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そら  作者: alex
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6:亜衣の記憶

真衣がいる医務室へ向かう廊下。

窓の外は山々の緑が覆う。


「ここには窓があるのね。」


ぽつりと呟いた。

物心付いた時は窓の無い狭い部屋の中で過ごしていた。

与えられた物を受け入れ、自分以外の人間に従う。

それを疑問に思わなかったし、理由も求めなかった。

ただ、一人の夜が怖いだけだった。

光も音もない世界。

朝という蛍光灯の光が、研究員という人の存在が欲しかった。

そんな日々を過ごしていたある日、亜衣は初めて父親という者に出会う。

父親。

聞いたことも無い単語。

意味など分かりはしなかった。

ただ父親と名乗ったその研究員は光と音が無い世界を消し去ってくれた。

寝食を共にし、外の世界の存在を教えてくれた。

さらにそれから何日か過ぎた。

父親は自分と同じ顔をした女の子を連れてきた。


「まいとおんなじ、おかお。わたし、まい。あなただぁれ?」

「あたち、あいっていうの。」


不思議な出会いだった。

だけど自分と比べて、その女の子は可愛らしい洋服に身を包み、髪型も亜衣のショートカットとは違ってリボンで結い上げてあった。

父親は去り際に亜衣に言った。


「よく聞きなさい。亜衣、お前は真衣の為に生れた。何があっても真衣を守るんだ。亜衣が怪我をしても、真衣に怪我をさせちゃいけないんだ。解るね?」


白衣の男は亜衣の肩をギュッと掴み、亜衣は何も言わず、こくりと頷いた。


「行ってくるね。」


そう言って白衣の男は真衣と亜衣を研究室に残して、実験室に入った。

それから二人は【おかぁさま】の話をした。

亜衣にとって初めて聞く単語。

真衣の【おかぁさま】はどこか遠くに行ってしまったらしい。

では亜衣の【おかぁさま】は?

近くにいた女性研究員に聞いてみた。


「あの、まいちゃんの… おかぁさまは どこにいるの?」


白衣の女は不自然な笑顔になり、亜衣の手を強く握った。


「いっ…」

「亜衣には関係の無いことでしょう?真衣ちゃんにはお父様がいつか教えてくれるわ。真衣ちゃん、お菓子食べていいのよ。」


握られた手の痛みで、コレは聞いてはいけない事だと亜衣は理解した。

真衣は目の前のお菓子に夢中になっている。


「あ、じゃぁ…あいの、あいのおかぁさまは?」


白衣の女は亜衣の手を離し、スッっと立ち上がり冷たく言い放った。


「試験管で生れたあんたなんかに母親なんているわけ無いじゃない。何調子に乗ってるのよ。あんたはただの実験体。新しいのが出来れば廃棄処分なんだから。」

「はいきしょ…?」

「捨てるって意味。いらないって事よ。」


白衣の女は言うだけ言って実験室へ入っていった。

研究室が見える窓で中の様子をうかがっていると、父親と白衣の女が言い争いを始めた。

父親は窓ガラス越しに何かを亜衣か真衣に伝えようとしていたが、しばらくして父親は白衣の女が持っていた拳銃で頭を撃ちぬかれた。

ガラスに紅い液体と白い破片が飛び散った。

赤い跡を付けながら父親はずるずると崩れ落ち、赤い液体は徐々に垂れ落ちた。

真衣はその光景を見て気を失ったが、亜衣は状況が把握できずに研究室へ飛び込んだ。


「とーさん!」


父親に駆け寄るが返事が無い。

赤く染まり行く白衣の上から揺さぶってみるが反応が無い。


「とーさん、どうしたの?」


白衣の女に聞く。


「は?って自分の父親が殺されたのに泣きもしないの?怖い子。」

「とーさん。とーさん。」


さらに激しく揺さぶる。


「あなた、真衣は?」

「とーさん。起きて。」


カチャリ。

銃口を亜衣へ向ける。


「真衣はどうしたの?」

「・・・わかんない。」


真衣より父親の方が優先だった。


「言われなかった?何があっても真衣のそばを離れるなって。何があっても真衣を守るって。・・・言い

つけを守れない悪い子はいらないわ。」


パァン。


研究室に乾いた音が響く。

幼い頃の亜衣の記憶は血まみれの父親の姿で終わっていた。


『私の前の亜衣はどんな子だったのかしら。』


たまにそんな事を考える。


『私は5番目の亜衣。4回死んだ。亜衣のスペア。』


エレベーターに乗り込みボタンを押す。

2回分下った所で一人入ってきた。


「あれ?亜衣ちゃん?珍しいねー。今日は一人?」


いきなり元気良く喋り出したのは、青井夏海だった。


「夏海姉さん何やってるの?」

「えへへぇ。父さんの様子を見にね。」


父さん。その言葉にツキリと胸が痛んだ。

自分の記憶じゃないのに、覚えている。

見た事も触れたことも無いのに、記憶だけがある。

急に目の前に飴玉が差し出された。


「今日ココにいる事、内緒ね。」


飴玉を受け取り、フフっと微笑んだ。

初めて飴という物を知った切っ掛けも夏海だった。

これは2番目の亜衣の記憶だけども・・・。


「受取ってしまったので、黙っておきます。だから、私がこれを貰った事は真衣には内緒よ。私だけが貰ったって怒るから。」


笑いながら言った。

亜衣と真衣にとって居心地の悪い研究所だが、唯一青井研究室だけは居心地が良かった。

もしかしたら家や家族よりも落ち着けるかもしれない。

夏海は亜衣にとって心の許せる姉のような存在だった。


「夏海姉さん、次からは階段使ったほうがいいよ。エレベーターじゃ誰かとバッティングしちゃうよ。」

「えー。面倒くさぁい。疲れるもん。でも次からは階段にするわ。今日は亜衣ちゃんだから助かったけど、次はアウトだもんね。じゃ、私この階だから。真衣ちゃんによろしくって今日はいない事になってるんだ。内緒だよ。じゃね。」


お互い手を振って相手を見送った。


「フフッ、夏海姉さんらしいな。」


飴玉を眺めながら呟いた。




まだ続きます。

次回もよろしくです。

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