レリアーノはスキルの鱗片を見せる
ユリアーヌに引っ張るように連れられ練習場にやってきたレリアーノ。彼たちの後には、ルクアやゲールハルトの他にマリウスやルイーゼやシャルも付いてきていた。シャルの母親であるレーナは散らかっている屋敷をみて、猛烈にやる気になったようで、さっそく掃除を始めており、この場には居なかった。
「準備運動はいるか? 俺はいつでも大丈夫だぞ。おっと、それと俺にも敬語は不要だからな。貴族と言っても冒険者の方に比重を置いている」
「分かったよ。それで『実力を見る』と言ったけど、俺はまだスキルを使いこなせてないぞ。実力を見るとしても何も分からないと思うけど?」
練習場に置かれている木剣を軽く振りながらユリアーヌが話しかけてきた。敬語を使わなくてもいいとの言葉はありがたかったが、自分のスキルである拡散収縮魔法をまだ掴み切れておらず、マリウスに師事しながら練習をしているが、基礎部分を習得したのみでありスムーズに使いこなすには、まだまだ時間が掛かりそうであった。
そんな表情を見てユリアーヌはしばらく考えていたが、まずは冒険者としての実力を見たいと伝えてくる。そして木剣をレリアーノに向けて放り投げると闊達に笑った。
「まずは剣技から見せてもらおうかな。レリアーノはギルドで戦士で登録しているんだろう?」
「ああ、分かった。魔法は無しで剣技だけで勝負だな」
ユリアーヌの提案にレリアーノは頷くと、木剣の重さを確認しながら、何度も軽く素振りを行う。いつも持っている剣と変わらない長さであり、軽さを意識しながら振れば問題なく使えそうであった。そしてレリアーノは間合いの外で気楽な感じで木剣を持っているユリアーヌに視線を向ける。
「準備はいいか? 初手は譲ってやるよ。こう見えても高ランク冒険者だからな遠慮はいらないぞ」
ユリアーヌの言葉にレリアーノは無言で頷く。自負するだけあり、ユリアーヌの構えは無造作に見えても隙はなく、どこに打ち込んでも防御されるようにしか感じなかった。少しずつ間合いを詰めながら、剣先を刺突する態勢にするレリアーノ。
「ほう。構えは一人前だな。その間合いから突きが届くのか? あと2歩は前に出ないと勢いが乗らないぞ」
「だぁぁ!」
揺さぶるように告げられるユリアーヌの言葉に、焦ったレリアーノが大きく踏み込んで突きを放つ。その踏み込みで一気に間合いを詰めたつもりのユリアーヌだったが、全く剣先がユリアーヌに届いていないことに気付かされる。
「こんな簡単な揺さぶりに乗るなんてまだまだ甘いな。ほらよ」
「うわぁ!」
ユリアーヌは伸びきった姿勢で次の動作に移れないレリアーノの剣を掴んで全力で引っ張る。まさか剣を掴まれた上に引っ張られるとは思わず、完全に態勢を崩したレリアーノの右腕を狙って剣が振り下ろされた。
引っ張られた勢いはそれほどではなかったが、そのままでは何もできないと判断したユリアーヌは全力で前方に転がると、勢いを利用して立ち上がり剣を構えた。
「ふーん。まあ、動作が大きいが及第点かな。次は俺から攻撃するぞ。しっかりと防御しろよ。一瞬の油断が命取りだぞ」
そう笑いながらユリアーヌがゆったりとした足取りでレリアーノに無造作に近付く。そして剣を上段から一気に振り下ろした。
「そんな大技!」
「甘いな!」
大きく後ろ飛びになったレリアーノの態勢が若干崩れる。そんな隙を見逃すユリアーヌではなく、振り下ろした剣を手首の返しだけで救い上げるように振り上げる。その狙いはレリアーノの木剣であり、勢いを増した剣筋に耐えられずに弾き飛ばされてしまった。
「ほい。これで終了だな」
「参りました。もう少し打ち合いが出来ると思ったんだけどな」
しびれている手を振りながらレリアーノが降参をする。いくら村で剣を振っていたとはいえ、高ランク冒険者であるユリアーヌ相手には通用しなかった。そして痺れを取るように手を振っているレリアーノに、マリウスが近付いてくる。
「我が弟子よ。負けるとは不甲斐ない」
「いや、爺さんの弟子になったつもりはないよ。色々と教えてもらって感謝はしてるけど」
「つれないのー。大賢者マリウスが望んでおるのだぞ? すこしは儂を喜ばせてもいいと思うんじゃ」
そう言いながらすねた表情を浮かべていたマリウスだったが、真剣な表情でレリアーノを見ると、口調も真剣みを帯びた話し方になる。
「なぜ拡散収縮魔法を使わん?」
「だってあれはまだ戦闘で使えるレベルじゃないだろう? 発動させるのも時間が掛かるし」
先ほどまでのおどけた表情ではなく、大賢者の威厳を感じる立ち振る舞いに気圧されながらレリアーノが答える。そんな様子を見ていたユリアーヌが剣を肩に乗せて眺めていた。
「なに? なにか奥の手を使おうとしているのか? 時間が掛かるなら待ってやるぞ。実践に近い模擬戦闘で、どこまで使えるか確認したくないか?」
「ほりゃ。孫もそう言っておろうが。身体強化を全体に掛けた後に腕と脚に収縮させた身体強化を重ね掛けしてみい」
ユリアーヌを見ながら、マリウスが細かく指導をしていく。まだ魔力の扱いが上手く出来ないレリアーノは、時間を使いながら身体強化をマリウスの言われる通りに掛けていく。今のレリアーノの実力では使用時間を延ばそうとすると、強化具合が弱まるようで、何度かマリウスに確認しながら調整していく。
「そんなもんじゃろうな。待たせたなユリアーヌ。レリアーノの準備が整ったわい。5分ほどは戦えるじゃろう」
「ふーん。身体強化を掛けただけにしか見えないけどなー。でも爺ちゃんが太鼓判を押すくらいだから少しは楽しめるんだろうな。よし! 第2回戦といこうかレリアーノ!」
見た目はそれほど変わっておらず、最初は肩透かしを受けた気分になっていたユリアーヌ。剣を構える姿も先ほどと変わらず、同じように突きを初撃に持ってくる姿に残念そうな表情を浮かべていた。
「いくぞ!」
「なっ!」
先ほどと変わらぬ足さばきにしか見えなかった。身体強化を施されたとしても、たいして底上げはされていないはずであり、それを見越した動きをするユリアーヌだったが、別人のような速さで迫ってくるレリアーノに驚きながらも身体をひねって突きをかわすと驚愕した表情を浮かべた。