ベルトルトの訓練を受けたレリアーノ
「……。ベルトルトさんの訓練って本当に容赦がなかった……」
レリアーノが口から魂を出しながら呟いていた。
ベルトルトから指名依頼を受けたレリアーノたちだったが、その前に訓練は行うと宣言され、レリアーノは襟首を掴まれると、そのままギルド長の部屋から訓練場に引きずられるように連れてこられた。
ベルトルトと引きずられた状態のレリアーノが訓練場に入ってきた瞬間、それまで喧騒に包まれていた冒険者たちが嘘のように一瞬で沈黙する。
「どうした? 気にせずに訓練を続けろ。それとも私の訓練を希望するのか? ならレリアーノと一緒に……」
「おい、俺と模擬戦をしようぜ!」「ああ! そうだな。あの隅っこでやろうぜ」「私は魔力が枯渇して帰る予定だったので、訓練はまたの機会にお願いします」「そうだ! 依頼を受けてるんだった。急がないと期限に間に合わねえ」「急病の母が待っているのでごめんなさい!」
ベルトルトの言葉を聞いた一同は、口々に断りの理由を伝えると、ある者は訓練場から逃げるように走りだし、ある者は離れた場所で訓練を始める。
そして全員がレリアーノに向ける視線は憐憫に溢れているのが分かった。
「「「 今度の生贄はお前か。無事な生還を祈る 」」」
誰も口に出していないはずなのだが、同情と励ましの言葉がレリアーノの耳に届いた気がした。
そんなレリアーノが救いを求めるように視線を向けるのだが、誰も目を合わせてくれなかった。
巻き込まれるのはご免だと言わんばかりの様子に、レリアーノはこれから行われる訓練の激しさを思って白目になっていたが、ベルトルトから声を掛けられると慌てて意識を戻す。
「準備はいいか? 訓練を始めるぞ」
「は、はい!」
なぜか敬礼しているレリアーノにベルトルトは首を傾げていたが、まずは素振りをするように伝える。
単なる素振りでいいのかと目線で問い掛けるレリアーノに、ベルトルトは頷く。
「型は気にしなくていいから振り続けろ」
近くにあった木剣を手渡されたレリアーノは、ベルトルトに言われるがままに素振りを始めたが、すぐに振り方がおかしいとの指摘を受けた。
そこを修正すると、また別の修正点を指摘されて直されてしまう。
「右手は、剣をコントロールするために使うものだ。だからギリギリまで力は抜いておく。振ってみろ。……。違う。そこで関節を柔らかくしておかないと力が伝わらない。もう少し全体的に力を抜け」
「はい!」
「そうだ。その型を忘れるな。もう一度。駄目だ。腕だけの力で剣を振っている。そのせいで姿勢が崩れているな。あと2000本追加だ」
ベルトルトの無慈悲な言葉に「そもそも何本素振りをさせるつもりだったんだよ!」とツッコみたいレリアーノだったが、文句を言う前に追加で指摘を受け、直したつもりが間違っていると叱責が飛んでくる。
素振りのスピード自体はゆっくりと行っていたが、普段使わない筋肉や関節をフル活用しているために、ベルトルトから「いいだろう」と合格が出たころには全身汗だくで息も荒々しいものになっていた。
「ふむ。ずいぶんマシになってきたな。これだけ振れるようならいいだろう。次に訓練をするときも素振りをチェックするからな。普段から剣の動きと体の動かし方を意識するようにしろ」
「は、はい」
「よし。休憩は終わったな。次は私との模擬戦だ。一撃を入れるまで続けるぞ」
「え?」
レリアーノの息が少し落ち着いたのを見て、ベルトルトが木剣を構えた。
休憩なんてしていないはずと呆気に取られているレリアーノにベルトルトが殺気を放つ。
慌てて木剣を構え距離を取ったレリアーノに、ベルトルトが感心したように表情を緩めた。
「いい反応だ。それなら敵の奇襲にも対応できるだろう。だが、そんな距離しかとらなくていいのか?」
言い終わると同時にベルトルトが一足飛びに向かってきた。
詰められるはずのない距離を一瞬でゼロにしてきたベルトルトに、レリアーノはさらに下がりながら木剣で防御しようとする。
だが、自分の手から木剣が消えている事にレリアーノが驚愕の表情を浮かべた。
「嘘だろ。いつの間に……」
「ふむ。レリアーノの実力はだいたい分かった。やはり基礎能力の向上から始めないとダメだな。今の攻撃はゴブリンジェネラルでも防ぐことが出来るぞ」
取り上げたレリアーノに木剣を返しながら、ベルトルトは再び木剣を構えるように伝える。
「さあ、もう一本だ。なんならスキルを使ってもいいぞ」
「くっ。じゃあ遠慮なく使わせてもらうから」
レリアーノが木剣を構えながら拡張収縮魔法を使って身体強化魔法を発動させる。
マリウスから日々使う様にと言い渡され、移動の最中も練習をしていた効果が表れていた。
「まだスムーズには発動できないけど……。時間を掛ければ」
「安心しろ。待っていてやる」
以前に比べて短時間で発動できるようになっていたが、まだ実用に耐えるレベルではないが、ベルトルトは肩に木剣を乗せながら待ってくれていた。
「行くぞ!」
全身に効果が表れたと感じたレリアーノが、先ほどとは比べ物にならないスピードでベルトルトに肉薄する。
「ほう。まるで動きが違うな」
レリアーノの攻撃をいなしながら感心したように呟くベルトルト。
「今日は特別に私の身体強化を見せてやろう」
数度の打ち合いの後、ベルトルトの身体が薄く光ったように見えた。
「え?」
今の自分で出せる限りの魔力を注いだ身体強化された攻撃が弾かれ、体勢が崩れたことに驚くレリアーノ。
以前にユリアーヌと模擬戦をした際は互角に斬り合えたため、レリアーノはベルトルトとも多少は打ち合いは出来ると思っていた。
だがベルトルトがゆっくりと近付き、かわせるはずのスピードで剣を振り下ろされたのまでは分かったが、次の瞬間には意識が暗転するのだった。
「……。いつつ……なにが起こった?」
「あら起きたの? ベルトルトから『素振り3000本追加だ』と伝言を預かっているわよ」
訓練場の片隅に横たわっていたレリアーノが痛みに顔をしかめながら起き上がって身体を確認をしていると、ルクアが声を掛けてきた。
くまなく身体を見渡しても出血はしていないが、全身が筋肉痛になったように固まっており、どうやら力量差がある攻撃を受けたレリアーノの身体が、死を意識してありえないほど硬直したようであった。
観戦していた冒険者の話ではゆっくりと振り下ろされた木剣がレリアーノの身体に当たった瞬間、全身を震わせるようにして崩れ落ちたとの事であった。
「やっぱ、ベルトルトさんは凄いな」
「それにしても加減はして欲しいわ。明日の依頼に支障が出るじゃない」
呆れたような表情になっているルクアだったが、レリアーノは強者との戦いによって自分のレベルが上がっているのを感じていた。




