レリアーノは出発する
レリアーノが作ったスープは大好評であった。料金を支払っているので、量が少ない場合や味が薄いならば文句を言おうと思っていた者もいたのだが、量は腹一杯になるほどではないが、満足できる量が注がれており、野菜を煮込む事でしっかりとした濃厚な味になっていた。
自分たちの用意していた保存食と合わせて食べ、スープで身体も温まった一同は感謝の印としてレリアーノ達の野営を片づけたり、皿洗いや馬車への荷物積み込みなどを手伝ってくれた。手伝いながら感謝の言葉を伝えてくる一同に、レリアーノは照れ臭そうにしながらも笑顔で答える。
「ありがとうな。手伝てもらって助かったよ」
「こっちこそ感謝しているよ。次に会った時は一杯奢らせてくれ!」
「ああ。その時は頼むよ。その時はルクアも一緒にだぞ」
レリアーノと話をし感謝の言葉を伝えていた御者の一人が、笑みを浮かべながら次に街で会った際に飲みに行こうと伝えてきた。ルクアも一緒ならとのレリアーノの言葉に御者は苦笑を浮かべながら、昨日と今日とでやり取りをしたルクアを思い出す。
「ああ。あの、おっかない商人のお嬢ちゃんだろ? あの時の剣幕と言ったら――」
「言ったらなに?」
啖呵を切った昨日とスープ代金をむしり取った今日で、商人としての手腕を見せつけられた御者が、レリアーノにルクアの恐ろしさを伝えようとしたが途中で遮られる。御者がぎこちなく首を動かして声がする方を向くと、そこには満面の笑みを浮かべたルクアが仁王立ちになっていた。
「げっ! なんでもねえよ。じゃあな、レリアーノ。お前さんのスープは本当に美味しかったぜ! また機会があれば作ってくれよな! お礼に夜の店を紹介してやるよ。じゃあな。おーい。そろそろ出発するぞー」
「ちょっ! レリアーノになにを教えようとしているのよ! 待ちなさいよ!」
慌ただしくレリアーノと握手をし、ルクアには軽く手を振って別れを告げる。そして御者は勢いよく馬車に向かって走っていった。露骨に逃げた御者に、ルクアは怒りながら声を掛けたが、一目散に逃げた業者の後姿を見ながら軽くため息を吐くとレリアーノに話しかけた。
「あいつの顔は覚えたからね」
「なにを言っておるんじゃ。大した事は言っておらんだろう。大体、おぬしが御者から銀貨1枚も取るからじゃ。あれはやりすぎじゃ」
「なによ! 爺さんも『もっとやれ』と言ったじゃない」
近くで母娘と話をしていたマリウスが騒動に気付いて呆れ顔でやってきた。そんなマリウス背中には少女が楽しそうにしがみついており、線の細い老人が支えられるのかと心配になったが、さすがは大賢者であり、身体強化魔法を使ってしっかりと支えていた。
その様子は孫と楽しそうに遊んでいる老人に見えた。2人の側には母親が微笑ましそうに立って見ており、なにか良いことがあったのか最初に会ったころよりも明るい顔になっていた。
「俺たちも出発するぞ」
準備が整った御者が声を掛けてきた。レリアーノは自分の装備を確認すると荷馬車に乗り込んだ。それに続いてルクアやマリウスやシャル母娘、その他の乗客も乗る。
全員が乗ったのを確認した御者は、馬に鞭をいれてゆっくりと馬車を進ませた。
◇□◇□◇□
「リア兄ちゃん! 街が見えてきたよ!」
すっかり仲良くなったシャルが目を輝かせてレリアーノに話しかける。最初の頃が嘘のようにシャルは明るくなっており、母親が明るくなっているのも関係しているようでった。
「ごめんなさいね。シャルが懐いちゃって」
「いいよ。俺も田舎の妹分を思い出したよ。それにしても良かったね。爺さんが2人の面倒を見てくれるんだろ?」
申し訳なさそうにしながらも、微笑みながら話してくる母親にレリアーノも笑いながら話しかける。どうやらシャル達は父親と死別したことで、親せきが居る街に移動する途中との事だった。
ただ、親せきを頼ったとしても、仕事まで見つかるとは限らず、この世界において住むところは提供しても衣食の面倒まで見る親せきなどおらず、仕事が見つからなければ、いずれは追い出されるはずであった。
「本当にマリウス様には感謝の言葉しか出てきません」
「気にしなくていいんじゃよ。儂はこう見てもナイスガイじゃからな。まあ、面倒を見さすのは儂の息子じゃがな」
「自分で『ナイスガイ』と言うやつは気持ち悪いわ」
ドヤ顔で話をしているマリウスにルクアがツッコみを入れる。しかし、その顔はマリウスの行動を称賛しているようで、単にからかっているのは明白であった。
「まあ、儂の息子がメイドを探しておったからのー。儂の屋敷に連れて行くも考えたんじゃが、あそこはお嬢さんやシャルちゃんには肩身の狭い思いをさせるかからやめといたのじゃ。人柄は色々と話を聞いて分かっておるから、息子のメイドをいちから探すよりは楽じゃったわい。シャルちゃんもいるから癒しになるじゃろうしの」
ほっほっほ。と笑いながらシャルとレリアーノのやり取りを眺めているマリウスの視線はどこまでも優しかった。そんなマリウスの横顔を見ながら、母親も同じように優しい眼差しで愛娘の表情を見ていた。
しばらく流れる風景と、馬車の中で楽しそうにしているレリアーノとシャルを見ていたマリウスだったが、唐突にルクアに話しかける。
「ところでルクア達はこれからダンジョンに向かうんじゃろ?」
「ええ。そうよ。レリアーノのスキルを鍛えないとね」
そんなルクアの言葉に、マリウスは頷きつつ懐から手紙を取り出すと手渡した。
「えらく厳重に封がされているじゃない。なにが書いてあるの?」
「ルクアが言っておったじゃろう。レリアーノはギルドから追放されたと。じゃから、坊主は信用できる人物であると大賢者マリウスの名で書いておいた。これで坊主が肩身の狭い思いをせんですむ。それと街に着いたら儂も冒険者ギルドグランドマスターに真相の調査をするように連絡を入れておこう。あの坊やが汚名を着せられたままなのは儂としても我慢ならんからの」
真剣な目で話をしているマリウスはレリアーノにスキルの使い方を説明していた好々爺ではなく、大賢者マリウスとしての威厳があった。
もうすぐプロローグが終わります