レリアーノはシャルと買い物をする
レリアーノとルクアの送別会が急遽執り行われることになった。ゴブリンジェネラルの後始末の指揮をするためにマリウスは不参加となってしまい、役職放棄までして残ろうとしたマリウスをなんとか追い出したゲールハルトはレーナに夕食の準備を命じた。
「お母さん! 私もお手伝いする」
「ええ。そうね。もう少し大きくなったらシャルもメイドとして雇われるそうだから、今から練習した方がいいかもね」
「うん! レリアーノお兄ちゃんのために頑張る!」
大きく手を上げながら手伝いをしたいと宣言した鼻息の荒いシャルに、母親のレーナは娘の成長を感じて嬉しそうにする。そして二人で市場に買い物に出かけていった。屋敷には討伐した魔物を持ち帰るなど、突拍子もない行動をするユリアーヌがいるためレーナ以外のメイドは居らず、夕食の準備を領主であるゲールハルトが手伝っていた。
「領主なのに働き者ですな」
「ええ。ベルトルトさんも手伝ってくれると助かります。ああ、それとレリアーノの事は本当に頼みますよ。彼は我が家の一員だと思って接してください」
「それはそれは。責任重大ですね」
テーブルをセッティングしているゲールハルトにベルトルトが話しかけた。机に置かれていた布巾を渡しながら、ゲールハルトはレリアーノの面倒を頼むと真剣な表情で伝える。それを受けたベルトルトは、最初は軽い感じで笑っていたが、ゲールハルトの目を見て冗談ではないと分かると表情を改めて頷いた。
「安心してください。彼は英雄の原石です。今は潜在能力と実力に乖離がありますが、私が彼を鍛え上げます。そして私の元を飛び出すときには英雄の卵になっているでしょう。大事なご子息を預かるつもりで、丁寧に厳しく優しく鍛え上げますよ」
「ふふ。それはレリアーノにも頑張ってもらわないといけないね。王国騎士団長を務めあげた人物からの直接指導か。我が父である大賢者からも指導を受けたと聞いたら、色々な所からやっかみがでるだろうな」
レリアーノの幸運さと、今後の苦労を感じながらゲールハルトが思わず笑う。大賢者マリウスと元王国騎士団長ベルトルト。英雄と呼ばれる二人は王国でも人気が高く、彼らから教えを請いたいと貴族や高ランク冒険者だけでなく、他国からも引き抜きがあるほどであった。
そんな熱烈な誘いを煩わしい事が嫌いな二人は全て断っており、ゲールハルトは父の面倒くさがり屋と、ベルトルトの頑固さを知っており、だからこそ2人のレリアーノへの期待がどれほど高いのかも分かっていた。
「まあ、私も彼には期待しているんだがね。最近は英雄と呼ばれる人物が出てこない。国王陛下も焦っているようだけどね。こればっかりは時間をかけて育てていかないと」
「だからこそ私がギルドを任されているのもありますよ」
ゲールハルトの呟きにベルトルトが答える。しばらく2人でレリアーノの将来を語り合っていたが、当人の姿を見ていないことに気付いた。
「そういえばレリアーノはどこに?」
「シャルにお願いされて一緒に買い物に行っているようですよ」
「なるほどね。これが最後ではなくとも、当面は会えないから寂しいのでしょうね」
二度と会えない可能性があると思っているのだろうと、シャルの気持ちが分かる二人は納得した。
◇□◇□◇□
「お兄ちゃん! 今度はこっち!」
「ああ。分かっているから引っ張らなくてもいいぞ」
「すいません。レリアーノさん」
シャルに引っ張られながら店を回っているレリアーノは苦笑していた。申し訳なさそうに誤ってくるレーナに、レリアーノは首を振って笑う。
「いいですよ。こんなに懐くてくれるなんて嬉しいです。今日はシャルの言うことは聞きますよ」
引っ張られながらも、大量の荷物を器用に持つレリアーノ。今日の送迎会で使う食材を大量に抱えながらも、危なげなく運んでいるのは、前のパーティーで雑用係をしていた経験が活きていた。
「なにが役に立つか分からないな」
「お兄ちゃん! 早く来て!」
レーナと話しているレリアーノを見て、頬を膨らませるシャル。楽しそうにレーナと話していることに嫉妬してる様子に、娘の成長を感じて微笑むレーナ。父親が亡くなってからは、自分に心配を掛けまいと無理に笑顔を作っているのが分かっていただけに、感情をそのまま表現するシャルにレーナは安堵した表情も浮かべていた。
「お母さんもゆっくりしない! 領主様がお手伝いしてくれているんだよ!」
「そうね。ご主人様に掃除までしてもらっているものね。早く買い物を終えて帰らないと」
「だ、駄目だよ! 買い物はゆっくりしないと。忘れ物があったら駄目だもん」
早く買い物をしたら、レリアーノと一緒に居る時間が減ることが分かったシャルの行動が急に遅くなる。そんな分かりやすい行動にレリアーノとレーナは顔を見合わせると笑いあった。
「お! さっきの兄ちゃんじゃないか」
買い物を続けていると、店先で掃除をしていた雑貨屋の店主が声を掛けてた。大荷物を持っているレリアーノを見て、器用だなと呟きながら、シャルを見て挨拶をする。
「お嬢ちゃんが、そっちの兄ちゃんの想い人かい?」
「おもいびと?」
首を傾げているシャルに、雑貨屋の店主が説明をする。手紙を買った事や、その後に花束も用意していたことを伝えていくうちに、シャルの顔が輝き始める。
「そう! お兄ちゃんのおもいびとは私だよ!」
「お、おい。シャル……」
「まあ、レリアーノさん。娘はまだ渡しませんよ?」
「いやいや! レーナさんまでなにを言っているんですか。店主! もう、ややこしくなるから、それ以上は喋るな!」
呆れた表情を浮かべているレーナに、レリアーノが思わずツッコみを入れる。からかわれているのは分かっているが頬が赤くなるのを感じながら、店主に向かって黙るように伝える。
「おお、怖いねー。そうだ。嬢ちゃん用の手紙を買ってくれよ。一方的に送るんじゃなくて文通をしたらいいじゃねえか」
「お兄ちゃんと文通したい!」
「ああ、分かったよ。シャル用の手紙を買うから。それに聞いたぞ。さっきの花屋さんは奥さんだったんだろう? 上手いこといって、俺に花を買わせたんだから、少しは値引きしてくれるんだろうな?」
「かー。仕方ねえな。特別のおまけしてやるよ。だから贔屓にするように領主様に伝えてくれよ」
どうやらレリアーノがゲールハルトの屋敷で世話になっていることを知っていたようで、本当にちゃっかりしている店主に、レリアーノは思わず苦笑を浮かべるのだった。




