閑話:レリアーノを追放したパーティー(前)
「おい。食事の準備はまだかよ」
イライラした様子でエドガーが確認する。レリアーノが所属していたパーティーであり、依頼を受けダンジョンに向かう途中の休憩であった。食事がなかなか用意されないようでリーダーであるエドガーがイラついており、それを受けてパーティーの空気は最悪であった。
「慣れていないんだから仕方ないでしょ。そんなにお腹がすくなら保存食でもかじってればいいじゃない」
「今までは温かい料理がすぐに出てきたろうが」
「それはレリアーノが料理番だったからよ。あの子は料理は上手かったのに、リーダーが追放するからじゃない」
「俺が悪いっていうのか、アンネ?」
「違うの?」
後衛職の女性の言葉にエドガーから剣呑な空気が生まれる。まるで自分だけが悪いと言わんばかりの台詞に、腰に差してある剣に手を掛けた。また、アンネも近くに置いていた杖を手に取る。
「おいおい。止めとけよ。こんなところで喧嘩するなよ」
2人の態度に、仲間の一人が慌てて仲裁に入る。エドガーは機嫌悪そうに、鼻を鳴らしていたが、無理やり料理番をさせられているアンネが文句を言っても仕方なかった。
彼女はレリアーノの追放を最後まで否定しており、エドガーの心証はよくなかった。また、食事を作らされているアンネも魔法を使う後衛職であり、本来なら早めの休憩を取って魔力を回復しなければいけないのだが、リーダーであるエドガーの命令でもあるので慣れない調理をしていたのである。
「暇そうにしている新人さんにやらせたらいいじゃない。彼はなにもしてないわよね?」
「おっと。私は雑用で雇われたわけではないですからね。そんな雑務は他の方にお願いしたいですね。私はマジックバックの手入れがあるので、テントに入っていますよ。食事の準備が出来れば呼んでください。では」
アンネの言葉に、レリアーノの後に加入したウードは一方的に言い放つと、テントの中に入っていく。彼の行動はアンネだけでなく、他のメンバーからも快く思われておらず、エドガーへの苦情も日々増えていた。
「なんなのあいつ。マジックバックを持ってなかったら追放よ」「ああ。まだ1か月しか経っていないが、あの行動はいただけない」「支援魔法もそれほど役に立たないしな。レリアーノと変わらないだろう」「レリアーノがいた方が良かったんじゃないのか」
「おい。レリアーノの話はするな。その名前を聞くだけで気分が悪くなる。おい。料理はまだかよ」
一同がウードの悪口を言い出し、レリアーノが居た方が良かったとの流れになって来たのを感じたエドガーは苛立たし気に会話を切ろうとする。そして悪戦苦闘しながら調理を続けているアンネに、その苛立ちをぶつけた。
「まだに決まっているでしょ! もう嫌! エドガーが作りなさいよ。私は金輪際やらないわ。魔力の回復に努めるから誰かに作らせなさいよ。あーあ。レリアーノが居てくれたらなー」
エドガーから八つ当たりをされたのが分かったアンネは、エドガーに向かって吐き捨てるように伝えると、調理を途中で放棄して自分のテントに向かった。
「はっ! 料理が出来てもお前には渡さねえよ! おい、代わりに誰か料理を作れ――な、なんだよ」
アンネを睨みつけながらに吐き捨てたエドガーが、他の者に命じようとしたが誰も反応は示さず、全員がそっぽを向いていた。結局、誰も料理を作ることなく、途中まで調理された素材は廃棄され保存食を齧る事になった。
「思ったより早く崩壊しそうだな。せめてもう少し稼いでからにしたかったんだが、この依頼で終わりにしようかね」
テントの中で聞き耳を立てていたウードは軽くため息を吐く。自分の能力をアピールし、パーティーメンバーで一番役に立たなそうな奴を追放させて潜り込み、マジックバックに収納できるだけ預かると、そのまま逃げ去るのが彼のスタイルであった。
「せめて半年は遊んで暮らせるほどの収入が欲しかったが、今回のパーティーは外れだな。第一、料理が出来ないってなんだよ。普通は誰でも料理くらい出来るだろうが。それに自分の荷物もマジックバックに入れろとか言ってくるし、料理どころか洗濯や装備のメンテナンスすら出来ないじゃないか。あの追放した奴が全部やっていたって話だからな。話を聞くほど優秀な奴じゃないか。エドガーは本当に人を見る目がない馬鹿だよな。そうだ、そろそろあいつらにも連絡をしておくか」
自分を採用したエドガーに悪態を吐きながら、ウードはマジックバックに収納されているメンバーから預かっている物品や、討伐した魔物の素材を確認しながら、なにやら魔道具を取り出すと操作し始めた。
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翌日、朝食をウードが作り、そして全員に今までの態度を反省したと謝罪をしてきた。
「そうやって最初からやればいいんだよ。俺も心が狭いわけじゃない。今までの事は水に流そうじゃないか。なあ、みんな」
「へへっ。昨日は本当に反省したんだよ。皆も許してくれよ。なっ?」
豹変したように謝罪をするウードに、最初は訝し気な表情を浮かべていた一同だが、ここで許さないと言っても険悪な空気のままになるので謝罪を受け入れた。
その後、食事が終わり、依頼先に向かって必素材を確保した一同は、消耗しつつも十分な量を確保し、また倒した魔物が魔法の品を持っていたこともあり、臨時収入が入ったと気分良く帰っていた。
そして事件が起こる。一同が乗っていた馬車が故障したのである。修理には2日は掛かるとの御者の言葉に、エドガーたちは徒歩に切り替えて先に戻ることにした。
「ついてねえ」
「2日も待てねえよな。まあ、ウードのマジックバックが有ったから、依頼の品は確保できたし良かったよ。やっぱりレリアーノよりウードの方が断然に役立つよな」
「役に立ったならなによりだ。ほら、皆も貴重品を預けてくれ。街に戻ったら返すから、間違わないように冒険者カードも入れといてくれよ」
愚痴っている仲間に、エドガーがウードを褒めていた。確かにこのままでは素材を放棄する必要があるので、ウードのマジックバックは重要であり、そこは認めるところであった。だが、貴重品と冒険者カードまで預けることには躊躇する。特に冒険者カードは自分の生死を証明するアイテムであり、肌身離さず所有するようにギルドから通達されているのである。
だが、受注した依頼も問題なくクリアしており、臨時収入もあり、またレリアーノにいつも荷物を持たせていた一同は、ウードの言葉に流されるように次々と荷物を預けていく。
「こりゃどうも。じゃあ、出発しようか」
なぜかウードが仕切るように先頭を歩き始める。その後についていく一同は軽くなった荷物と、報酬額の多さに浮き立っており、ウードが帰り道ではない進路を選び一同を誘導している事に気付かなかった。




