レリアーノは訓練を始める。
「いいか。剣を振る時は体の中心線である正中線を意識するんだ。そこがブレると単なる力任せの攻撃になり、単調になってしまう。それと剣の重さを利用するのはいいが振り回されるな! 足さばきが疎かになっているぞ。そんな動きで長時間は戦えないと思え。身体強化が切れても継続して戦えるように最小限の動きを身体に叩き込んで覚えさせろ」
「はい!」
ユリアーヌの叱責が訓練場に響き渡る。レリアーノが素振りをする都度、ユリアーヌから指摘が入る。素振り自体はゆっくりするように言われていたが、指摘事項に意識を集中させながら剣を振るっていると、短時間にもかかわらずレリアーノの全身には汗が滝のように流れていた。
レリアーノが素振りで使っている剣は、ユリアーヌが冒険者として使っているバスタードソードであり、使い慣れない重さの上に、普段よりも長く扱いづらい状態であった。そんな戸惑っているレリアーノに、ユリアーヌは練習では普段の剣だけで訓練をしないようにと伝える。
「いいか。いつも愛用の剣が使えるなんて思うなよ。どんな武器でも戦えるのが冒険者だ。これに慣れたら大剣を使って素振りだぞ」
「……。はい!」
ユリアーヌの言葉に返事をしたレリアーノが再び素振りを始める。その隣ではシャルがルイーゼ相手に模擬戦をしており、一所懸命に剣を振っているシャルの表情を見ながらルイーゼが微笑みを浮かべて対応をしていた。
「うーわー。やられーたー」
「やった! ルイーゼお姉ちゃん大丈夫? 痛くなかった?」
倒れたルイーゼに嬉しそうにしていたシャルだったが、急に心配そうな顔になるとルイーゼに近付く。そして剣が当たった場所をさすり始めた。そんな怪我を心配してくるシャルをルイーゼが抱きしめる。
ちなみにシャルが使っている剣は、マリウスが大賢者の名にふさわしく、シャル専用にと人生で得た英知を惜しみなく注いで作っており、最高の素材で剣を作り属性付与をし、相手にダメージを与えない仕様となっていた。
「大丈夫よー。お姉ちゃんの心配をしてくれるなんて嬉しいわ。でも、シャルちゃんが使ってる剣は怪我をしないように、お爺ちゃんが作ってくれた特別な剣なの。だから大丈夫よ。でもそれ以外の剣は危ないから気を付けないとダメよ?」
「この剣なら怪我しないの? じゃあ、もう一回、模擬戦したい!」
「いいわよ。今度は負けないわよー」
レリアーノが素振りをしている横で楽しそうにしている2人。それを微笑ましそうに眺めているルクア。しかし、その眼は商人の目にもなっており、シャルとルイーゼの剣に釘付けになっていた。
「シャルちゃんとルイーゼが使っている剣は商品になるんじゃない? 私の商人の勘が訴えかけてくる」
どれだけ打ち合っても怪我をしない剣。冒険者ギルドに販売できれば、普段の訓練でも実戦さながらに出来、回復要員も準備しなくて済む。そんな皮算用をしていたルクアだったが、やってきたマリウスに目を輝かせて原価を確認すると仰天した表情になった。
「あの剣? あれは剣にミスリルを薄く塗ってから属性付与をしておる。金額にすれば金貨25枚くらいはかかるかのう」
「子供のおもちゃになにをしているのよ! それにミスリルを使っているですって!?」
何気ない感じで作り方を説明してきたマリウスに、ルクアの顔に怒気が浮かぶ。それはそのはずであり、ミスリルはこの世界でも貴重な金属であって、武器や防具として持っている者は貴族階級にしかいないと言われていた。
「ほっほっほ。どうせ『売れれば儲かる』と思っておったんじゃろう。甘い甘い。そんな安物をシャルちゃんに渡すわけがなかろうが。怪我でもしたらどうするのじゃ」
「やりすぎなのよ! そんな高価な物を与えられているとレーナさんが聞いたら卒倒するわよ!」
「ほっほっほ。その顔が見たかったわい。いい顔をしておる。どうじゃ商売にならんと分かった気分は?」
なぜかしてやったりと笑っているマリウスを見てルクアが叫ぶ。2人のやり取りに何事かと、練習が終わったレリアーノがやって来て確認をする。マリウスとルクアそれぞれから詳細を聞いたレリアーノと、一緒に居たユリアーヌは呆れた表情を浮かべた。
「爺ちゃん。ルクアをからかうのが目的だろう? たしかにあの剣はやりすぎだよ」
「金貨25枚……。俺が使っている剣っていくらだったっけ?」
「レリアーノには杖があるでしょ! 爺さん。レリアーノが凹んでいるじゃない。責任取りなさいよ」
なにが責任なのか? そう言いたげなマリウスだったが、レリアーノの事を気に入っており、旅立つ日には餞別を用意すると伝えて慰める。大賢者マリウスからの贈り物をゲットできると、なぜかレリアーノよりもルクアの方がテンション高くなっていた。
◇□◇□◇□
「どうだレリアーノ。実践訓練として魔物退治にいかないか?」
1週間どころか半月ほど滞在を続けているレリアーノに、ユリアーヌが声を掛けてきた。予定ではすでに旅に出ているはずだったが、シャルの泣き顔での懇願と、マリウスとユリアーヌからまだまだ修行が足りないと言われていた。
ルクアも無料で構わないと言われ出発を決めかねており、レリアーノの修業が終わっていないと言いながら滞在を続けていた。
「魔物退治をできるレベルになってきたのか?」
「ああ。そろそろ剣の流れもスムーズになってきている。俺との模擬戦も長時間耐えられるようになってきた。そろそろ修了試験をしてもいいだろう。爺ちゃんの試験は別にあるらしいけどな」
ユリアーヌの言葉にレリアーノの目が輝く。翌日には出発だと聞かされたレリアーノは、久々の冒険に準備を整える。ルクアもいつでも出発が出来るように食料品の買い出しを始める。
急に慌ただしくなる2人に、シャルは寂しそうにしながら眺めていた。




