レリアーノはスタンピードを乗り越えようとする
「うらぁぁぁぁ!」「そんな攻撃が通じると思うな」
ユリアーヌとアーレイが気合いを入れながら剣を次々と振るう。一刀のもとに斬り伏せられていくゴブリンだが、仲間が殺されても気にする様子を見せずに次々と襲いかかってくる。
「アーレイの左手側からゴブリンが10体ほどやってくるぞ」「くそっ! きりがないな。あいつら、部族を吸収しながら森にっやってきやがったな! 特殊個体の命令に盲目的に従っていやがる」
仲間が倒されてもひるむ事無く現れるゴブリン達を、木の上からクリストフが報告を続けていた。幸いなことに飛道具を持っている魔物はおらず、弓で攻撃しながら正確な数を報告しているクリストフの声を聞きながら前衛のアルネが悪態を吐いていた。
ゴブリンの部族は通常は50匹ほどで形成されるが、それ以上のゴブリンが集まっており、多くのゴブリンは特殊個体に暴力で支配されているのか、背後を気にしながら怯えているようにさえ見えた。
「レリアーノ! 身体強化魔法が切れるまでどれくらいの時間がある?」
「あと300は大丈夫だ! 100を切ったら教える」
ユリアーヌの確認にレリアーノが答える。冒険者は共通の単位を持っており、パーティーを組む際にカウントする道具で時間の共有を行う。今回は高ランク冒険者であるユリアーヌ達が全面に出て戦闘を行うので、レリアーノとルクアがカウントを担当していた。
「ルクアはどうするんだ?」
「まだ様子を見るわよ! 投石くらいはするけどねっ!」
レリアーノはルクアを守るようにゴブリンと戦っており、ユリアーヌ達もこの中で一番弱い2人を守るような立ち位置で戦闘をしていた。たまに襲ってくるゴブリンや犬型の魔物と戦う事に専念でき、戦闘をしていても会話する余裕がレリアーノにはあった。しばらくは守備側のレリアーノ達が優位に戦闘を続けていた。
「残り100を切った! 支援魔法の掛け直しをするからルクアの援護を頼む」
「任せておけ。お前さんの大事なパートナーだからな。俺たちがしっかりと守ってやるよ。レリアーノは自分の仕事を集中してしろ」
レリアーノの言葉にユリアーヌが答える。まだまだ余裕があるようで、軽口を叩きながら戦闘をしていた。他の前衛達もゴブリンや犬型の魔物など最低でも4体相手に戦っており、高ランク冒険者の実力を存分に発揮していた。
「これが高ランク冒険者の戦いなんだよな」
レリアーノは高ランク冒険者の戦い方を見ながら、今後に役立てるため少しでも見逃さないようにしながら、収縮拡張スキルを使って身体強化を発動させるための魔力を集め始める。身体に流れる魔力を感じ取り、焦らないように注意しながら収縮させつつ、効果が切れるタイミングを計る。
「5,4,3,2,1! 効果が切れたぞ! いったん距離を取ってくれ。身体強化!」
「完璧だ。レリアーノ!」
スキルが切れた瞬間に身体を襲う疲労感と、今までの動きが出来ないようになり違和感を覚える一同。レリアーノのカウントダウンを聞きながらタイミングをとっており、支援魔法が切れた瞬間に大きく間合いを取って離れたタイミングで再び身体を覆う身体強化の魔法を感じた。
「はっはっは。いいじゃないか。まだまだ戦えるぞ。身体強化魔法ってすげえ」「今回の殊勲賞はレリアーノに決定だな」「おいおい。それはまだ早いぞ。戦闘が終わってからだ」
高ランク冒険者といえど、本来ならスタンピードを抑えられる人数ではなかった。それが軽傷すら負うことなく、そこそこの疲労は出ているものの、レリアーノの身体強化魔法のおかげで圧倒的優位な状況で対処が出来ている。ゴブリン達を全滅出来るのではないかと、ユリアーヌは考え始め安堵の表情を浮かべた。
「特殊個体がやってくるぞ! 最大限に警戒しろ。……。ちっ!」
木の上からゴブリンがやってくる方向の方向を続けていたクリストフが叫んだ瞬間。木の上から飛び降りてレリアーノの近くにやって来た。顔が若干青くなっており、弓を持つ手も震えているように見えた。
「クリストフさん?」
「いいか。俺が『逃げろ』と言ったら、わき目もふらずに走り出せ。ルクアには『特殊個体を見て判断して、隠している実力を出してくれ』とユリアーヌから伝言を預かっている。それと『この場で起こったことは誰にも言わない』とも言っていた」
反論する余地はないと言いたげなクリストフの言葉と視線にレリアーノが息をのむ。ルクアは伝言を聞いて口を結んだように黙ると眉に皺を寄せて沈黙し、軽くため息を吐いて答えた。
「分かったわ。貴方たちがそこまで気を使ってくれるのなら、相手を見て考えるわ」
3人が話している間も戦闘は続いており、次々と柵を乗り越えてくるゴブリン達に視線を向けたレリアーノ。さすがの高ランク冒険者達も数の暴力には対応が難しいようで、レリアーノ達に向かってくるゴブリンが増え始めた。その前に剣を構えたレリアーノがルクアの前に立つ。
「俺がルクアを守る!」
「ふふっ。良いわね。まさにコンビって感じね。出来ればもう少し安全を確保して色々と確認しながらしたかったけどね」
ほんの数日で見違えるように大きくなったレリアーノの背中を見ながら、ルクアが耳元に飾っているイアリングに手をかけていた。隠匿魔法を常時発動させるための魔道具であり、それを外すことで本来のハイエルフである姿になる。
魔法を使う際に精霊の力を借りるのだが、隠匿魔法を掛けていると精霊との交信がやりづらい為に元の姿に戻る必要があった。ルクアが特殊個体がやってくるのを待っていると、クリストフがいた木が倒れ始める。そして倒した木を乗り越えるようにゴブリンの特殊個体がレリアーノ達の前に現れた。
「ギャオォォォ!」
手には巨大な斧を持っており、本当にゴブリンかと言いたげな大きさであり、歴戦の戦士だと見るからに分かった。特殊個体を見たルクアが忌々しそうな顔をしながら全力で舌打ちをする。
「ゴブリンジェネラルよ! 残り2体の特殊個体はゴブリンリーダー! エルフの村を滅ぼすと言われている厄介な個体よ」
ルクアの叫び声に近い報告に、ユリアーヌは目の前のゴブリンを斬り倒しながら頭の中には撤退の2文字しか浮かばないのであった。




