作戦会議
週明けの月曜日、俺は学校の最寄り駅に着いたタイミングで綾乃に電話をかけた。
「どうだった?」
「……ダメだった」
綾乃は昨日のライブの後、朱に連絡してくれたようだが応答は無かったようだ。
「そうか、じゃあ今日とりあえず一紗に確認するしかないな」
「うん、学校着いたら私から聞いてみるよ」
「よろしくな」
「うん」
通話を切りスマホをポケットにしまう。
駅を出ると空にはどんよりと鈍色の雲が広がっている。六月に入ったのだ。
学校について七組の教室を訪ねてみたが朱はまだ登校していない。
自分の教室に着くと、綾乃からメッセージがあった。
「昼休み、時間ある?」
「うん、あるけど」
「じゃあ一紗ちゃんと三人で作戦会議するから!」
作戦会議って……
結局、昼休みは昼食をとりながら一紗と三人で話すことになった。
それから一時間目が終わり、授業の合間に朱と出会った四階の屋上扉の前に行ってみた。なんとなく朱がいるような気がしたのだ。
ドアノブに手をかけてみると予想外に鍵はかかっていなかった。
「あれ?」
扉を開けても案の定誰もいない。
「鍵ってあいつが持ってるんだよな……」
朱と最後に屋上で会ったのはたしか修学旅行の前だ。
それからずっと開けっ放しなのか?
真相は分からないが鍵が無いので俺はそのまま扉は施錠せずに教室に戻った。
昼休みになっても朱は登校していないようだった。
綾乃、一紗と合流し食堂に向かう。
「「「……」」」
席に着くと、何から話してよいか分からず三人とも黙り込んでしまう。
「一紗ちゃん、そのお弁当かわいいね」
綾乃が日常会話を始めてくれて、三人の間の空気は沈黙せずに済んだ。
「え? あ、うん。ありがとう」
「一紗が作ったのか?」
「うん。料理するの好きで……」
こんな時に不謹慎だけどまた一紗の好感度上がっちゃったよ。料理できる女子っていいよね。
「朱は、絶対料理なんかしねえよな」
間違いない。あいつの料理する姿なんか想像できねえ。
「あははは、確かに!」
綾乃もそれに反応してくれて、話しやすい雰囲気が生成される。
「昨日、朱ちゃん、握手会の後すぐに帰っちゃって」
「様子がおかしかったもんな」
俺は一紗に視線やって促す。
「あの後、私も電話してみたんだけど出なくて」
「そっか…… 私のも出ないし」
「やっぱり四位がショックだったのか?」
考えられるのはそのくらいだろう。順位発表の直後から朱の様子はおかしかった。
「うーん。私が思うに、朱ちゃんはそういうのあまり気にしない人だと思ってたんだけどね」
「それってどういうこと?」
綾乃が疑問を投げかける。俺もそれについては詳しく聞きたい。
「なんというか、朱ちゃんって自分の価値観で生きてるから、他の人からどうこう言われても動じないかなって」
一紗の言うことは何となく分かる。自分の価値観で生きているというのはまさにそうだ。
何もかもあいつのやることにはあいつの意思しか関与していない。
いきなり洋服や化粧品を大量に買い、俺を荷物持ちにしたとき、なんと自己中心的な奴だと嘆息したものだ。
ダンスレッスンに行くか行かないかも全部あいつが決めていた。朱は気が向かないからという理由だけでレッスンに参加しないのだ。
「確かに……」
俺は納得していたのだが綾乃は腑に落ちないようだ。
「いくらそういう人でも、いつもの状態がいきなりそうじゃなくなったらショックだと思う」
一紗は首をかしげている。
「えーと。例えば、私とか成績全然よくないの。だから友達とも低レベルな争いをしてるんだけど、ずっと私の方がたまたま点数高かっただけなのに、いざその子に点数で負けるとショックじゃん?」
「?」
一紗は綾乃が話す前よりも分からなくなった様子。
「普段の授業では真面目にやらないくせに、マラソン大会の時は真面目に走る奴がいたときみたいな感じか?」
綾乃はドン引きして両手を自分の方に回している。
「うーん。読んでいる漫画雑誌でその作品目当てではないけど毎回読んでて、いきなり打ち切りになったときとか?」
「「それだ!」」
俺と綾乃の声が重なった。二人とも一紗の例えが一番しっくり来たようだ。
「綾乃が言う『いつもの状態がそうじゃなくなる』ことによるショックというのは何となく分かった」
原因は掴めてきた。その次に考えるべきは手段だ。
「どうやって元通りにするかだな」
綾乃もそういう方向に思考が働いているようだ。
「朱を二位ポジションに戻すってこと?」
一紗はそれを聞いて首をひねる。
「センター投票は今回が初めてだし、しばらくはやらないと思う」
せっかく順位発表したところなのにまたやり直しなんてことになればファンは納得ないだろう。
それにもしやり直しや次の開催が行われたとしても朱が二位に戻れる確証はない。
朱が二人の電話にすら出ないという状況を鑑みるにそんなものを待っている暇はない。
「参ったな……」
全く方法が思い浮かばない挙句、会う方法も連絡もできないのか。
「一紗ちゃんは朱のことどう思う?」
「どう思うって?」
「朱がFortune Routeのことどう思ってるかとか、朱の好きなこととか、直してほしいところとか、一紗は朱にどうしてほしいとか、なんでもいいからさ」
綾乃は一紗からなにか手掛かりになるようなことを引き出そうとしているようだ。
確かに何かのヒントになるかもしれない。
「朱ちゃんが私たちのことをどう思ってるかは知らないかな…… そういう話をしてこなかったから。でも私は朱ちゃんがいなきゃFortune Routeは成り立たないと思ってる」
「何か理由があるのか?」
「朱ちゃんは歌に関しては私よりセンスがある。私が練習をサボったら一瞬で追い越されると思う」
「そういえば……」
俺はサボるという言葉に引っかかりを覚えた。
「何かあるの?」
綾乃が尋ねてくる。
「朱って練習サボるよな」
「うん、けどそれはずっとだよ? そのせいじゃないと思う」
それは推測通り。朱の性格だとグループに入ってからずっとその調子だろう。
「そうじゃなくて、一紗はどう思ってる? 朱が練習来ないの」
「……朱ちゃんには言ってほしくないけど、私はちょっとムカついてるかな」
「一紗ちゃんはムカつくとかそんな言葉使わないで…… 私のアイドル像が……」
頭を抱える綾乃を放っておき話を続ける。
「詳しく聞いていいか?」
昼食を食べ終わった生徒が食堂から出ていく。もうすぐ昼休みも終わりそうだ。
「私としては、グループをもっと大きくしてもっと大きな会場でライブしたいから。私はもっと練習しないとそれは無理かなって。だから朱ちゃんにもちゃんと練習に来てほしい」
一紗のグループに対する熱意は朱のそれとはかけ離れている。
なんとなく解消すべきポイントが分かってきた。
しかし朱と話をする機会が無ければどうしようもない。
「最後に一つだけ、朱の良く行くところって知ってるか?」
「うーん。朱ちゃんはコスメ大好きだから私もたまに一緒に買いに行くけど、それ以外だと……」
「他に朱が好きなこととかは?」
ちょっと綾乃さん? 関係ないこと聞かないでくれる?
「あ! なんかスマホのゲーム! 音楽に合わせて画面を叩くやつ」
「音ゲーか」
「あーそうそう! 音ゲー」
あいつスマホでも音ゲーするのか。
ん? 音ゲーか。音ゲーといえばゲーセン。
「綾乃、ナイス。よくやった」
綾乃は首をかしげているが喜んでいるようだ。
今日も読んでくださりありがとうございました。
ほんとに少しずつですがブクマも増えておりまして読者の方に感謝です!
朱編まだまだ続きます。
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