レリアーノは領主の館に滞在する
「では、しばらくは試用期間を設ける。それまでの働き具合を考えて正式採用するかどうかを決める。それでよいな? もし、そちらから辞めたい場合はいつでも言ってくれていい」
「辞めたいなど申しません。旦那様のご期待に応えられるように頑張ります」
応接室に移動した一同は自己紹介から始まり、マリウスがなぜ馬車に乗っていたかを改めて確認し、その自由奔放さにゲールハルトが頭を抱える一幕もあったが、採用にあたっての条件をゲールハルトが伝える。領主自ら採用にかかわってくるとは思っていなかったシャルの母親は、緊張しながらもやる気に満ちた表情で頷く。
面接が行われている隣では、仲良くなったシャルとルイーゼが楽しそうに話をしていた。姉のように慕ってくるシャルに末娘のルイーゼもまんざらではなく、楽しそうな表情を浮かべて姉として振る舞う。そんな2人を、妹を取られた気分になっているレリアーノが面白くなさそうな顔で見ていた。その横ではルクアが含み笑いをしつつ、問題なく出発できるでしょと伝えてきたので渋々としながら頷く。
「また、こっちにくればいいじゃない。好きに行動できるのが冒険者の強みでしょ?」
「まあ、そうだよな。シャルに旅立つと簡単に言ったけど、寂しそうにしていたシャルの気持ちが少し分かったよ」
楽しそうにしているシャルを見ながら、出発までは一緒の時間を多めに取ろうとレリアーノは決めるのだった。そんな中、マリウスがゲールハルトに問いかける。
「そういえば、ユリアーヌはどこにいっておる? 王都に来ておらんのだから、こっちで勉強をしておるのじゃろう? あやつもみんなに紹介したいのじゃが?」
「い、いやー。はっはっは。父さんと同じで活発なのはいいことですねー。今日はどこに行ったかなー。そういえば3日ほど見てない気もしますねー」
「なんじゃ? まさか冒険者として登録しておるのか?」
マリウスの言葉に、ゲールハルトが額に汗を浮かべながら再び下手くそな口笛を吹く。相変わらずの誤魔化し下手の息子にマリウスが額に手を当ててため息を吐いた。
「話を逸らすのが相変わらず下手じゃのー。それでユリアーヌはどこに行って――」
マリウスがゲートハルトに問い掛けようとすると盛大に扉が開いた。そして熊の魔物を担いだ少年が勢いよく、返り血で血まみれ状態のまま入ってきた。
「親父ー。今度は森の魔物を倒してきたぞー。今日は熊鍋だな」
「ユリアーヌ! またお前は魔物を客室に持ってくるなと言ってるだろうが。いや、屋敷に持って入るんじゃない。そのせいでメイドや執事がすぐに辞めるのだ!」
父親であるゲールハルトから叱責を受けているユリアーヌは、きょとんとした顔になる。
「え? 領地の為に戦ったぞ?」
「それはいいことだ。だが、倒した魔物を屋敷まで持って帰ってくるな! お前は獲物を捕らえて褒めて欲しいネコか!」
ゲールハルトが頭を抱えながら嘆息している横で、レリアーノとルクアは思ってもいない行動をしているユリアーヌを呆然と見ていた。そしてルクアが小声で話しかける。
「ねえ。爺さんの家族ってみんな変わってるわね」
「なにを言うか! 儂は普通じゃろうが」
「「 いや、それはない 」」
小声だが、マリウスの耳には届いたようで、心外と言わんばかりの表情で怒るマリウスに、レリアーノとルクアが全力で否定した。そんなやり取りの中、血まみれの魔物を見てシャルは大声で泣きだし、シャルが泣いたことでルイーゼは激怒してユリアーヌの襟首を掴み、シャルの母親は気絶してゲールハルトに抱きかかえられるのだった。
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「失礼しました。旦那様。大きなことを言っておきながら気絶するなんて……」
「いや。お前は悪くないぞ。悪いのは息子のユリアーヌだ。むしろ、今のを見て逃げ出さないのは凄い事だから誇りなさい」
シャルの母親が真っ赤な顔になって謝罪をしていた。ゲールハルトは苦笑しながら、気にする必要はないと伝える。そしてユリアーヌはルイーゼとマリウスに叱責されて、しょげながら風呂場で返り血を流していた。
「それで父さんが弟子にしたいと言っているレリアーノ君だったよね?」
「はい。俺がレリアーノです」
ゲールハルトにじっと見つめれたレリアーノは居心地が悪そうであった。そんな態度が丸分かりのレリアーノを見ながら、ゲールハルトは探るような視線を投げ続ける。見た目は普通の少年である。特に剣技の才能があるようには見えず、魔力も飛びぬけて高いようには見えない。
身のこなしも普通であり、斥候ができるとは思えず、話し方からしても平民であることは明確であった。そんな普通の男の子に、大賢者と呼ばれる父が弟子にしたいと宣言しているのである。ゲールハルトは興味津々の視線を向けながら話しかける。
「父が大賢者マリウスだと知って近付いたのかい?」
「ええええ! 大賢者マリウス! あの大賢者マリウス!? まさか爺さんが? 嘘だろ……」
「ほっほっほ。言っておらんかったかのー。それにしても単なるイケメン爺さんが、おぬしの事を指導出来ると思っておったのか?」
ゲールハルトの言葉に仰天した表情になったレリアーノが、勢いよくマリウスに視線を向ける。そんな顎が外れそうなほど口を開けているレリアーノを見て、楽しそうに笑いながらマリウスは答えるのだった。