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ワンマンライブ

 今日は日曜日であり五月最後の日でもある。

 俺と綾乃は二人でFortune Routeのワンマンライブに向かうべく電車に乗っていた。

 

 颯介も誘ったのだが、あいつなりに綾乃に気を遣って一緒に行かないという選択をしたようだ。

 二人で会ったりするのもめっきり減ったと聞く。

 

 中学時代に告白して振られたにもかかわらず、その幼馴染の女の子が高校生となった今でも自分のことを好きだったというのは颯介も認知していたそうだ。

 

 颯介なりに思うところがあって最近はできるだけ会わないようにしてると言っていた。

 

 その代わりかどうかは分からないが綾乃が俺と一緒にいることが増えたように感じる。

 俺もそれが嫌ではなかった。


「立華君、テストどうだった?」


「うーん。いつもよりちょっと悪かった……」


 綾乃と一紗のせいで英語の課題が進まなかったことにより、そのしわ寄せが他の教科に行ったのだ。

 かろうじて赤点をとらずに済んだのだが、英語の点数は人には言えないレベル。


「私は数学、初めて平均行った!」


 先日の勉強会の後も何度も綾乃に数学の質問をされたので、俺はその都度丁寧に教える羽目になったのだ。

 そのおかげもあってか俺の今回の点数が綾乃の方に還元されたらしい。


「あー、そりゃよかった」


「もっと褒めてよぉ」


 俺の点数が下がっているので喜べる状況ではないのだ。


「はいはい。すごいね、綾乃」


 げっそりした声で彼女を褒める。


「目が死んでるよ」


 綾乃は長さが足りてない腕で吊革を持ちながら俺の顔を見上げる。

 じと目でも彼女の活発さがにじみ出ていた。


「いやいや、綾乃に教えたせいで俺の点が下がったとか一ミリも思ってないから安心しろよ」


「心の声全部出てるから!」


 そう言って彼女は微笑む。


「いや、全然気にすんなって。お茶の一杯くらいおごってくれてもいいよなとか思ってないし」


 冗談半分本気半分で言ってみた。


「も~。分かったから」


 不満げな口調であるのに彼女の顔はずっと笑顔のままだ。


 会場の最寄り駅について電車を降りる。


 時計を見るとまだ開演まで少し時間がある。


「まだ時間あるし、そこのカフェで時間つぶすか」


 ご機嫌な綾乃はそれに頷くと俺の隣に並ぶ。


 カフェに入ると日曜日の午後ということもあってか、さすがに混んでいた。


 しかし、時間つぶしも兼ねているので諦めてレジに並ぶ。


「何にする?」


「ロイヤルミルクティー」


「立華君って前から思ってたけど、甘党だね」


「そうだな」


 列は進み、あと数組で俺たちの順番になる。


 綾乃は財布を出して待機している。


「いや、さっきのは冗談だって」


 どうやら綾乃は俺の分も払おうとしていたらしい。


「いいの」


「いや、女子に出させんのは悪いって」


 そんな問答をしているうちに綾乃は俺の分も一緒に会計を済ませてしまった。


 二人分のドリンクを受け取った綾乃は両手でそれを掴むとミルクティーの方を俺に差し出す。


「これは、私の感謝の気持ちだから!」


 綾乃は子供のような無邪気な笑顔でミルクティーのカップを差し出す。


「……どういたしまして」


 俺はカップを受け取って彼女に告げる。

 

 時間を確認すると、並んでいるうちに席に座ってまったりする暇は無くなっていたようだ。


「もう時間ないから行くぞー」


 カフェで購入したドリンクは結局歩きながら飲むことになった。


 ライブハウスに着くと、すでに多くのファンが集まっていた。


 俺が初めてFortune Routeのライブに来た時より明らかに人が多かった。


 その理由は今日が新曲のセンターの投票結果発表当日だからだろう。

 といってもそれほどそわそわしている人は少ない印象だ。


  前に颯介に聞いたのだが、四、五人程度のアイドルグループで人気順が変わることはほとんどないらしい。

 

 あるとしてもメンバーのスキャンダルが原因である。

 一紗が男と一緒にいるところを想像してしまい、叫び出してしまいそうになる。

 

 オタクとはそういう生き物なのだ。

 推し声優の「大切なお知らせ」ほど怖いものはないのだ。

 そういう点に関しては声優だろうがアイドルだろうが変わらない。

 

 昨年末には某アイドルアニメのキャストを務めた声優が連続で結婚を発表したためその界隈のオタクたちは阿鼻叫喚だったとか。


「ねえねえ、今日も特典会一紗ちゃん?」


 オタク特有の悩み事を慮っていると綾乃が尋ねてきた。


「んーそうだな」


「じゃあ私、朱の方行こっかな!」


 それを聞いて最近は、朱と会っていなかったことに気づく。

 確か修学旅行でディ〇ニーランドを回って以降会っていない。


「朱によろしくな」


 俺も朱の方にも行ってもよかったのだが、四月からライブに通っていることや修学旅行の影響で俺の小遣いは結構ピンチなのだ。

 俺もそろそろバイトを始めなければならない。


 考えていると照明が落ち、観客が湧く。


 ステージのスポットライトが点灯すると、Fortune Routeの四人がそれぞれポーズを決めて位置についている。


 たっぷり数十秒溜めた後、ロックなギターリフからイントロが始まる。


 これまでのライブとは演出が違うことに誰もが興奮を隠せなかった。


「うおおおおおおおお」


 曲が流れ始め出した途端、ライブハウスの隅々にまで歓声が飽和する。


 Fortune Routeのライブで定番の一番盛り上がる曲を一曲目に持ってきたセットリスト。


 観客たちの熱気は最初からクライマックスだ。


 俺も綾乃もそれに加わる。観客たちは一つの生き物のようだ。


 一曲目が終わり彼女たちが定番の自己紹介に移る。


「はい、馬鹿にするな最年少、姫宮凛でーーーーーす!」


「「凛ちゃああああんんん」」


 最年少で一番背の低い姫宮凛はその童顔から古参の根強いオタクがついている。


「みんな元気ーーーー??」


 それに答えるように観客たちは叫ぶ。


「ハイ次!」


「セクシー元気のリア充お姉さん、椿充葵ですっ!」


「「みつきいいいいいいいい」」


「まだこの自己紹介恥ずかしいんだけど」


「充葵さん、もう遅いです」


 凛のツッコミに歓声は笑い声に変わる


「はーい、アンタたち! 盛り上がる準備はできてる?」


 金髪ウェーブの朱が観客を煽る。


「「うおおおおおおおおおお」」


「はい、金髪ギャルのインテリちゃん、佐々木朱です! 最後リーダー!」


「「あかねえええええええ」」


「あかねーーーーー!」


 綾乃も両手を口に当てて朱の名前を呼んでいる。


「みんな、今日も来てくれてありがとう!」


 一紗はそう言うと一番後ろの方の観客にも手を振る。


「はい、根暗だけど頑張り屋さんのバカリーダー、柊一紗です! 今日もみーんなで楽しみましょう」


「「かずさあああああああ」」


「かずさちゃああーーん」


 自己紹介が終わると、先ほどとは打って変わりピアノのイントロが流れ二曲目へと続いていった。

 一曲目に最大の盛り上がり曲を持ってきたにもかかわらず、ライブ中盤でも観客たちの熱気は衰えない。


 俺も綾乃もその他の観客も全身で彼女たちの歌声を感じる。


 周りのオタクたちは俺が見たことのないほど狂騒していた。


 待ちに待った地元でのワンマンライブであるのでその興奮具合も無理はないのだが、その影響でちょっとしたアクシデントが起きることになる。


 六曲目か七曲目のサビで興奮した観客が綾乃にぶつかってしまったのだ。


 アイドルライブではよくあることなのだが、経験が無かった綾乃はその勢いで俺の方に飛ばされてしまった。


 とっさのことで俺は綾乃を抱きかかえるような体勢になってしまったのだ。


「大丈夫か?」


 綾乃の顔を向くと予想以上に近い。


「う、うん……」


 しかし、ステージと違い観客側の照明は無いので綾乃の表情はうかがえない。


 俺は綾乃の体勢を整えて自立させようとしたのだが、綾乃が離れようとしない。


「あと五秒……」


 綾乃の体は柔らかく、その快活さからは想像できないほど華奢だった。


 ライブで盛り上がっているんだから当たり前なのだが綾乃の体は熱い。


 綾乃の吐息を五秒間耐えて俺は彼女の身体から手を離す。


「ご、ごめん……」


 綾乃はステージに向きなおしてから呟く。


 朱音の表情はずっと見えないままだ。


「お、おう……」


 俺は綾乃の体温かライブハウスの熱狂による温度上昇なのかどちらか分からないが全身が燃えるように熱くなってしまった。


 それからは何事もなかったように俺たち二人はFortune Routeのワンマンライブを全力で楽しんだ。


 最後の曲が終わり四人は一旦ステージから捌ける。


「いやー! すごかったね!」


 綾乃の顔を見るとさっきのことを思い出してしまうので目をそらして答える。


「そうだな」


 観客たちはいよいよセンター発表ということでざわつき始めている。


 俺たちはステージに目を移し、ステージを降りて行った彼女たちの帰りを待つ。

するとすぐに四人はステージに戻ってきた。


 中間発表の時と同じように一紗はスタッフの人から結果が書かれている紙を渡された。


「では、センター投票の結果を発表します」


 本発表ということで今回は四位から発表するようだ。


「四位は……朱ちゃん……です」


 そのアナウンスを聞いた誰もが黙りこくってしまった。


少し期間が開きましたがよろしくお願いします。

本日も読んでくださりありがとうございました。


評価、ブクマ、感想など頂けると私もやる気が出ます。

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