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聖女と姫の馬上DE恋バナ

 ヴィーガスさんは無精ひげを除けば王子さま然としたイケメンである。その後ろにわたしが、乗る?


 それはもう――

 青天の霹靂である。


 馬上は荒波に翻弄される小舟のごとくである(少なくともわたしの並以下バランスでは)。つまり、それに抗うには前に乗っている殿方の大きな背中に頼るほかなく。さらにつまり、腰に手を回してぴったりとすがりつく以外に方法はなく。

 さらにさらにつまり。


 それはもう、抱擁である。


 抱擁!


 0.1秒でその単語にたどり着き、頭の中身は沸騰した。


 別にイケメンに抱きつけてラッキーとかそういう意味ではない。

 そんなべったり抱きつくということは、つまり、わたしの胸の膨らみとかまでひっつくということで。


 こらそこ! ぺちゃぱいゆーな。


 もうこれは間違いなく純度一〇〇%の恥ずかしさだ。

 彼氏いない歴=年齢の、周りにはノーマンみたいなアホな雑草男子しかいなかったわたしにとって、こんなイケメンと一次接触するなんて展開はもうただただ心臓に悪いだけなのだ。


「は、はわ……」

「はわ?」


 わたしが思わず漏らした声に、ヴィーガスさんが首をかしげる。

 このイケメンは間違いなく親切心から言っている。女子とくっつけてラッキーなんてスケベ根性は一ミリもない。というか、たぶん女に不自由していないだろう(偏見)。

 それがわかるだけに対応が難しい。


 あくまでも善意。

 断れば、わたしはただの自意識過剰なイタイ女である。


 しかし、受け入れるには、勇気が少しばかり足りない。

 ああ、どうしよう……。

 などと思っていると。


「ヴィーガス。サーシャさまが困っているじゃない」


 姫さまが助け船を出してくれた。


「困っている?」

「聖女さまは自らを神に捧げた身。殿方とみだりに接触するわけには参りません。そうでしょう?」


 いやー、誤解ですぅ……。

 別に聖女も男に近づくことくらいできますぅ……。

 とは思ったものの、乗っかることにした。


「は、はい。握手くらいなら大丈夫なんですけど……」


 ついでに気恥ずかしそうにもじもじしておいた。


「ああ、これは失礼。気が利かなかったか」

「大丈夫ですよ、そうお気になさらず」


 にっこり返したが……うー、チャンスを逃したかな、と少しばかり後悔していたりもする。

 人生、やっぱり経験って必要だしなあ……。

 こんなしょーもないことにどきどきしているようでは、いい女にはなれないではないか。


「ただ、一緒に乗ってバランス感覚を養うというのは名案です。だから、わたしと一緒に乗りませんか?」

「ひ、姫さまと!?」


 わたしは素っ頓狂な声を上げた。

 それはそれで恐れ多い。


「わたしでも問題ありますか?」

「い、いえ、そんなことは……」

「ではやってみましょう」


 そうして。

 わたしはクラウディアさまと一緒に馬に乗ることになった。

 訓練の開始前に「わたしは上手ですよ」と言っていただけあって、姫さまは乗馬に長けていた。


「くっついていてください。手を離してはなりませんよ」

「は、はい!」


 わたしはぎゅっと姫さまにしがみつく。

 確かに姫さまの乗馬は上手で馬もわたしがひとりで乗ったときのように暴れたりしない。

 だが――わたしのバランス感覚の悪さを舐めないでもらいたい。


 そんな状況でも、わたしの上半身は大きく左右に揺れるのだ!

 これはわたし自身も驚いた。


 いやー……ここまで悪いか、わたしの運動神経。

 三文ロマンス小説の読み過ぎできっと神経が淀み腐ったのだろう。


 とはいえ。


 馬が落ち着いているぶんだけ、ひとりで乗るより明らかに姫さまの後ろに乗るほうが楽だった。

 この状態のうちに早く慣れないと……。

 わたしはじっと集中する。


「どうですか、サーシャさん?」

「はい。さっきよりはだいぶマシです」

「それはよかった。……そうだ。殿方であっても勇者さまの後ろに乗るのは大丈夫だったりしますか?」

「え? 勇者の? ま、まあ……」


 もともとそういう縛りはないのでわたしは半端にうなずく。


「そうですか。なら最悪ノーマンさまの後ろに乗って旅をする、というのでも大丈夫でしょうかね?」

「ぶほっ」


 わたしは息を吐き出した。

 ノ、ノーマンの後ろに乗る……?

 それはそれでさっきとは別の気恥ずかしさが自分の胸を圧迫した。

 何度も書いているが――わたしはノーマンが好きなのだ。


 そんな男と、くっつくことができる大義名分。


 ありやんけ!

 ありや! それは名案やで!

 と鼻息が荒くなってしまう。


 おっとこれは馬を乗りこなすわけにはいかねーちょいっと落馬しちゃおっかなー!

 という感じでノリノリにもなるが――そこは恥ずかしさもあり。


 くっつきたいけどくっつく勇気がない。


 もしも否応なく後ろに乗るときがきたら、絶対に「あたまがふっとーしちゃうよー!」になると思うんですけどね。僥倖僥倖って大興奮すると思うんですけどね。

 自分に選択肢がある状態で自分から行くってのはちょっと怖いと言いますか。キャラじゃないと言いますか。

 そんなもじもじとした感情が胸をざわつかせる。


 そら落馬!

 そら落馬!


 という心中からのかけ声にも素直になれない。

 ていうか、落馬も痛いしね。


「いやいやいや……どうなんでしょうねえ……」

「おふたりは一緒の孤児院の出身とききました。長いんですか?」

「はい。おぎゃーおぎゃー泣いていた時期から一緒なんですよ。一五年ですかね」

「まあ、そんなに。それはすごいですね。仲がいいのも当然ですね」

「仲がいいんですかねー……ただの腐れ縁ですよ」


 少し照れまじりにわたしは答える。


「そんな人が勇者に選ばれてよかったですね」

「どうでしょう……ま、気を遣わなくていいのは助かりますが」

「あ、スピード上げますね。気をつけてください」


 そう言って、姫さまがぴしりと馬のおしりを鞭で叩く。


 おおおおおおお!


 今まで早足で歩いていた馬が猛然と前へ走り出した。ひやりとした突風がわたしの頬を舐め、景色が急速に流れていく。

 わたしはより一層ぎゅっと姫さまに抱きついた。


「大丈夫ですか、サーシャさま!?」

「は、はい、な、何とか!」

「危ないなら言ってくださいね!」


 そう言ってから――

 唐突に姫さまが新しい質問をわたしに投げかけた。


「ひょっとして……サーシャさまはノーマンさまが好きだったりしますか?」

「サーシャさまはノーマンさまが――え、は!?」


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