レリアーノは屋敷に入る
「うわぁぁぁぁ。おじいちゃんのお家大きいねー」
キラキラとした目で回りを見渡しながらシャルが大歓声を上げていた。外見にふさわしく内装も豪華絢爛であり、大きなシャンデリアや飾られている装飾品は一級品であった。
「これを売れば数年は遊んで暮らせるわね」
「おい、ルクア。商人の目になっているぞ」
無邪気なシャルとは違うキラキラと欲望むき出しの目で周囲を見渡しているルクアに、レリアーノが苦笑しながらツッコみを入れる。その隣でマリウスは内装の豪華さに緊張しているシャルの母親を見て話しかけた。
「お嬢さんは、もっとリラックスしなさい」
「い、いえ。マリウス様。そうはおっしゃいますが……」
「おじい様!」
マリウスがシャルの母親に優しく言葉を掛けていると、2階から女性が顔を覗かせた。年の頃は15,6歳ほどであり、貴族令嬢に相応しいドレス姿であった。金髪の髪は軽くウェーブがかかり、活発そうな瞳には祖父と会えた喜びが浮かんでいた。
そしておもむろに2階の手すりを乗り越えると、マリウスに向かって飛び降りた。レリアーノ達は驚きの表情を浮かべていたが、マリウスは微笑みながら軽く受け止めると、抱き上げて満面の笑みになる。
「おお。ルイーゼ。大きくなったのー」
「もう! おじい様。そこは淑女になったですわ!」
いや、淑女は2階から飛び降りたりしない。とレリアーノとルクアが呆然としながらもツッコみを入れていたが、シャルは今日一番の輝いた目で今のルイーゼの行動を見た。
「お姉ちゃん、格好いい!」
「なんですの? この子は?」
万歳をする感じで両手を天に突き上げ、ルイーゼとマリウスの周りをぐるぐると回ってテンション高くなっているシャルを見て、ルイーゼがマリウスに問いかける。
マリウスから馬車の中で出会った事。レリアーノとルクアは冒険者であり、有望なので弟子にしたこと。シャル母娘については、ここでメイドとして雇う予定であると伝えられた。
「ふーん。この方が新しいメイドですか。この屋敷はかなり広く、貴重な品も多いですわ。貴族のメイドになるには一定の知識と教養が……痛いですわ! おじい様、なにを?」
「メイドが欲しいと言ったのはルイーゼじゃろうが。いくら相手の事を考えての発言とは言え、もっと言葉を選んで伝えんか。ほれ見ろ。お嬢さんが完全に委縮してしまっておるじゃろうが」
「え? そ、その。べ、別にあなたのレベルが低いと言っているわけではありませんわ! ちょっと心配になったからであって……。ああ、もう! ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないの。最近は雇ったメイドはすぐに辞めてしまうので――」
涙目になっているシャルの母親を見て、ルイーゼが慌てる。そしてマリウスの腕から降りると、わたわたとしながら慰め始めた。シャルは母親が泣いているのを見て、ルイーゼと母親の間に立つと両手を横に広げてルイーゼをにらみつけた。
「お姉ちゃん! お母さんをいじめたら駄目!」
「ご、ごめんなさい。お母さんをいじめているんじゃないのよ」
シャルにまで怒られたルイーゼが、さすがに落ち込んでいる。そんな様子を置いてけぼりな状態で見せられているレリアーノとルクアは、何とはなしに顔を見合わせるとため息を吐いた。
「なあ。俺たちはなにかした方がいいのか?」
「やめときなさい。シャルちゃんに任せたらいいと思うわ。ルイーゼって子もシャルちゃんに怒られることで救われているようよ」
シャルが怒っているのを母親がなんとか宥めようとしたが、マリウスに止められる。ルイーゼもシャルに怒られているのを黙って聞きながら、最後には謝罪を入れる。
「じゃあ、お姉ちゃんはお母さんにごめんなさいして」
「ごめんなさい」
「いいいのです! 私の事を心配しておっしゃってくださっているのは分かりましたから。マリウス様のご期待に応えるようにがんばります」
シャルに促され素直に謝罪をするルイーゼにシャルの母親が慌てる。街の領主の娘に謝罪をされて平静にはなれず困惑していると、ルクアがツッコみを入れる。
「もう、いい加減にしてよね。いつまで謝罪をしあっているのよ。彼女の働き方を見て、雇用を継続をするかを考えればいいじゃない。爺さんも早く私たちを案内しなさいよ。お腹が減ったわ」
「お、おい。ルクア。そんな言い方は……」
貴族相手に啖呵を切ったルクアに、シャルなら子供で許されるかもしれないが、見た目微妙な子供のルクアには許されないと感じたレリアーノが思わずとめる。
「ちょっと。失礼なことを考えてるでしょ! 誰がシャルと同じ子供よ!」
「えっ!?」
レリアーノとルクアがやり取りをしている中、ルクアが吠える。声に出していない状況だったが、顔には出ていたようでレリアーノを睨みつけていたルクアだったが、シャルに視線を向けると笑顔になる。
「みんな仲良くなったから大丈夫よ。お姉さんに任せなさい!」
「ありがとう! みんな仲良しが一番だよね」
ルクアの言葉に一同を見渡したシャルに全員が大きく頷く。そんな全員の表情を見て、シャルは嬉しそうにするのだった。
◇□◇□◇□
「なあ、父さん。本当に彼女をメイドとして雇うのか? いつもみたいに逃げ出されるんじゃないのか?」
ドタバタ劇が終了したのを見計らったように、マリウスの息子であり領主でもあるゲールハルトがやってきた。
「おお。やっと来たか。早く飯の準備をせんか。メイドがおらん間は誰が料理をしておったんじゃ?」
「い、いや。誰も」
マリウスの言葉に、ゲールハルトが答える。そして沈黙が訪れる。じゃあ、いったい誰が料理をしているのか? そんな疑問に、ルイーゼがバツが悪そうに顔を背けながら答えた。
「近所の食堂か屋台に買いに行ってるけど?」
「え? 領主なのに?」
「ええ。りょうしゅなのにですわ。ほんとうにどうにかしてほしいですわ」
ルイーゼの棒読みジト目を受けて、ゲールハルトは思わず視線を逸らして口笛を吹くのだった。