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俺、姫さまに告白するよ

「ノーマンさま、サーシャさま。予定の時間となりました。クラウディアさまの執務室までご足労願います」


 わたしが部屋のドアを開けると、メイドが恭しく頭を下げた。


「あ、はい。わかりました」

「おや、ノーマンさまは?」

「ノーマンはちょっと出かけておりまして……とりあえず、わたしだけ伺います。少しだけ待っていてください」


 わたしは営業用スマイルでにっこり笑ってドアを閉める。

 それから、胸の奥底から大きなため息をはき出した。


 この胸の重さはもちろん――ノーマンの書き置きのせいだ。


『今日出発だからさ、俺、姫さまに告白するよ。花束を用意してくるんでちょっと出てくる!』


 ノーマンはまだ帰ってきていない。


 まさかまさかまさかまさかまさか。

 あのバカ告白するなんて。


 ……確かにわたしたちは今日、城を離れる。


 姫さまとは今日でいったんさよならである。姫さまに最後の挨拶をするのは前から決まっていたわけで、その場で告白したいと考えていたのだろう。


 タイミングは完璧である。


 だけどお前、さすがに出会って数日でそれはないだろ……。


 てっきり魔王を倒してから凱旋時に言うのかと思っていた。

 別にもともと勝率ゼロなのだから勝手に告白して勝手に自爆していればいい。わたしは知らん。


 それでもいいのだが。


 問題はわたしが「姫さまに婚約者がいる」ことを知っている点だ。


 それを伝えずにノーマンが玉砕するのを見るのは――

 なんだか嫌なやつじゃないか。


 いやー……こんな速度で行動を起こすとは思ってなかったからねー……。おばちゃん気づいてやれなかったわー。若いっていいねーノーマンくん。


 何とかノーマンに姫さまに婚約者がいる件を伝えて、直接的な玉砕を防いでやりたいのだが。


 あいつ、どこいっとんねん!


 わたしは怒りでドアをぼこぼこ叩いた。


『シ、シスター?』


 ドア越しからメイドの怯えた声がした。


 あ、いけね。忘れてた。


「ちょ、ちょっと荷物が倒れちゃって……もう少々お待ちください、おほ、おほほほほほほ……」


 半トーン高いよそ行きの声でそう答えると、わたしは急いで支度をして部屋を出た。


 メイドの後ろを歩きながら、今度は曲がり角から花束を持ったノーマンが飛び出してくることを祈った。

 もうそれくらいしか伝えるチャンスはない。

 だが、ノーマンの姿はいっこうに現れない。


 なので、わたしは頭を切り換えた。

 もうあれだ。ノーマンが道に迷って帰ってこないことを祈ろう。あるいはメイドに会えなくて部屋待機。


 これだ。


 姫さまに会えなければ告白も諦めるだろう。

 頼む、来るなノーマン! 道に迷え! 気絶しろ!


 メイドが部屋のドアをノックした。


「サーシャさまをお連れいたしました」

『入ってください』


 姫さまの声。メイドがドアを開けた。


 姫さまはがっしりした造りの大きなデスクの前に腰掛けている。デスクには無数の書類が積み上げられていて彼女の多忙さを物語っていた。


 部屋には姫さまの他に――

 もうひとり男性がいた。執務室にあるソファに座り、にこやかな笑みを浮かべている。


 年の頃は二〇代前半だろうか。着ている服は見ただけでとても仕立てがよく、顔からは育ちの良さがにじみあふれている。まるで物語から切り取ってきた王子さまのような、わかりやすいイケメンだ。


 あー。ひょっとして、この人が――


「サーシャさま、よくぞおいでくださいました」


 姫さまが会釈する。


「あら、ノーマンさまは?」

「いやー、申し訳ありません! あのバカ、散歩に行くっていって道に迷ったのか帰ってこなくて! いやほら、城内広いですし!」


 わたしは早口でまくしたてた。


「姫さまをお待たせするわけにもいきませんから、わたしだけで来ました!」

「そうですか。ではノーマンさまにもよろしくお伝えください」

「は、はい! そ――」


 それでは! シュタッ! と手を上げて回れ右しようとしたが、その前に姫さまの声が割り込んだ。


「サーシャさま。ご紹介が遅れましたが――こちらの方がアトレー公爵家のミルヒスさまです」


 ソファに座っていたイケメンが立ち上がり、会釈した。


「ミルヒスです。お初にお目にかかれて光栄です。馬車を飛ばしてきたかいがありました」


 ミルヒスが柔和なほほ笑みを浮かべながら手を差し出した。


「聖女のサーシャです。こちらこそお会いできて光栄です」


 わたしもにっこり笑ってその手を握り返した。

 やはり、そうだったか――


「姫さまの婚約者さまですよね?」

「あれ? ご存じでしたか?」


 答えたのは姫さまだった。


「話の流れで――昨日わたしのほうからお伝えしました」

「おやおや。意外とおしゃべりなんだね、君は」

「いいではないですか。貴族たちの間では有名な話です。それとも内緒にされていたほうが浮き名が流しやすいですか?」

「何を言っているんだい。僕がどれほど君を愛しているか知っているくせに」

「どうでしたかね……。思い出すために、いただいた恋文をここで読んでみましょうか?」

「ややややめてくれ! 恥ずかしい!」

「そうでしたね。わたしも恥ずかしくなる内容でした」


 ……。

 うわー、むっちゃノロけてるやーん。

 もしもーし、わたしここにいますけどー。そういうのはふたりだけになってからしてくれませんかー?

 彼氏いない歴=年齢で三流ロマンス小説好きのインドア少女にはいろいろ毒なんですけどー。

 これで金持ち同士の美男美女。つけるけちもありやしない。これもう完全にリア充ですわ。


 爆発しねーかなー……こいつら。


 ノーマンくるなー、絶対にくるなー!

 もう一〇〇%どころか一〇〇〇%勝ち目ないから! ここで告白するとか、もうただの罰ゲームだから! あかーん!


 姫さまが口を開いた。


「サーシャさまは予定通り今日ご出立ですか?」

「はい。いよいよです」

「そうですか……旅の無事をお祈りします。何かありましたら遠慮なく連絡ください。必ずお力になりますから」

「ありがとうございます」

「わたしも昼から大聖堂にこもって皆様の無事をお祈りします」

「大聖堂?」

「王族専用のものがあるのです。この建物の一番上――ちょうどあのあたりですかね」


 姫さまがぴっと指をさす。もちろん、部屋の中なので見えないが。


「立派な大聖堂らしいよ。僕も入ったことがないけど」

「王族専用ですからね……。よほどのことがない限り、名門アトレー家のご子息でも入れません」

「一度くらいは見てみたいな」

「なら、わたしとの結婚式を楽しみにしておいてください」

「ああ、それはいいな。楽しみが増えたぞ」


 嬉しそうにミルヒスが笑顔を浮かべる。


 うおおおおお……。

 だーかーらーここでノロけるなと言っておろうにいいいいい!


 わたしは怒りのあまり聖女から大魔神に転職しそうになった。


 ここのちょっと桃色な空気がつらい。

 根暗なインドア少女にはつらい。

 わたしもこんな桃色空気を出せるのだろうか……いつの日かノーマンと一緒になれたら。


 うーん想像ができない。


「でもさ、クラウディアが祈っている姿も見てみたいから今日こっそり覗こうかな……」

「無理ですよ。魔法的にドアをロックして誰も入れなくします」

「え、そこまで僕を拒絶するのかい!?」

「違います。今回のお祈りは神聖な儀式ですから――厳粛に厳格に行うだけです。おふた方の、これからの無事を祈るわけですから」

「ありが――」


 とうございます、という言葉は最後まで言えなかった。


 こんこん。


 ノックが部屋に響いた。


 このタイミングの、ノック――わたしは嫌な予感しかしなかった。さーっと血の気が引き、心臓がびくりと痛む。


『姫さま。ノーマンさまがおいでになられました』


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