胸騒ぎ
引き続き一紗視点です。
ライブハウスの楽屋には一番早く着いた。といってもいつも私が一番早いのだけど。
早く来ても特にやることがないのは分かってるけど、早めに家を出る癖がついているのだ。
今日のライブは定期公演。観客の割合としてはほぼ全員私たちのファンである。
緊張はあまりせずに挑めるだろう。
外部のライブに呼んでもらうときなんかは自分たちの番だけ盛り上がらなかったらどうしようという気持ちがいつもある。
身内だけのライブだからといって安心している自分に少し嫌気がさした。
ほかの三人はどう思っているのだろうか。
ライブの時に安心とか緊張とかほかにどんなことを思っているんだろうか。
ぼんやり考えていると楽屋のドアが開く。
「おつかれさまでーす。ああーつかれた」
凛ちゃんは楽屋に入ってくるなり椅子に座って突っ伏す。
「おつかれー、今日もバイト行ってから来たの?」
「そーです。バイトでした。もう動けません」
これから本番だというのにこの子はどうしたものか。しかし凛ちゃんはライブが始まると小さな体で大きなダンスを披露するのだ。
「ちょっとー、これからライブだよ?」
いつもの感じで慰める。これはライブ前のいつもの私の仕事。
すると凛ちゃんは机から体を起こす。
「一紗さん、ちょっとこっち来て下さい」
不思議に思ったが言われたとおりにする。
「後ろ向いてください」
言われたとおり後ろを向く。
「きゃあ!」
いきなり胸に小さな感触が。下を向くと感触どおりに私の胸に小さな手が覆いかぶされている。
「やっっぱり、大きくなってますよね」
そう言うと凛ちゃんは手を速める。
「やん、ちょっと!」
抵抗するも、後ろからがっちり固められていて抜け出せない。
「回復します。バイトの疲れが癒されていきます」
「ちょっとやだ! 凛ちゃん!」
体中が熱くなってもう限界。くすぐったくて死にそう。
「あとちょっとだけ」
凛ちゃんは嗜虐的な表情になる。
「ひゃあ!」
さらに範囲とスピードを速めて小さな手は侵略してくる。
「ん、限界! たすけて……」
「今日はこのくらいにしておきましょう」
同時に充葵ちゃんが楽屋に入ってくる。
「え、なに? そのエッチな顔は」
充葵ちゃんに見つめられる。
「エッチなことをしてたので」
凛ちゃんは真顔でそんなことを言う。
「ちょっと! 誤解するようなこと言わないで!」
私は凛ちゃんに吸い取られてもうほとんど残っていない生命力を振り絞って否定する。
「えぇ…… あんたたちそういう関係だったのね」
私の抵抗あえなく充葵ちゃんは誤解してしまった。
「はい、誰にも言わないでください。一紗さんは私の物です」
凛ちゃんは無表情を崩さない。
「うん。私そういうのにも理解あるから」
「もう…… 凛ちゃん……」
とうとう誤解は解けなかった。
しばらくすると朱ちゃんが入ってきた。
「おつかれー」
いつもと変わらない「おつかれ」だ。
「こんにちは! 朱さん!」
「おつかれー」
「こんにちは」
私たち三人はそれぞれ朱ちゃんに挨拶する。
朱ちゃんの顔を見て思い出した。
今日は新曲のセンター投票の中間発表があるのだ。
「朱、余裕だね~」
充葵ちゃんは言うと少しだけ神妙な表情になる。やはり今日の中間発表を気にしているのだろうか。
「え? 何がよ」
朱ちゃんはほんとに何も気にしていない様子。
「今日、中間発表ですよ」
「あー、そういうこと」
朱ちゃんはようやく分かったみたい。
「充葵ちゃんは気にし過ぎだって」
励ますように言ってみる。
「真ん中二人は余裕だってさ、凛パイセン」
「そうですよ、二人は気にしなさすぎです。どうせワンツーフィニッシュ決めるからって」
二人は結構不安だったみたい。楽屋に入ってきたときはいつも通りだったのに。
「アンタたちが気にし過ぎじゃないの?」
「そうだよ! あんまり考えてもしょうがないよ?」
朱ちゃんほど頭から抜けていたわけではないが、ライブを成功させることばかりに考えが行ってた。凛ちゃんなんて全然そんなふうには見えなかった。
「充葵さん、やっぱり二人でユニット組んで脱退しましょう」
「ええ~。脱退は嫌だけど」
充葵ちゃんはそう言うと苦笑いをする。
凛ちゃんの冗談が場を和やかにした。
「さあ、そろそろ着替えましょう」
朱ちゃんが手をたたく。
朱ちゃんの声をきっかけに私たちはステージ衣装に着替える。
着替えている途中で、みんなが来る前に考えていたことを朱ちゃんに聞いてみた。
「朱ちゃんは、ライブの時は緊張とかしないの?」
「急に何?」
朱ちゃんは困惑顔だ。
「ちょっと、気になって」
「緊張? アタシはしないわね」
率直に答えてくれる。
「それはなんで?」
「んー。慣れ? 体が勝手に動くというか」
そう言った朱ちゃんはすぐに着替え終わる。
慣れか。確かに私たちと私たちのファンだけの身内ライブはかなりの回数をこなしている。逆に外部のライブに呼んでもらうことはまだ少ない。慣れていないから緊張するか。確かにその通りかもしれない。
「じゃあ、ほかの外部のライブとかなら?」
帰ってきた答えは予想していないものだった。しかし同時に朱ちゃんの答えには彼女たる所以を感じるものだった。
「一緒じゃない? こっちでできたら、外でもできるじゃん。私にとっては当たり前」
「『当たり前』……」
この言葉を聞いて昨日結論付けたはずの問題がにじみ出てくる。
「そっか」
とりあえずの返事をしたが、私はにじみ出てきたものに飲み込まれそうになった。
その状態のまま、スカートのチャックを閉め終わる。
私たちは着替え終わると各自自分でメイクをする。地下アイドルにスタイリストなんて存在しないのだ。
髪型はメンバー同士でセットしあったりすることはある。
「一紗、今日はどうする?」
私の髪型はいつも充葵ちゃんにしてもらうことが多い。ちなみに充葵ちゃんと朱ちゃんはいつも自分でやってる。凛ちゃんは朱ちゃんにやってもらってることが多い印象。
「ポニーテールの編み込むやつ!」
いつもよりちょっと手のかかる髪型を注文してみた。
「気合入ってるねぇ」
人の『当たり前』なんて関係ない。ライブに集中という気持ちでポニーテールを選んだ。
私のヘアセットが終わるともうすでに開始五分前。
私の『当たり前』を実行する。
「みんな集まって」
三人は私のもとに集まる。
「今日のライブも全力で!」
自分に言い聞かせるように。
「フォーチューンーーー」
「「「ルーーーート」」」
ライブ中は必死に踊った。自分以外の『当たり前』なんて気にする余地はない。
練習通りのパフォーマンスを披露することに専念した。昨日の自主練の時のイメージを思い出す。
しかし、Fortune Route始まって以来の事件が起きることになる。
MC後の四曲目で前列後列を交代する移動の時に私と朱ちゃんがぶつかあったのである。
正直に言えば客席側からは全く気にならない程度のちょっとした衝突だった。
ぶつかった後も私たちは問題なく踊り続けることができた。
しかし、今までメンバー同士がぶつかったときなんて四人集まって最初の最初のライブくらいで、それ以降に衝突は一度もなかった。
動揺したが、それからは二度目の衝突はなく無事ライブを終えることができた。
アンコール後には新曲センター投票の中間発表が行われる。
プロデューサーから中間票数が書かれた紙を渡された。
一位は私。自信があった。みんなより練習しているのだから楽屋でも話していたようにあまり気にしていなかった。
しかし、これまで私と真ん中組といわれていた朱ちゃんが三位という結果だった。
その代わりに充葵ちゃんが二位に浮上していたのである。
昨日はアクセス数が一番多くなりました。ブクマもほんの少しだけ増えました。
自分で書いた文章は逆立ちしても客観的に読むことができないので、ましてや初めて書く小説でまともな文章になっているか不安だったのですが少しだけその不安は少なくなったかなと思います。と言ってもまともな文章になっているなんて思い上がりもいいところです。
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