メンバー兼先輩
私たちは中間発表の後、握手会のお知らせをしてステージ袖から一時的に楽屋へと戻った。パフォーマンスによって乱れた髪とメイクをなおすためだ。
ペットボトルを片手に凛ちゃんが口を開く。
「順位変わんないと思ってましたよ~」
「私もだよぉ」
充葵ちゃんは憑き物が落ちたような顔でうなずく。
朱ちゃんはどう思っているのだろうか。
私は何に対しても、順位を上げたことはあっても下げたことは一度もない。
身近な人がそういう状況の時にかけるべき言葉が思い浮かばなかった。
「朱ちゃんはそんなに気にする必要ないと思うよ?」
言い終わった後で、言った言葉と自分の心の中が隔たる感覚を覚えた。
ステージでぶつかったことが頭をよぎる。
「気にしてないわよー」
スマホを見ながら答える朱ちゃんはほんとに気にしていないみたいだった。
「このまま、充葵さんが二位になるかもですねー」
「いやいや、まだわからないって票数の差はほんのちょっとだったんだし」
充葵ちゃんは謙遜しながら言う。
「もっと自信持ってくださいよ~。もし二位になったら私の励みにもなりますし」
「凛は順位上げるつもりないくせに」
二人して笑うが、もう二人は無表情だ。
私はタオルで汗をぬぐってメイクをなおす。
みんなもそれぞれ身だしなみを整え始めた。
しばらくして握手会の時間になり、私たち四人は楽屋を出た。
握手会は正直言って苦手なのだ。口下手な私は自分からうまく話題を出すことができない。
相手が男の人ばっかりだからグループ最初の頃は本当にがちがちだった。
最近は回数をこなしているおかげか慣れてきて普通の会話くらいならできる。
けどたまにいるすごくハイテンションなファンの人と話を合わせるのはとっても難しくて苦笑いをして逃げている。
毎回来てくれる人も何人かいるから、そういう人とは他の人よりかは少しだけ話しやすいかもしれない。
一回一分程度の握手を繰り返しているうちに私の列に女の子が並んでいることに気づいた。
見た目的に私と同じくらいの年代だと思う。
女の子のファンは言うまでもなく珍しいのだ。
ライブでは観客の中に女性を見つけることはできるのだけど、握手会やチェキ会に来る女性の人はそれよりもっと少ない。
列に並んでいる人が男性だけの日がほとんどである。
その稀さによるものを差し引いてもやっぱり女の子ファンが来るのはとてもうれしい。
その女の子の一つ前の人の番になった。
「俺、今日二回目なんだけど覚えてる?」
あんまりオタクっぽくない見た目だから一度見たら印象深いはずなんだけど。
「ごめんなさい。覚えてないです」
私は素直に謝った。
「うわ、マジか。凹むわ……」
アイドルとして、もっとファンの人の顔は覚えるべきだと思った。
「始業式の日なんだけど」
「始業式?」
疑問に思った。
「○○高校の始業式」
え。バレてる。ファンの人に学校バレるのはまずい。手汗が出てきた。
「あー、えっと。立華達って知ってるでしょ? その日も二人で来たんだよ」
そういうことか。彼の知り合いか。納得のいった私は聞き返す。
「今日も二人なの?」
「いーや、今日は三人」
「え?」
「もう一人友達を連れてきた、後ろの女の子」
その女の子の顔は見えない。
「じゃあ、タツによろしくね。あいつ一紗ちゃん推しだから」
「あの……」
私は何も返せずにその人は去っていった。
そうこうしているうちにその女の子の番だ。
その子から手を握られる。
「私、藤本綾乃。同じクラスの」
そう言われて私は気づく。
この人は私のクラスで一番の人だ。一番目立つ人。一番すごい人。私とは違う人。
「今日は、立華君に連れられて来ました!」
そう宣言した彼女の笑顔は何というか私の笑顔とはベクトルが違う。
「さっきの人じゃ……」
私の声はどんどん小さくなる。
「そうちゃんは付き添いって感じかな」
立華君の策略か……
彼の顔が思い浮かび、彼の言葉が再び聞こえてくる。
「ライブ! すっごい良かった! 私ファンになっちゃったかも」
「ありがとう」
私はできる限りの笑顔で答えた。
「私的にはー、五曲目とアンコールの一曲目の曲が好き!」
「そう。ありがとね」
出てくる言葉がそれしかない。
「また、ライブと握手会、来るから」
「うん。また」
そう言って私は手を離そうとしたが、彼女はそれをさせてくれなかった。
「学校でもよろしくね!」
さっきよりもまぶしい笑顔で言われて彼女は私の手を離した。
ライブと握手会に来てくれるのはいいけど、学校では……
それが私の正直な感想だった。
ぼーっとしていたら手をまた別の人に手を握られた。
さっきの人より冷たくて大きい。
「どうだった?」
私は目を合わせられてその人が立華君だと分かった。
私は正直に答える。
「ファンが増えたのはうれしいけど、もう余計なことはしないで」
学校で私がアイドルをやっている話をされるのが嫌なのだ。
「俺以外にもファン出来ただろ?」
そう言われてさっきの女の子の顔が浮かぶ。
同時にその女の子が去り際に言った一言が私を押さえつける。
「ファンができたからって学校で仲良くなれるわけじゃないじゃん……」
私の口からは無意識のうちにその言葉が出ていた。
ファンの人がたまたま同じ学校だっただけで、その人と友人関係になれるかなんて別なんだ。
「それは……一紗次第なんじゃない?」
言われて言葉を失った。
それがどういう意味なのかを考える間もなく彼は私から離れていく。
私はそのあとも握手会をこなした。
握手会が終了して、参加してくれた人に申し訳ない顔をしていたと楽屋の鏡を見て思った。
「一紗、元気ないね。キモオタたちになんか言われた?」
その言い草は酷いけど、充葵ちゃんはいつも私たちのことを見ている。
自分でも気づいたように充希ちゃんにも気づかれてしまったようだ。
「まあ、そんなところ」
「一紗はかわいいんだから、もっと笑ってなくちゃ」
充葵ちゃんの顔を見て少しだけ楽になった。
「充葵ちゃんって学校の友達でファンの子っている?」
この不明瞭な心を解消するべく聞いてみた。そんな質問で解消するはずがないことぐらいわかっていたけれど。
「んー、いないこともないけど~。どっちかっていうとファンっていうより応援してくれる人はいるかな」
「そっか」
「私もその人たちの進路とか夢とかも叶うといいと思ってる。同じかな」
充葵ちゃんの顔はなんかよくわかんないけどかっこよかった。
着替え終わった二人は私たちに挨拶してすでに帰っている。
「じゃ、また。お疲れ様」
そういって出て行った充葵ちゃんは、タメ口を聞いているから気にしてなかったけどやっぱり先輩なんだと感じた。
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