サイテーのアタシ
朱視点です。
一紗からそれを聞いたとき、アタシはそれが何を意味するのかすぐに理解できた。
「四位は……朱ちゃん……です」
周りの音がすべて消えて何も聞こえない。
頭の中では一紗の声だけがずっと繰り返されている。
アタシはステージ上で一歩も動けず、さらには声を出すことすらできなかった。
特に悲しいとか、涙が出るとかも無かった。
ショックで固まってしまったというのも少し違う。
なんというか、体中の感情が一瞬にして消えた、そうゆうふうな感じ。
ライブ中の充実感とか歌ってて楽しいとか観客の声とかそれら全て消え去った。
そのあとの発表は銅像のようにして聞いていた。
何のリアクションもせず、アタシはマイクを握りしめて時間が過ぎるのを待つしかなかった。
あまりにもアタシがしゃべらないものだから三人は困ってしまって、せっかくの新曲の話とかも全くせずに切り上げてしまう。
「さぁ、朱さん、行きますよ」
耳元で凛に呟かれた。
そのまま背中を押されて私はステージを降りた。
今日のライブはいつも通りのパフォーマンスをしたつもりだった。
特にミスもなかったし、むしろ観客はいつもより盛り上がっていたと思う。
アタシも今日は少し楽しみにしていたくらい。
ステージから降りて楽屋に帰ってきても頭の中で一紗の言葉がずっと響いている。
もう分かってるのに消えない。
当たり前だと思ってたことがこれからはそうじゃない。
誰よりも分かってる。
一番近くで聞いていたのはアタシなのだから。
「大丈夫? 気分悪い?」
一紗がアタシにタオル差し出す。
そう言って心配そうにする目が今はなぜか不快だった。
「うん、ぜんぜん」
アタシは自分のタオルを取り出して意思表明をする。
「体調悪かったら、握手会休んでていいから」
いつも心地よかったその気遣い、いつも嬉しかったその優しさが、今のアタシには気持ち悪いと感じてしまう。
妙なプライドからアタシは答えてしまう。
「大丈夫よ。握手会も出る」
「無理しないでね」
そう言い残すと一紗は二人を連れて先に楽屋を出て行った。
ドアが閉まった音を聞いてアタシは少しだけ息をしやすくなった。
「はぁ、どうしよ……」
正直握手会なんか出れる気力は全く無かった。
溜め息をするとますます気が滅入ってしまう。
ファンの人になんて言われるんだろう。それを聞いてアタシはどう返したらいいんだろう。
どんな顔をすればいいんだろう。
そもそも表情が作れるかどうかも分からない。
それを想像するとほんとに何もかもめんどくさくなってしまった。
何もする気が起きない。
そのまま座り込んでいたらアタシの体がぶるっと震える。
どうやら本当に体調が悪くなってきたみたい。
「良かった……」
体調が悪いだけだったんだ。
そもそもアイドルなんか暇つぶしでやっていただけ。
人気投票で最下位になろうが気にする必要なんかないはず。
開き直ると、立ち上がることができた。
仕事だから……
自分に言い聞かせてアタシは握手会に出る決心をする。
一紗にも出ると伝えてある。
それを裏切るのは嫌だった。嫌われたくなかった。
アタシの唯一の場所がなくなるのだけは嫌だった。
握手会の会場に出るとアタシ以外の三人はいつも通りファンと交流をしていた。
一紗から一番遠い端っこに設置されたアタシのレーンを見て再認識してしまう。
一紗の隣には充葵、その隣には凛のレーン。
そしてその隣がアタシのレーン。
前回までは一紗の隣がアタシのレーンだった。
姿を見せた以上そのまま引っ込む勇気もでず、最下位を理解させるその位置にアタシは仕方なく立つしかなかった。
「ちょっと、大丈夫なの?」
アタシの列に先頭で並んでいたのは綾乃だった。
この子とは修学旅行一日目の時のFortune Routeのイベントの時に初めて出会った。
次の日には綾乃と一紗とアイツと四人でディ〇ニーランドを回るなんて意味の分からないいことになったけど、同級生と遊園地なんて初めてですごく楽しかった。
偶然できたアタシの最初の友達。
綾乃はアタシの手を外側から包み込む。
彼女の顔を見たら少しだけ落ち着いた。
「心配させないでよ。先に三人出てきたと思ったらあなた居ないから!」
綾乃は一紗とアイツには優しいのにアタシには口調が強い。
「大丈夫よ。ちょっと体調が悪かっただけ」
初めてできた友達に見せたくない顔だった。
アタシは彼女から視線をそらしてしまう。
「体調悪いならなおさらじゃん!」
彼女の握る手は強くなる。
アタシの手はずっと冷たいまま。
その温度差が自分には受け止めきれなくて、アタシの口からは心にもない言葉が出てしまう。
「アンタには関係ないでしょ」
言ってしまった。くだらないプライドでたった一人のアタシの友達に言ってしまった。
絶対に言ってはいけない言葉を。本当に最低の言葉を。
「なにそれ? 心配してあげてるっていうのに!」
「ご、ごめ――」
いつの間にかアタシの手は離され、彼女は背を向けて去って行ってしまった。
綾乃の声に反応した会場にいる人全員の視線がアタシを射抜く。
アタシはまた、迷子になった子供のように立ち尽くすしかなかった。
そのあとすぐにスタッフの人に奥に連れられてしまい、最終的にアタシの握手会は中止という形になった。
楽屋に戻ってくるとさっきと同じで静寂な空間。
その空間にいるとすぐに悪い方向へと思考が向いてしまう。
綾乃にあんな顔をさせてしまった自分がひどく醜い。
自己嫌悪に陥る経験なんて今まで一度もなかった。
自分でやったことに後悔してしまったことなんて初めてだった。
馬鹿でサイテーなアタシ。
そんなサイテーな自分から逃げるようにして衣装を脱いだ。
こんなサイテーで惨めな状態を三人に見られたくない。
アタシは急いで帰る準備をする。
そして扉に手をかけて楽屋を飛び出す。
扉を開けると握手会から帰ってきた一紗と目が合ってしまった。
「「あっ」」
私は即座にその場から逃げ出していた。
再び出会ってしまったその事実がアタシに思い知らせるのだ。
もう一紗の隣に立てないのだと。
朱編が始まりました。よろしくお願いします。
今日も読んでくださりありがとうございました。
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