初ライブ
初ライブのお話です。次話もです。
※3/3改稿しました。
ちらほら見たことのある顔を見つけることができたが、名前と顔が一致する生徒は一人もいない。クラス替えという一大イベントを何の感動もなくやり過ごし、今年度初授業も華麗に聞き流した。時計の針を見ると授業終了まで残り五分といったところか。
珍しいと思うがうちの高校は始業式の日から授業があるのだ。最初の授業は一年生の頃の復習とちょっとしたガイダンスだ。
先生の説明を右から左に聞き流し、帰ったら昨日のアニメを見ようなどと簡単に計画を立てた。悲しいかな、我ながら陰キャだと思う。
まだ初日だし生き急ぐ必要はない。
自身の消極性を認めているとチャイムが鳴った。
机の下で読んでいた単行本をバッグに入れる。
「それ、ウソコイ」
すぐ後ろの席の男が話しかけてきた。
「ああ、そうだよ」
「小野寺派だわ、俺は寅丸颯介、お前は?」
初めて言葉を交わす相手に対立宣言をされてしまった。
「立華達」
「お前これから暇?」
「暇だけど」
特に予定は無かったしクラスの知り合いを一人ぐらい作っておくのも悪くない。一応言っておくが一年の時も少しくらいなら友達はいた。ほんとだ。
「じゃあちょっと付き合ってよ」
「うし、行くか」
俺は机のサイドフックからスクールバッグを持ち上げた。
電車が駅に着くとほとんどの乗客が電車を降りていく。俺たちも例外ではない。
「そういえばさ、かわいい子いた?」
「いや、あんま見てないわ」
「んだよ~つまんね~。ま今から見に行くんだけどね」
え、ちょっと待て。マジでどこに行くんだよ……。合コンとかの類なら帰るからな。
しかし俺はかわいい女の子は嫌いではなかった。
「もしかして、彼女いた?」
「そう見えるか」
「見えね」
自分で期待値ゼロの質問をしておいてムカつくあたり我ながら愚かだ。
「お前はどうなんだよ」
いてもおかしくないほどのルックスではある。颯介の斜め後ろについて阪急梅田駅の改札を出て階段を下りた。てかこいつイケメンだな。
「どっちだとおもう?」
「めんどくせえ……」
横断歩道を渡りHEP SIXの横を通り過ぎてさらに歩いていく。東通り商店街に入った。
大阪の繁華街だ。ちょうどこの時間帯から仕事帰りのサラリーマンや若いカップルで賑わうことは言うまでもない。
「で、どこに向かってんだ」
目的地まで近いという予感はあるものの、目的地の予測は全くできていなかった。
「そう、焦るなって」
道なりに歩いていくと、何かしらの人の列が見えた。
「着いたぜ」
とりわけ長蛇の列というわけではなかった。
当日券の方は右側の列にお並びくださいといったアナウンスをしているスタッフらしき人が見えた。なるほど、大体わかってきたぞ。
「よかったあ、当券あったか~」
颯介は全くそんなふうには思っていない顔だ。
不思議に思ったが颯介に続いて列に並ぶ。
「ライブハウスか」
「そういうこと」
待っている間、連絡先の交換と千棘の魅力を丁寧に説明してやった。十五分ほどで開場となった。
ライブハウスに入り、カウンターでドリンク料として六百円を払った。
「今日は無銭ライブなんだよ」
「え?」
「チケット代がタダってこと」
六百円と引き換えに渡されたドリンク用のコインを学ランのポケットに入れた。颯介の後に続いて階段を下りる。
ジュース一杯に六百円も取るのかとも思ったがチケット代がタダなので納得することにした。
地下へ続く階段を下りると幅はそれほど広くないが縦に長い空間が広がっていた。
降りてきた階段とは反対側にステージが見えた。
客はステージから真ん中ぐらいまでびっしりだったがそれより後ろはちらほらといった感じだ。さっきの颯介の顔の理由が分かった。
「ジュース、飲まねーの?」
「ああ」
すでに交換したドリンクを片手に、颯介は俺を呼びかける。ドリンクカウンターは階段を下りてすぐだ。
俺は右手をポケットから出し、オレンジジュースを交換した。
「お前、こういうとこ来んのはじめてだろ」
「初めてだけど、なんで?」
「いや、会場の中めっちゃ見てたからさ」
颯介の持っているカップを見ると中身がすでに無くなっている。
ちびちびオレンジジュースを飲んでいると時間を確認していた颯介が一言告げる。
「そろそろ始まんぞ」
俺は急いでオレンジジュースを飲み干し、ごみ箱にカップを放り投げる。
同時にステージの照明が光った。観客の歓声が響く。さわやかなイントロが流れ出す。真っ白な衣装を身にまとった四人がステージ脇から駆け込んでくる。
それを見て俺の正直な感想としては、ネットやテレビでよく見るアイドルよりはなんというか芸能人感とか有名人のオーラのようなものが薄い気がするということだった。
「レモンホーーーール! いくよ!」
――センターの子の掛け声にはっとさせられた。
それをきっかけに息の合ったダンスが始まる。
うまく言葉にできないが、四人ともステージに立つための練習はしっかり積んできたんだという直截なエネルギーを感じる。
俺にはないエネルギーだった。
マイクを持って踊る彼女たちの姿は溌剌としていて、夏の太陽を反射した川魚の鱗のように輝いていた。
こんなものは見たことがない。歌って踊っているだけで人からこんなにもエネルギーが発せられるのか……。
さわやかロックという感じの一曲目が終わり、二曲目はラウドなイメージの楽曲だ。先ほどよりも激しいダンスをこなす。
四人とも力強い歌声だ。耳で聞く限りではところどころ音が外れているのが分かったが、俺の視界にはすさまじい光景が映っていてそれどころではなかった。
二曲目が終わったタイミングでメンバーの自己紹介が始まった。それぞれのお決まりの自己紹介があるようだが、これまでのパフォーマンスに魅了されていて内容があまり入ってこなかった。
自己紹介コーナーが終わると三曲目へと移っていった。
全部で六、七曲やっただろうか。圧倒的なパフォーマンスを見た俺は完全に放心状態になっていた。
最後の曲が終わった後、四人が声を揃えて観客にアナウンスする。
「この後の特典会もよろしくお願いします!」
彼女たちの作った世界の中に取り残されていた俺は『特典会』という言葉の意味がイマイチ理解できなかった。
「特典会ってのはあの子たちと握手したり、チェキ撮ったりできるんだよ。今日は握手会だけだってさ」
おお、こいつ俺の心が読めるのか。いちいちそんなことを指摘するのもめんどくさかったので自分の中で完結してしまった。心の中で礼を言っておく。
「なるほどな」
「行ってみるか?」
「俺はいいよ」
「まあ付き合えって。とりあえずリーダーの子の列並ぶぞ」
じゃあ聞くなよと思いながらも半ば強引に握手会に参加することになった。
初めて小説を書きます。できる限り毎日投稿を続けようと思っています。
出来ればでよいので感想、評価、ブクマよろしくお願いします。