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聖女パンチ

 窓からのぞく光景はなかなかシュールだった。


 さっきまでわたしたちがいた建物に、なんか家みたいにめっちゃデカい蜘蛛がはりついていた。仔牛くらいはありそうなぶっとい爪をがっしがっし壁に突き立ててすごい勢いで壁を登っている。衛兵ががんばってクロスボウとか撃ってるけど全然きいていない。


 そのかたわらには青白い顔の、黒いローブをまとった男が浮かんでいた。背中には巨大なコウモリの翼が広がっている。


 魔族だ。

 魔王の手先にして人類の敵。

 わたしたちが討つべき悪鬼。


 そして、わたしがいる建物の下、中庭では山羊の頭をした魔族と騎士たちが戦っていた。


 あちこちから聞こえる金属のきしむ音、怒号、悲鳴、爆裂音。

 ヴァリス城は今、魔族の攻撃を受けていた。


 この少し前――

 出発の時間になってもノーマンは戻ってこなかった。


 あいつ……。

 とは思ったが、ノーマンの心中を察して何も言わなかった。迎えにきた騎士に今日は出発を見合わせると言って部屋で待った。


 そうやって部屋で待っていると――

 なにやら外が騒がしい。


 なんだろう?

 と思っていたら、ドアがどんどんと強く叩かれた。そして、切迫した声が続く。


『勇者さま! 聖女さま! いらっしゃいますか!』


 わたしは何事かと思いドアを開けた。


「ノーマンはいませんけど……なんでしょうか?」

「シスター! て、敵襲です! 魔族が攻めてきました!」


 わたしは息を呑み、蒼白な顔の騎士を押しのけて廊下に飛び出た。

 窓から見た光景が――

 建物に張り付いた巨大な蜘蛛の姿だった。


「まずい……」


 わたしは唇を噛んだ。

 魔族の狙いは明白――クラウディア姫さまだ。


 あの蜘蛛が張り付いている建物は王族専用。謁見の間も姫さまの執務室もあちらになる。

 それだけなら姫さま狙いとは特定できないのだが――

 問題は蜘蛛が進んでいる方角だ。


『わたしも昼から大聖堂にこもって皆様の無事をお祈りします』


 そう姫さまは言っていた。


 そして、大聖堂の場所も。

 蜘蛛が進んでいる場所はちょうど姫さまの言っていた場所――大聖堂だ。


「姫さまはお逃げになられたのですか!?」

「い、いえそれが――大聖堂の門は現在魔法で鍵がかけられていて誰も状況をお伝えできないのです!」


 ――!

 鍵。その通りだ。確かに姫さまはそう言っていた。


 つまり、姫さまを助け出すにはあの魔族たちを排除する以外に方法はない。

 姫さまをやられるわけにはいかない。

 現国王が病気で動けない今、この国を支えているのはあの姫さまなのだ。彼女に何かあれば――

 それはこの国の瓦解を意味する。


 いや、それだけではなくて――

 単純にわたしは姫さまに人として好意を持っていた。だから、死なせるわけにいかないのだ。


 ああ、もう、ノーマン!

 どこいったのよ!

 今あなたの力が必要だというのに!


 失恋ごときで女々しく落ち込んでる場合じゃないでしょが!


 なんてわたしがいらいらしていると――


「わ、わあああああ!」


 わたしを呼びにきた騎士が悲鳴を上げた。

 何事かと騎士の視線の先を見ると、そこには壁をよじ登り、わたしたちがいる廊下に侵入しようとする山羊頭の魔族がいた。


 山羊の頭の下に屈強な男の身体、脚も腕も獣のような黒い毛で覆われている。

 田舎の孤児院で育ったわたしにモンスターの知識などほとんどないが、こいつは聖女になった後に受けた教会からのレクチャーで教えてもらっている。


 レッサーデーモン。


 魔族の中では下級に位置するが、それでも腐っても魔族。並の人間よりははるかに強く、普通の騎士や戦士が何人かがかりで戦ってようやく互角のレベルだ。

 わたしの横にいる騎士はひとりだけ。分が悪い。


 それでも――

 騎士は職業的な義務感だろうか、ひとりでわたしの前に立ちレッサーデーモンをにらんでいる。


 ずんずんと歩いてくるレッサーデーモン。


 騎士は気合いを入れて斬りかかるが――

 やはり種族ベースの性能差はいかんともしがたく、あっという間にたたき伏せられた。


 倒れた騎士がわたしに向かって叫ぶ。


「に……逃げてください! ここは自分が何とか!」

「傷ついた人を捨てて逃げたら――わたし聖女失格なんで」


 わたしは片膝をついて騎士の身体に手を当てた。

 苦痛にゆがんでいた騎士の表情が驚きに変わる。


 それはそうだろう。


 なぜなら――

 治したからだ。


 彼の生命力を数値で表現するのなら、今の一瞬で最大値まで回復している。


 そう、忘れてもらっちゃ困るが――

 わたしは聖女なのだ。


「レッサーデーモンごとき、ダースでもってきなさい!」


 わたしはレッサーデーモンの腹に渾身のこぶしを叩き込んだ。


 わたしの身体からは圧倒的な聖気が放たれている。

 それは下位の魔族であれば触れるだけで滅する、邪に対しての圧倒的な特攻能力を持つオーラだ。


 レッサーデーモンは断末魔の叫びを上げる間もなく、灰となって消滅した。


「す、すげえ……」


 騎士が目を丸くしてわたしを見た。

 ふふん。

 気分がいい。


「この聖女サーシャ、微力ながら参戦いたします」


 わたしの言葉に若い騎士の顔がぱっと明るくなる。

 状況は混沌としていた。やることは山積している。


 何をするべきか。


 だが――最初にするべきなのはわかっている。


 わたしはぱんと両手を胸の前で重ねた。ゆっくりと手を開くと白く輝く光球がそこに生まれる。


 わたしはその光球をぽんと中庭へと放った。

 そして、引き金となる言葉を発する。


聖なる封印(ホリス・キャスク)!」


 瞬間、光が弾けて――

 球体は一〇本の光の矢となって中庭に降り注いだ。狙いは中庭のあちこちに展開されている黒い穴。光の矢が打ち抜くと同時、穴はハンマーで叩かれたガラスのように砕け散った。


 あれはレッサーデーモンたちの出入り口だった。あれを叩かない限り、無限にレッサーデーモンがわき出てくる。

 普通の神官であれば一穴ずつ丁寧にふさいでいくのがやっとだが、聖女であるわたしならこれくらいへっちゃらである。


 どう?

 意外とすごいでしょ?


 そんな余裕しゃくしゃくの気分も長くは続かなかった。

 巨大蜘蛛の横に浮かんでいる青白い顔の魔族がじろりとわたしのほうを見た。


 あ、気づかれた。


 魔族の周りに黒いエネルギー体のようなものがぽんぽんぽんと七つくらい浮き上がる。

 うわー……あれ絶対直撃くらったらあかんやつや。


 わたしはそう直感して――

 後ろの騎士へと声をかけた。


「逃げるわよ!」


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