レリアーノは寝ている間に話を進められる その1
「それにしても視線が気になるわね」
「ほっほ。気にせんでいいじゃろう。欲しいなら金を払えば良いだけじゃ。無料でもらおうなんて甘い考えをしている奴らなどほっとけばええ」
ルクアと老人の話を聞きながらレリアーノは食事をしており、周囲に視線を向けると、満足した少女は母親に抱かれて眠っていて、母親もまどろみの世界に旅立っているようだった。
「俺も今日は寝ようかな」
「そうね。火の番は私がするからレリアーノは先に寝ておきなさい」
レリアーノの呟きにルクアが答えながら視線を周囲に向けていた。
自分達だけ温かい料理を食べているとの非難の目の他に、裕福な者への妬みの視線も複数感じていた。
「なら儂とお嬢ちゃんとで火の番をしようかの」
「レリアーノは先に仮眠しておきなさい。私は爺さんに聞きたいことがたくさんあるから」
「ほっほっほ。女性に興味を持ってもらえるなんて男としては嬉しい限りじゃのう。そんな怖い顔をせんでも聞かれたことには答えるから安心するがよい」
「じゃあ、2人に任せて先に寝るよ」
ルクアと老人と話がしたいと聞いたレリアーノは、背負い袋から毛布を取り出すと横になる。
火の温もりと今までの疲れが出たのか、急速に訪れる睡魔にレリアーノは身を委ねた。
◇□◇□◇□
「寝入ったわね」
レリアーノから寝息が聞こえるのを確認し、ルクアは薪を追加すると老人に視線を向けた。
「改めて聞くけど何者なの? 隠居した爺さんなんて適当な事を言わないでしょうね?」
「最近の娘さんはせっかちじゃのう。もっと会話を楽しまんか」
ルクアの鋭い眼差しを受けながら、老人はどこ吹く風と言わんばかりの表情で答える。
「私をエルフだと見破った人は昔にもいたわ。でも、ハイエルフだと見破ったのはいなかった。でもあなたは確信を持って私がハイエルフだと断言したわ。もう一度聞くわ。あなたは何者なの?」
「ほっほっほ。そんなに殺気を撒き散らすもんじゃないぞ。びっくりした坊主が起きるじゃろう。マリウスだと言えば分ってくれるかのー?」
いつ戦闘に入っても構わないと言わんばかりのルクアの表情に肩をすくめながら老人が自分はマリウスだと名乗った。
よくある名前にルクアがなにが言いたいのかと首を傾げていたが、非常識な知識を持ち老人でマリウスだと名乗る人物は一人しかいないと気づく。
「大賢者マリウス?」
「ほほっ。知ってくれていて良かったわい。これで『マリウスだからなに?』なんて聞かれたら、泣きながらふて寝するところじゃたわい」
火の側で温めていコーヒーを飲みながら、マリウスが闊達に笑う。
『大賢者マリウスを知らない者は産まれたての赤ん坊である』
そう言われるほどの有名人であり、強大な魔力を持ち魔法を全て極めていると言われ、隣国では殲滅の悪魔と恐れられており、味方からは獄炎の貴公子との二つ名もあった。
「そんな超有名人がこんなところで一般の馬車に乗るの? 宮廷魔術師として王国に仕えている身でしょ?」
「宮廷勤めを30年もしていると面倒くさくなってきてなー。孫の所で隠居生活をしようとサクッと辞めてきたのじゃ」
「そんな簡単に宮廷魔術師が辞められるわけないでしょ! 国の最重要人物なのよ。黙って出てきたでしょ?」
「なんじゃ! 別に構わんじゃろう! それを言うならハイエルフのお嬢ちゃんこそ重要人物じゃろうが。よく森の民が外に出ることを許したもんじゃ」
「ぐっ! それを言われるとつらいけど、それよりも……」
互いに、これ以上の話は不毛だと話を変えようとしていた。
マリウスは国王に黙って出奔しており、ルクアも森の民と呼ばれるエルフの国から逃げるように飛び出していた。
「ほっほっほ」
「うふふふ」
とりあえず笑い合いつつ温かい飲み物を味わいながら、どうしようかと考えていた2人を木の陰から、老人と少女が二人で火の番をしているだけだと侮った男が盗みをするために近付いていた。
最初にレリアーノのスープをタダでもらおうとしてルクアに悪態を吐いた男であり、ぐっすり寝ているレリアーノと老人と子供が火の番をしている様子に旅の初心者だと判断したようで、レリアーノ達が持っている荷物をくすねようとしたのである。
「ふん。盗人か。それはあまり感心せんな。老人が火の番をしているからと馬鹿にしすぎじゃ」
気配を感じたマリウスが鼻を鳴らして軽く腕を振るった。
指先に淡い光が浮かぶと、静かに近付こうとしていた男に向かって飛んで行く。
「ぎぃやゃぁぁぁっぁぁぁぁ」
周囲に絶叫が響き渡った。
何事かと集まった一同の目に映ったのは、顔をかきむしるように苦しみながら転げまわっている男であった。
「無詠唱で上級魔法を放つなんて極悪ね」
「荷物を盗もうとした相手に極悪もなかろう。殺されんで済んだことを感謝してほしいもんじゃ。お嬢ちゃんも儂の呪文に上乗せをしたじゃろう? あんなのたうち回る魔法は選んでおらん。それに坊主と母娘には聞こえんように結界まで張ってるではないか」
転げまわっている男を気にすることなくルクアとマリウスが話をしていたが、あまりにも五月蠅いと感じたマリウスが再び腕を振るうと、それまで絶叫していた男が急に静かになった。
「安心せい。殺してはおらん。ちょっと眠ってもらっただけじゃ。その男が持っている荷物はルクアの物じゃ。盗人じゃからしっかりと捕縛して、次の街に連れていくがよい。報奨金はお前さんにやろう」
慌てたようにやって来た御者にマリウスが状況を説明していた。
相手が魔術師だと分かった御者は恐々と頷きながら、倒れている男に縄で縛ると馬車に放り込んだ。
「仲間が他におるかもしれん。今日はまとまって火の番をした方がいいじゃろうな。怪しい奴がおったら儂が捕まえてやるから安心せい」
マリウスは集まっている御者や商人の代表に伝えると、ルクアと共に火の番に戻った。




