激怒
「あいつ……」
一紗の発表を境に朱は氷のように固まってしまった。
せっかく最高のライブの後、一紗の一位でハッピーエンドわほーいの気分だったのだが、そんなわけにはいかないらしい。
「ねえ。朱、大丈夫かな?」
一歩も動かない様子を見ると、おそらく大丈夫じゃなさそうだ。綾乃も感じたのだろう。
「大丈夫じゃなさそうだな……」
「……」
朱とは数回程度話した仲でしかないが、放っておくわけにはいかないと直感的に感じていた。
発表が終わると四人はそそくさとステージ裏へと引っ込んでしまう。
それを機に観客たちがざわつきはじめる。
俺はそのざわつきがこれでもかと言うほど不快だった。
「俺もあいつの方、行くよ」
「そうだね……」
握手会会場に移動する。
しばらく待つと彼女たちが出てきた。
しかし、そこに朱の姿はない。
「心配だね……」
綾乃は情け深い性格だ。自分の関わった相手には真っ向からぶつかって向き合う。
修学旅行では最初こそ対立していたが綾乃と朱は俺から見ても親しくなったと思う。
そもそも相性が良かったのかもしれない。喧嘩するほど仲がいいって言うしな。
朱以外の三人の握手会は早々に開始し、俺たちを除く三人のファンの人たちは何事もなかったように列に並び始める。
そういう奴らのことを薄情者とは呼ぶつもりはないし、そういうものなんだと頭では理解はできるが俺の感情は追いつかなかった。
「朱参加の方はしばらくお待ちください」
スタッフの声が聞こえる。そのアナウンスだと後で握手会やるってことなのか?
気になったが俺にできるのは待つことだけだ。
「ちょっと、私行ってくる」
しかし綾乃は違うのだ。
「綾乃が行っても入れないだろ」
走り出そうとする彼女の手を引き留める。思っていても行動に移せない俺は自分の無力さを実感した。
「そ、そうだよね……」
「スタッフもああ言ってるんだし、待つしかねえよ」
朱の列に先頭で俺たちは並んだ。綾乃、俺の順番。
三人の列もほとんど消化した頃に、やっと朱は出てくる。
綾乃はすぐさま朱の元へ駆け寄る。
おそらく綾乃なら様子を聞き出してくれるだろう。
しかし、その予想は外れてしまった。
「なにそれ? 心配してあげてるっていうのに!」
フロアに綾乃の声が鳴り響く。
綾乃は激怒した様子で朱から去ると、どんどん歩を早めてしまう。
残された朱はずっと足元を見ている。
俺は綾乃と朱を交互に見てあたふたすることしかできなかった。
そのあとすぐにスタッフの人が来て朱を連れて行った。
朱の握手会は続行不可能と判断され中止された。
遺憾ながら朱の連絡先だけは知らなかった俺は、朱に会えない今どうすることもできない。
最善の選択肢としては綾乃から話を聞くくらいしかないか。
俺はそう判断して先に出て行ってしまった綾乃を急いで追いかける。
ライブハウスを出ると幸いなことに綾乃はまだ近くにいた。
「はぁ……はぁ……」
すぐに綾乃に追いつく。
「いきなりどうしたんだよ」
わずかに息が切れたが死ぬって程でもない。
「あいつ、私には関係ないって!」
「はあ? 何がだよ」
「もうっ! ほんっとイライラする!」
「ちょっと、落ち着けって」
綾乃を宥めると少しは冷静さを取り戻してくれた。
移動しながら話せる場所を探す。
「せっかく…… 初めて気が合う奴だと思ったのに……」
「それってどういうことだ?」
明るくて友達付き合いの多い綾乃が初めて気が合う奴だったというのは理解しがたい。
学校ではいつも多くの生徒たちに囲まれている印象がある。簡単に言えばリア充ってやつ。
「私、こう見えて外面だけ取り繕ってるから」
「そうなのか…… 全く知らなかった」
「朱みたいに直接ずばずば言ってきてくれる人っていなくて。クラスの人たちはそういう空気ばっか読んでて。まあそれは私もなんだけど」
俺みたいに一人でいたり少人数でいるやつというのは空気は読めてもその空気に同調する必要はない。
逆に綾乃のように大人数で固まっている人たちはクラス全体の空気を読んでそれに逸れないように行動しなければならない。
俺が感じたことのない苦労が綾乃にはあったようだ。
「朱は学校ではぼっちだもんな」
「え?」
朱に関しては俺と同じタイプだ。
むしろ俺よりも空気が読めないと言ってもいい。思ったことは何でも口に出すし、口調はキツめだ。
金髪で外見が派手なのもそれを手伝って、しかもそれなのに勉強や運動は断トツでできる。
それゆえに集団からはじき出され、朱の居場所は屋上となってしまった。
それが悪いことではない。そういう人も世の中には朱以外にもいる。
「綾乃とは違ってあーやってなんでもずばずば言っちゃう奴なんだよ。あいつは」
「そっか」
そういう二人が偶然出会って、パズルのピースがかちっとはまるように打ち解けたのだろう。
適当に歩いているだけでは落ち着いて話せる場所は見つからず、結局駅まで来てしまった。
改札を通ってホームに移動する。電車が到着するまであと十分以上もある。
「あいつなんて言ってた?」
「体調が悪かっただけって」
体調が悪かった割にはものすごいパフォーマンスだっただろ。キレキレのダンスを踊っていた。
「そんなわけねえな」
「私も……そう思う」
最も朱を心配しているのは綾乃だろう。出会って二週間程度のはずだが綾乃を見ていれば分かる。
「どうするかな……」
朱のあんな姿は初めて見た。むしろ朱史上初だろう。
あいつは高圧的でピシッとしてないと俺の調子が狂う。
ぼっちの奴を見過ごせない。
俺に一紗や綾乃、颯介と少なからず友達ができたと言えども、ぼっちスピリットは健在なのだ。
以前までの俺なら見て見ぬふりをしていた。
一紗や綾乃と関わってその考えは塗り替えられた。
自分から友達を作ろうと言えるようになった一紗や、一紗に正面から向き合って振り向かせた綾乃を見て考えを改めた。
朱を見過ごすわけにはいかない。
このまま何もせずに終わるのは納得できない。
朱に連絡する方法はない。俺ができることは何だ。朱に近い人物に聞くことか。
簡単なことだ。
「一紗に聞くか」
「一紗ちゃんに聞いてみよう!」
ま、それしかないよな。
読んでくださりありがとうございました。個人的にはここから結構面白くなるつもりです。
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