血が上っているのが分かる。
狙い通りだ。
「朱。俺と勝負しないか?」
「なによ、勝負って」
朱は不満げに尋ねる。
「俺が勝ったらFortune Routeに戻って活動してもらう。もちろんレッスンも全部出ろ。四位のままな」
「なに勝手――」
「お前が勝ったら、お前の好きにしろ。学校辞めようがアイドル辞めようが勝手にしろ。文句あるか?」
かっこつけているが、勢いだけでしゃべっている。
こういうの一回やってみたかったんだよ。
が、これだけ煽れば間違いなく朱は乗ってくる。
それだけは確信していた。
「……わ、分かったわ。でも、勝負って何で勝負するのよ」
確かに! 全く考えていませんでした。
俺は目に入った朱がプレイしようとしていた筐体を見て思いつく。
「……じゃあ、お前が唯一得意な音ゲーでいいか?」
まーたかっこつけちゃってるよ、この人。
「……いいわ。機種はどうするの?」
朱のやろうとしていた機種でやっても俺に勝ち目はない。
というか俺が朱に音ゲーで勝てるはずないのだ。
どの機種でも無理だ。
「き、機種に関しては当日に発表する」
結局先延ばしにしただけかい!
「なるほど。アンタのハンデにもなるわね。いいわ」
「じゃあ、三日後この時間にこの場所でいいか?」
朱は少し考えるそぶりを見せたが快諾する。
「分かったわ。怖気づいて逃げるんじゃないでしょうね。逃げたらアタシの勝ちよ」
「お前こそ、逃げたら強制労働だからな」
そう言って俺はゲームセンターを後にする。
はあ。どうしようか。俺があいつに音ゲーで勝てるはずないのだ。
GATEに代打を任せるというのもちらと思いついたのだが連絡先聞いてないし、そもそも朱とGATEじゃあ朱の方が格上。
自分で言いだしたのだが、俺が勝つ方法は全く思いつかない。
振り返ってみると朱は筐体に向きなおしてコインを投入しているところだった。
俺はそれを見てにやけてしまう。
「どんだけ好きなんだよ」
今日も読んでいただきありがとうございました。
朱音編まだまだ続きます!
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