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玉砕

『姫さま。ノーマンさまがおいでになられました』

「ああ、ノーマンさま!」


 ぱっとクラウディアさまの表情が明るくなった。

 直感の当たったわたしはさらに心が沈んでいく。


 ま、まずい――

 だけど、手を打つ手段がない。


 姫さまは目の前にいる。姫さまの婚約者までいる。この状況でノーマンにこっそり耳打ちなどできるはずがない。

 こ、これは――

 詰みというやつではないか。


 だが、諦めてはならない。この絶体絶命の状況でも何かしら打つ手はあるものだ。わたしは必死に頭を働かせる。

 姫さまに加えて、その婚約者までいるのだ。


 この状況での玉砕は――厳しすぎる。


 別に振られるのは構わないが、振られ方というものがある。今の状況は天を呪うレベルで、ノーマンが何をしたああああ! と叫びたくなる。


 そんな状況で好きな男がうちひしがれる姿を見たくはない。


 ドアが開いた。


 果たしてドアの前に立っていたのは――

 多様な彩りが見事な、大きな花束を持ったノーマンだった。ノーマンはしっかりと姫さまを見つめている。


 その目はガチ。

 おおお、こいつやる気やぞ。

 そりゃそうだ……花束持ってきたもんなあ……。


 なかなか立派な花束だった。おそらくは城下を駆けずり回っていい感じの花屋を探して、あーでもないこーでもないと店員と話し合って作ったのだろう。


 花なんて興味のないノーマンがなあ……頑張ったなあ……。


「間に合ってよかったですね。お顔が見れて嬉しいです。ノーマン」


 ノーマンの表情が明るくなった。


「俺もです、姫さま!」


 おーい、勘違いするなー。それは普通の挨拶やぞー!

 ノーマンが部屋に入り、わたしの横に立った。ノーマンを見て姫さまが首をかしげる。


「まあ、素敵な花束ですね。どうしたのですか?」

「こ、これはですね――」


 そこで言葉を切り、ノーマンは意を決したかのように表情を引き締める。


「クラウディア姫さま!」


 やや緊張を含んだ声色だ。

 わたしはすぐに理解した。

 こいつ――勝負する気だ!


「俺はあなたのことがずっとヘヴォオッ!?」


 わたしのボディーブローがノーマンの脇腹に突き刺さった。


「ノーマン。順番」


 ドスのきいた声でそう言った。


「は、はい」


 ノーマンは大型犬を見る小型犬のような目でわたしを見た。心なしかぷるぷる震えている。

 この声はわたしが有無を言わせないときのサイン。

 この声のわたしに逆らってはいけない。一五年のつきあいでノーマンはそれがわかっている。


 そうわたしが教え込んだのだけど。


「姫さま!」


 わたしはばっとクラウディアさまに向き直った。


「ノーマンはミルヒスさまと面識がありません。紹介をしていただけないでしょうか?」

「そうですね」


 姫さまがミルヒスに手を向けた。


「こちらの方は王家とゆかりの深いアトレー公爵家のミルヒスさまです。わたしのフィアンセです」

「え……?」


 ノーマンの手から花束が――落ちる。


 それを読んでいたわたしが、つかんで落下を止める。


 ――この花束には、まだ役割がある。落とすわけにはいかない。


「フィ、フィアンセ?」

「はい」

「ミルヒスです。お会いできて嬉しいです」


 ミルヒスがノーマンに握手を求める。驚きから立ち直れないノーマンは無表情なままその手を握り返した。


「実は――」


 わたしは姫さまにノーマンの花束を差し出した。


「昨日わたしが姫さまにアトレーさまの話を聞いて――ノーマンにお祝いの花束を買ってこさせたのです。ノーマンには婚約の話をしていなかったので驚いたようですが。この花束はわたしたちからのささやかなお祝いと今までのお礼です」


 姫さまはほほ笑むと、わたしの花束を受け取った。そっと花のにおいをかぎ、表情を和ませた。


「ありがとうございます」

「それではわたしたちは行きますので! ほら、ノーマン挨拶!」

「はい! いってきます!」


 わたしたちはばたばたと退室した。

 ばたん。

 ドアを閉じた。

 しばらくすたすたと歩いてから、ぴたりと足を止める。


 はあ~~~~~~~~~~~~~。

 疲れた。


 しかし、やりきった。うまくごまかせたのではないだろうか。さすがだぞ、わたし。

 そう思って隣のノーマンを見たが。

 ノーマンは浮かない表情で突っ立っていた。

 まあ――そりゃそうだよな……。気合いを入れて告白に臨んだら、勝負する前に勝負は決していて――派手な空振りになってしまった。


 かといって、じゃあ、ノーマンが玉砕するのを見ているべきだったかというと、それは違うような気もするしな……。


「はは……」


 ノーマンが力なく笑った。彼にしては珍しい笑い方だった。


「そりゃまあ……いるよな、姫さまだもんな」

「そ、そりゃあいるよ!いるに決まってんじゃん! もー、そんなの当たり前じゃないの。気にしない気にしない! ね?」

「ま、そうだな……」


 ノーマンはふらっと歩き出した。


「ちょっとトイレ行って――頭冷やしてから戻る。先いっといて」

「うん……」


 そして、わたしはノーマンと別れて自室へと戻った。

 たかだか出会って数日の恋だ。たいした失恋でもないだろう――なんてわたしには言えない。


 ノーマンはいつだって真剣だ。嘘のつけない性格だから、いつだって本当の本気なのだ。

 だから。

 きっと姫さまへの恋も彼なりに真剣だったのだろう。

 ノーマンにもひとりになる時間が必要で、きっと落ち着く時間が必要だろう。


 そう思った。


 だが――

 結果的わたしはノーマンの首根っこを捕まえてでも部屋に連れ帰るべきだった。


 なぜなら。


 まもなく魔族の攻撃が始まり――

 そのときまだ、ノーマンは部屋に戻ってきていなかったからだ。


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