姫さまの恋愛事情
「ひょっとして……サーシャさまはノーマンさまが好きだったりしますか?」
「サーシャさまはノーマンさまが――え、は!?」
いきなりの質問にわたしは飛び上がりそうになった。
とととと……馬から落ちちゃう……。
いきなりの質問にわたしの心臓は針に刺されたように痛む。
「どどど、どういう意味ですか!?」
「そのままです。単純な好奇心ですよ」
楽しそうに姫さまが馬を操りながら笑う。
おおおお……。
意外とぶっ込んでくる人だなあ、姫さま。
答えはイエスなのだが。
問題はノーマンがクラウディア姫を好きだという事実だ。
ここでわたしが「はい! ノーマンが好きでーす。てへ」みたいな答えを返そうものなら、クラウディア姫がノーマンから告白を受けたときに遠慮する可能性がある。
そこは恋する乙女として牽制すべき!
遠慮なくいくのよ、サーシャ!
恋は先制攻撃よ!
となれるほど、わたしは自分本位ではない。ノーマンの気持ちを聞いてしまった以上、それなりの責任が発生する。
まあ――わたし的には万にひとつもノーマンが姫さまに選ばれる可能性はないと思っているのだけど……。
そんな様々な葛藤の末、わたしはこう答えた。
「ええ、もちろん好きですよ」
「あらまあ」
「――人間的に、という意味ですけどね」
「ふふ、そうなんですね」
いや待て……どうして姫さまはこんな質問をしたのだろうか。
ひょっとして――姫さまもノーマンに気があるのだろうか。そのために、ライバルの可能性があるわたしにジャブを放ったのだろうか。
いやいやいや……さすがに、ねえ?
こんなおきれいな人が――間違いなく彼女と結婚したい貴族がダース単位で存在する姫さまが――出会って間もない平民上がりに惚れちゃうなんてねえ?
いくら相手が勇者でもねえ?
ちょっとチョロインすぎない?
ねえ?
ねえねえ?
だが、これは好機である。こういう話の流れになったのだ。わたしにだって質問する権利はある。
しょーがない。
聞いてやりますよ。ノーマンにチャンスは絶対ないのか明らかにないのか。
「あの……姫さま」
「なんでしょう?」
「その、ノーマンのことなんですけど」
「はい」
あー、どう聞いたらいいんだろ。
さすがに「ノーマン好きですか?」とは聞きにくい。だって、普通なら好きなはずがないからだ。
「えーとですね。絵本あるじゃないですか。『勇者サウスの伝説』――知ってます?」
「ああ、有名ですよね。わたしも子供の頃よく読んでもらいました」
「あれのラストって姫さまと勇者サウスが結婚するじゃないですか」
「そうですね」
「そのー……姫さまと勇者が結婚するのって、王族からしてみたらあるとかないとか、なんて言うか、どう思います?」
一般論的な感じで攻めてみた。
「そうですね……」
姫さまは少し考えてから答えた。
「素敵なことだと思いますよ。憧れちゃいますね」
え!?
わたしは喉元から出そうになった言葉を呑み込んだ。まさか、そういう劇的なシチュエーションに好意的な人なのだろうか。
てことは、ちょっと待て。
ノーマンが告白したら、勢いでころっといっちゃう?
本当にチョロインなの?
「ノーマンさんも裏表がなさそうで、素敵ですよね」
おおおおおおお!?
えええええええ!?
ちょ、ちょ、待てよ!?
ここでわたしの初恋は散るのか!? 華と散るのか!?
なんて内心で吹き荒れた嵐におののいていたら。
「――でも残念ですけど、わたしは無理ですね」
「お、おお……」
正直に言おう。
このとき――わたしはすっごくほっとした。
「で、ですよねですよね! あんな体力バカで脳内バカ! お前にはメスゴリラがお似合いだよって感じですよね!?」
「いえいえ、ノーマンさんは素敵な人だと思うんですけど――」
姫さまは一拍おいてから言った。
「えーとですね。婚約者がいるんですよ、わたし」
「あ、ああ!」
ですよねー!
王族なのだ。愛があれば結婚できます! などという世界には住んでいない。その結婚には政治的な役割もある。婚約者くらいいてもおかしくないだろう。
「姫さまはそのお相手が――?」
「もちろん愛しています。わたしの場合はありがたいことに、とても素敵な人で。アトレー公爵家のミルヒスさまです」
「ああ……あの有名な」
アトレー公爵家はヴァリス王家最古の名家であり、最大の力を持つ貴族である。王家とのゆかりは深く――姫の婚約者としては最高級の格を持つ家だ。
家格も最高で。
姫さまも大好きな婚約者がいる。
ノーマンがつけいる隙など一ミリたりとも存在しない。
「おおおおお! こりゃいいぞおおおお!」
興奮の雄叫びをあげながらノーマンが馬を走らせている。
……知らないって幸せだなあ……。
いやまあ……もともと勝ち目のない恋だったのだけど。
ノーマンの恋は終わった。
そんなこんなで、日が傾く頃に乗馬訓練は終了した。
姫さまとの特訓のおかげか、危ないながらもわたしは馬に乗れるようになった。あとはおいおい慣れていけばいいだろう。
それはそれとして。
問題はノーマンの恋の行方についてである。
とりあえずノーマンにそれとなーく「姫さま婚約者いるってよ。ラブラブだってよ」と教えようと思った。
思ったが――
それほど急がなくてもいいかとも思っていた。別に今日明日ノーマンが告白するとも思えなかったし。
惚れた相手に意中の人がいるとわかればショックに違いない。
いたずらに傷つけるのも悪いので、旅に出てからノーマンが冷めた頃に「実はね……」と教えてあげようと考えた。
ただ、その考えが甘かったと――
わたしは翌朝知った。
部屋のテーブルに残されていたメモにはこう書いてあった。
『今日出発だからさ、俺、姫さまに告白するよ。花束を用意してくるんでちょっと出てくる!』
「まじかあああああああああああああああああああ!」
わたしは叫びつつ、メモを引き裂いた。