閑話:レリアーノを追放したパーティー(後)
エドガーたちは馬車から降りて街に戻る最中であった。途中まではウードの案内で街へと順調に向かっているはずだったが、途中でウードからあり得ない言葉を聞くことになる。
「すまん、迷った」
「はぁ!?」「道を知っていたんじゃないのか?」「ふざけるなよ! 後は街に戻るだけだから歩くことを決めたんだぞ」
「すまんすまん。まあ、迷ったのは仕方ないだろう。おかしいなー。曲がる道を間違えたのか?」
笑いながら謝罪してるウードに、一同は殺気立って攻め立てるが、今さら元の場所に戻り、そこから街を目指したとしても夜になってしまい、門は閉まっり入る事は出来そうにもない。
「しかたねえな。今日はここで野宿決定だな。晩飯は俺が作るし、夜の見張りもするから勘弁してくれよ。な?」
「当たり前だ。ウードは責任もって飯を作って見張りもしろよ! 俺達はゆっくりと休むからな。テントもお前が全員分を用意しろ」
少し広めの場所が偶然見つかり、野営が出来そうだとウードから提案がある。エドガーは野営の準備は全部するようにとウードに吐き捨てるように伝えると装備を外して身体をほぐし始めた。他のメンバーたちもリーダーであるエドガーが休憩を始めたため、すべての準備を任せ、それぞれが休憩を始めた。
「ちっ。冷たいエールが飲めると思ったのによー。誰かのせいで、こんなところで野宿とはな。こんな事になるなら、最初から馬車で待てば良かったんだよ」
副リーダーであるディートが悪態を吐きながら温めていたお湯に、回復効果のある茶葉を入れて飲む。突然の野営となって急激に疲労感が出てきたようで、他のメンバーも黙々と自分用のお茶を淹れていた。
「だから悪かったと何度も謝ってるじゃねえか。そろそろ勘弁してくれよ。せめてもの謝罪にマジックバックに入れていた肉をふんだんに使ったスープを用意したから。それに………しかたねえ。俺の秘蔵の酒も出そう。お前たちは飲んだことがあるか? 蒸留酒12年物の逸品だぞ」
ウードの取り出した蒸留酒にエドガーたちが色めき立つ。めったにお目にかかれないレベルの酒であり、冒険者として稼げるようになっていたが、それでも1度も飲んだことがなかった。
「お、おう。気が利くじゃないか」「仕方ないわね。許してあげるわよ」「まあ、今回は多めに集めた素材やお宝がいい値段で売れるからな。そこで高級な酒をリーダーとして用意するつもりだったが、ウードがそこまで言うなら前祝に飲もうじゃないか」
ウードが蒸留酒をコップに注いでエドガーたちに渡していく。そして自分は水を入れた。軽く首を傾げている一同に、ウードは苦笑しながら答える。
「俺のせいで野宿になっただろう? だから俺は水でいいんだよ。それに俺は夜の見張りもあるからな。じゃあ、エドガーが乾杯の挨拶をしてくれ」
「ああ。ウードのミスで野宿になったが、町に戻れば大金が手に入る。明日までの我慢だ。まずは疲れを癒そう。乾杯!」
「「「 乾杯! 」」」
「うまい!」「かー。いい酒なのが分かるな。悪いなウード」「魔力の回復量も上がるのね。知らなかったわ。ごめんね。ウード」
「気にするなって! ほら、まだあるから存分に飲んでくれ。これ1本で金貨1枚はするぞ」
滅多に飲めない高級酒に機嫌を直した一同は、酒を飲まないウードに口では申し訳ないと言いながらも、ウードが取り出した2本目の瓶を見て歓声を上げた。
◇□◇□◇□
「ん?」
突然の違和感で目を覚まされたエドガーが不機嫌そうに身動きをしようとしたが、全く動けないとことに気付いた。なんとか視線を身体に向けると縄で縛られている事が分かる。
「なっ! なんで縛られている!?」
「き、気付いたかエドガー。お前は無事か?」
エドガーが何とか逃げ出そうと身をよじっていると、背後から苦しそうな声が聞こえてきた。
「ウード? なにが起こったんだ? そんな事よりも早くこれを外せ」
「エドガー。仲間の心配をしない時点でリーダー失格だぞ。そんなだから仲間に裏切られるんだよ」
先ほどまでの苦しそうな声からニヤニヤと笑っている気配に変わったのを感じながら、エドガーは身体を動かしてウードの姿を確認する。
「なんでお前は縛られていないんだよ?」
「いやー。見張りをしていたら、ここらで有名な大盗賊団がやって来てな。一瞬で囲まれたんだよ。抵抗なんて出来るわけないだろ? お前たちは起きねえし。その間に全員が捕まったってわけだ」
「本当に役立たずの奴だな! なんのための見張りだよ! 早くこの縄をほどけ」
「おいおい。無茶言うなよ。俺も捕まっているのと同じだぞ。こんな状態で何が出来ると思うんだよ? 仕方ないから諦めようぜ」
ウードとのやり取りをしながらエドガーのイライラが限界を超える。今の状況が現実だと信じられず、他の仲間はどこにいるのか。なぜウードの表情に余裕があるのかすら分からなかった。
「いいから解けよ。能天気に話なんてしている場合じゃねえ! お前も捕まっているんだろうが。さっさとここから逃げ出そうぜ」
「……。ぐっ! も、もう駄目だ――ぶははははは。俺が捕まっている? おーい。助けてくれー。俺が捕まってしまったー。もう駄目だ殺されるー。……。お前ら遅いぞ。俺の迫真の演技が無駄になるだろうが」
エドガーの怒鳴り声を聞いたウードが身体を震わせる。そして震えが止まったかと思うと、突然大声で笑い始めた。豹変したウードの表情にエドガーが困惑していると、数人の男がやって来た。
「またやってるのか。それにしても無駄に演出に凝るよな。本当に酷い奴だよお前は」
「無駄な演出じゃねえよ。裏切られた奴が浮かべる絶望の表情が見たいんだよ」
「どっちにしろ酷いじゃねえか。ぎゃははははは」
なぜウードと男たちが仲良く話しているのか? この後、どうされるのか? なんとか逃げる方法はないのか? 自分の武器はどこにあるのか? 全身から冷や汗を流し、心臓が激しく鳴っているのを感じながらエドガーは周囲を確認しながら逃げるチャンスをうかがっていた。
「んー? 逃げる方法なんてないぞ? それと武器はすでに回収済み、仲間がどうなったか聞きたい? 二通りあるんだけど?」
思っていることを当てられたエドガーが、人外を見る目でウードを見る。その瞳は恐怖に染まっており、呼吸も荒くなっているエドガーの様子にウードはエドガーに近付くと笑みを浮かべていった。
「そんな怖がるなよ。だいたい同じ反応なんだよ。お前みたいな自分の事しか考えていない奴は全員と言っていいほど一緒だ」
「な、なんでこんなことを?」
「は? 『なんで?』そりゃあ面白からに決まっているだろ! 自分が一番だと思い込んでいる奴に近付いて、優越感を煽り、仲間を追放させて、そして追放した仲間以上に酷い状況にあう。そんな目にあった奴の絶望した表情が俺を興奮させるんだよ。最高だよな! エドガーもそう思うだろ?」
涙を流しながら震えているエドガーに、ウードは高笑いをしながら答える。そんなエドガーの様子を満足げに眺めていたウードの元に一報が入った。
「あまりに反抗的な奴がいたから目を潰しといたぞ」
「ああ。いいぜ。どうせ違法鉱山に売り払うんだ。はした金に変わりないからな」
今まで一緒に苦楽を共にしていた仲間の目が潰されたと聞いても、エドガーの心を占めているのは、なぜ自分がこんな目に会っているのかとの気持であった。
「嘘だ。俺がこんな目に合うなんて嘘だ。今回の依頼で魔法の品を売り払って1年は豪遊するんだ。それでアンネとよろしくやって――」
「アンネ? ああ、あいつは魔法使いだからな。隣国の貴族に高く売れそうだ。魔族領に派兵する際に魔法使いが少ないと言っていたからな。12年物の蒸留酒が飲み放題だぜ。さすがはアンネ様だ。その他の奴は駄目だな。お前はアンネのおまけで他は鉱山に売却だ。安心しろ。お前たちはクエストの途中で俺を逃がすために全滅したとギルドには説明しておくぜ。なぜか都合のいいことに冒険者カードを俺が全部持っているからな。……。ちっ、もう壊れたのか」
もはや自分の声が耳に届いていないのか、うわ言のように呟いているエドガーに興味をなくしたウードが冷めた目になる。
「そう思うと追放したあいつは運がいいよな。他のパーティーならうまく使ってもらえるだろう。あれほど様々な事が出来る奴を無能扱いだからな。こいつはこうなって当たり前なんだよ。おーい。さっさと連れていけー。ありがとうよ。エドガーたちの事は街に戻って報告するまでは忘れねえよ」
引きずられていくエドガーに目をくれることなく、ウードはアイテムバックから酒を取り出すと、久しぶりの臨時収入に満足しながら一気にあおった。
その後、ウードによってギルドにエドガーたちが全滅したとの報告が上がる。その証拠として本人の血が付いたギルドカードが提出され、ギルド側も特に調査することなく処理を進めた。
それはレリアーノが追放され、冒険者ランクを最下層まで落とした対応と全く同じであり、冒険者たちも最初は悲報を聞いて同情していたが、唯一生き残ったウードがマジックバック所有者だと分かると、猛烈な引き抜き合戦が始まりエドガーたちの事を覚えている者は誰も居なくなるのだった。
これで第1章にあたる部分は終わりになります。




