レリアーノは旅立つ
思ったよりも疲れがたまっていたらしく、レリアーノが目を覚ましたのは昼近くであった。慌てて旅立ちの準備をしようと部屋から出たレリアーノが見たのは、完全に準備を整えているルクアの姿だった。
「遅いわよ! そう言いたいけど、今日は勘弁してあげるわ。まだ疲れが残っていたのよ。必要な物は私の無限収納に入っているから、レリアーノが準備を整えたら出発できるわ」
「俺は装備と身の回りの品を整えたら、いつでも出発が出来るよ。後はシャルたちに挨拶をするだけだな」
ルクアの言葉に返事しながら、レリアーノは自分の荷物が入った背負い袋を持つ。そして杖を手に取ると、いつでも出発が出来ると宣言する。そしてルクアと喋りながらシャル達の元に向かった。
「お兄ちゃん。お手紙書いてね」
「ああ、分かっているよ。まずは目的の街に着いたら手紙を書くよ。シャルも返事を書いてくれよな。レーナさん。これはシャルが手紙を出す時に使ってください」
「なに? 銀貨じゃない! こんなにたくさん受け取れないわ」
レリアーノは銀貨が詰まっている袋をレーナに手渡す。最初は固辞をしていたレーナだったが、レリアーノから手紙を出すにはかなりの金額がかかる事。収入のないシャルでは手紙のやり取りが出来ない事。
「ほら。ゴブリンジェネラルを討伐して報奨金が出たから。レーナさんに渡したのは、ほんの一部なんだよ」
「もらっておきなさいよ。レリアーノと結婚するから、メイドの仕事を頑張るとシャルが言っていたじゃない。嫁に迎え入れるための先渡しのお金なのよ」
「おい! そんなんじゃないからな。俺は純粋に――」
「ふふ。分かりました。では、遠慮なく預かりますね。手紙のやり取りだけに使うと約束しますよ」
「いっぱいお手紙書くよ!」
ルクアとレリアーノのやり取りを聞き、シャルはやる気に満ちた表情を浮かべる。そんな娘の姿にレーナは笑いながら銀貨が詰まった袋を受け取った。そして二人に対して頭を下げた。
「レリアーノさん。ルクアさん。本当にありがとうございました。あなた達に出会えたことで、私とシャルの人生は変わりました。本当に感謝しきれません。このご恩は……」
頭を下げ続けているレーナの肩をつかんで起こすと、ルクアが笑みを浮かべながらかぶりを振る。
「はい、ストップ。そういうのは好きじゃないわ。出会いは運命なのよ。レーナとシャルが私達と出会ったのは運命なの。これはレーナが今まで頑張って生きてきたのを神様が見ていて、ご褒美をくれたのよ」
「ルクアさん……」
「そうだぞ。レーナさんが頑張っているのはみんなが知っているじゃないか。ゲールハルトさんだって『今、彼女に抜けられると私が過労で倒れる』と言っていたぞ」
両目に涙を浮かべているレーナに、レリアーノも頷きながら話す。昨日の送別会で、酔ったゲールハルトがレーナの事をべた褒めしていたのだ。倒した魔物を持ち帰るユリアーヌのお陰で、今まで働いていた者達は嫌気をさして王都の屋敷に去っており、新たに雇おうにも悪評が広がって誰も求人に応じなかった。
その中で、辞めることなく、むしろ今までの者よりも仕事を一所懸命に行うレーナの姿は、ゲールハルトからすれば女神に見えるようであった。
「それにレーナさんは綺麗だからな。ゲールハルトさんも『彼女は本当に可憐だ』と言っていたぞ。その他にも仕事の真摯さや、時折見せる――ぐっ!」
「もう、それくらいにしておきなさい。レーナさんの精神がもたないわよ」
苦笑しながらルクアがレリアーノを止める。思いっきり脇腹に抜き手を入れられたレリアーノが息を吐き出しながらルクアに非難の目を向けた。
「お母さんの顔が真っ赤だー」
「シャル!」
真っ赤な顔で恥ずかしそうにしていたレーナだったが、シャルにからかわれたことで少し冷静になったようであった。ただ、次にゲールハルトに会った際はどんな顔をすればいいのか分からないようでもあった。
「ご、ごめん。そんな困るとは思わなくて」
「い、いえ。旦那様がそこまで私の事を評価されているのは嬉しいですね。首になる事もなさそうなので安心しました」
何とか笑いながら答えるレーナに、ルクアが微笑ましそうな顔を向ける。長寿のエルフであるルクアからすれば、レーナは十分に若く、まだまだこれからの人生が待っているように見えた。
「まあ、ゲールハルトがあなたの事を気に入っているのは間違いないから、ゆっくりと二人の時間を進めていけばいいわ」
「ありがとうございます。ルクアさんに言われると安心しますね」
「あら、それは私がおばあちゃんに見えるってこと?」
ルクアの言葉に心の底から楽しそうにレーナが笑う。ちょうど、そのタイミングでゲールハルトが集まっている一同の元にやって来た。そして楽しそうに笑っているレーナを見ると、嬉しそうな顔で眺めるのだった。
◇□◇□◇□
「お兄ちゃん。頑張ってね! 英雄に早くなってね」
「ああ。任せろ。俺、頑張るからな」
シャルがレリアーノに抱き着きながら激励をしてきた。その眼はレリアーノが英雄になるのを信じている目であり、それに応えるようにレリアーノも力強く返事をする。
そんな微笑ましい一幕を見ながら、ベルトルトがゲールハルトに頭を下げた。
「ご子息だと思って預かります。彼の成長を楽しみにしていてください。レリアーノ! そろそろ出発するぞ」
「はい! ゲールハルトさん。本当にお世話になりました。ところでユリアーヌは?」
「用事があると朝早くに出かけたよ。レリアーノ君。君の事は息子のように思っているのは本当だ。それにユリアーヌの恩人だとも思っているし、感謝もしている。なにか困ったことがあれば遠慮なく手紙を送りなさい。出来る限りの事はしよう。ベルトルトがいるから大丈夫だろうが道中気を付けてな」
「だったら私は娘なのかしら?」
レリアーノがゲールハルトに挨拶をしているとルクアがやってきた。堂々と娘宣言するルクアだが、自分よりも確実に年上であるルクアを見てゲールハルトが苦笑を浮かべる。
「お気をつけて。おばあ様」
「だれがおばあ様よ! いい? シャルとレーナの事は任せたからね。不幸にするんじゃないわよ」
「もちろん。彼女ほど優秀な人材を不幸にするわけないだろう。安心して旅立ちなさい」
「レーナさんの事が好きなら言葉にするのよ」
「それも分かっている。今、色々と手続きをしているのだよ」
近付いて耳元で囁くように伝えたルクアに、ゲールハルトも小さな声で答える。ユリアーヌに家督を譲る手紙と共に、再婚に向けての手続きを始めており、事前の確認では問題ないとの回答を得ていた。
「ユリアーヌに家督を譲れば、後は好きにさせてもらうよ」
「ふふ。そうしなさい。でもシャルちゃんを泣かせたら駄目よ」
ルクアの言葉にゲールハルトは苦笑を浮かべて頷く。レリアーノ達が旅立って1年後に、ゲールハルトとレーナが再婚したとの手紙を、ルクアは受け取ることになるのだった。
そして、濃い時間を過ごしたゲールハルトの屋敷を出発するレリアーノとルクア。ベルトルトが用意した馬車から顔を出すと、一同が見えなくなるまで手を振り続けるレリアーノ。
「いい町だったわね。ユリアーヌは薄情だけど」
最後の挨拶に来なかったユリアーヌを責めているルクアに、レリアーノが苦笑する。馬車が門を潜り抜ける瞬間。大きな荷物が馬車の中に放り込まれた。
「うわっ!」
「あばよ! レリアーノのお陰で助かった命は親父の後を継いで領民を守ることに捧げる! 荷物は俺からの感謝のしるしだ。向こうに行っても、俺たちの事を忘れるなよ」
仲間たちと一緒に大きく手を振って見送りをするユリアーヌ。彼の側にはモニカが支えるように立っており、仲間たちも全員が笑顔でレリアーノを見送っていた。
「なにあれ。あれで見送りのつもりかしら」
ユリアーヌ達を見ているルクアが楽しそうに笑う。レリアーノも笑いながら手を振り返すのだった。




