勇者と、勇者が愛する聖女と(下)
「サーシャ。俺にはお前しかいない。やっとわかったんだ。これが最後の恋だ。サーシャ、好きだ。俺とずっと一緒にいてくれ!」
決死の表情でノーマンがそう言った。
一方、わたしのほうは――
急な展開についていけてなかった。
な、なんて言った?
サーシャ、好きだ? 俺とずっと一緒にいてくれ?
そんなこと言いました?
す、好き? ずっと一緒に、いる?
それってこう……相手を口説くときに使う言葉ですよね? 三文ロマンス小説でいっぱい読みました。
え、今そんな言葉を、口走りましたか?
ひょっとしてわたし――
告白されちゃいましたか!?
「え、え、えええええええ!?」
わたしはこれ以上できないくらいに目を見開いて、まばたきなんてあさっての方向に投げ飛ばしてノーマンを見た。
黒髪黒目の青年は、緊張で青くなった顔でわたしを見ている。
わたしは言った。
「も、もう一回?」
ノーマンは恥ずかしそうに口ごもったが、意を決して言った。
「サーシャ、好きだ。俺とずっと一緒にいてくれ!」
どうやら間違いない。
わたしは、口をぱくぱくさせた。頭が痛い。まるで熱した鉄棒でも突っ込まれたかのようにかーっと熱くなっている。
思考がまとまらない。
言うべき言葉が浮かばない。
「へ、返事はど、どうなんだ、サーシャ?」
わたしは返事をしようとしたが、代わりに出た言葉はこんな情けないものだった。
「くけーっ!」
鳥のようなわけのわからない悲鳴を上げると、わたしはその場で気絶し、ばたりと倒れてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気がついたとき――
わたしはノーマンにおんぶされていた。ノーマンの広い背中がわたしを受け止めている。
ノーマンは目を覚ましたわたしに気づかず、もくもくと草原を横切って島の船着き場を目指して歩いている。
わたしはぼうっとしながら記憶をたどった。
これまでのあらすじ。
聖剣を戻しにきたら、ノーマンがわたしに告白した。
間違いがあるといけないからもう一度確認しておこう。
聖剣を戻しにきたら、ノーマンがわたしに告白した。
やっば……まじか……。
どんな告白だったかな……。
――サーシャ。俺にはお前しかいない。やっとわかったんだ。これが最後の恋だ。サーシャ、好きだ。俺とずっと一緒にいてくれ!
あかん! 鼻血が出る!
「くっはー!」
これは忘れたらダメだから、脳内メモリーに保存保存!
「気がついたのか?」
もぞもぞしていたわたしにノーマンが気づいた。
「う、うん……」
「そっか」
何も言わずにノーマンは歩き続ける。
わたしから切り出した。
「あの、その……倒れる前の話って……わたしの勘違いとかじゃないよね?」
「勘違いじゃない。お前の記憶の通りだ」
「で、ででででも……わたしでいいの?」
「どうして?」
「だ、だってわたし、顔も普通だし、背もちっちゃいし、胸もあんまりないし、性格も陰険だし……」
ぐはっ(吐血)。言っていて悲しくなってきた……。
「ノーマンは元勇者だし……救国の英雄。もっと素敵な女の子を選ぶこともできるんじゃないの?」
「うーん……どうだろう。でも俺はサーシャがいいんだよ。サーシャとずっと一緒にいたい――俺はそう思ったんだ」
胸にじーんである。
じーん。
この言葉をずっと待っていたのだ。ノーマンから言われる日を待って――出会って一八年。ついに、ついに!
「お、お前はどうなんだ、サーシャ?」
「そ、そうね……わた――」
もちろん、オッケー! オールオッケー!
脳内会議満場一致でオッケー!
そんな勢いなのだが、わたしはぐっと言葉を呑み込んだ。
今なのだ。今この瞬間、わたしの立場はノーマンより上。今のうちにいろいろ要求しておくのだ!
わたしはノーマンの首に回していた腕をぎゅっと締めた。
「ノーマン。もう恋は――他の子を好きになったりしない?」
「しない。これが――サーシャとの恋が最後だ。そもそも俺は一途なんだぞ」
そこに異存はない。ノーマンは惚れっぽいだけで、複数の女性を同時に恋したことはないのだ。
これが最後の恋。もう他の女は見ない――
言ったね? 言っちゃったね!?
言質はとったぞ、ノーマン! いやもう、マジで浮気したら土下座一〇〇回じゃ許さないんだからね!
他のも詰め込め!
「ぺちゃぱいでもがっかりしない?」
「しない!」
「性格が陰険でもいい?」
「知ってる!」
うはははは! これは入れ食いじゃ! なんでも詰め込め! 今詰め込んでおけばクレーム却下じゃー!
「口うるさくても我慢できる?」
「慣れた! でも、ちょっと抑えろ!」
くそー、仕方ない! ここは妥協するか!
「じゃ、最後」
「なんだ?」
「汝、健やかなるときも病めるときも、その命ある限りサーシャを愛し続けることを誓いますか?」
「誓う」
ノーマンは短く、だけどはっきりと言った。
「……で、お前はどうなんだよ。お前は俺を……その、愛し続けてくれるのか?」
そこはお前、汝なんちゃらかんちゃらで訊き返すとこやろー!
だがいいのだ。
そういう気が利かないところがノーマンなのだ。キザな返しとかしたほうがどん引き。あれ、熱あるの? みたいな。
わたしは特大のため息をついて、
「あー、もー仕方ないわねー。はいはい。誓ってあげますー。誓ってあげますよー!」
そう言った。
精一杯の強がりなのだが。そりゃもう内心では嬉しくて嬉しくてたまらないのだが。
気分は「誓いまーす!*100回」みたいな気分なんですが。
そういうのはですね。見せてやらないんです。
だって陰険ですからね!
ノーマンも陰険でいいって言ってたからね!
「そっか」
ノーマンはふっと笑った。
「ありがとう」
その声にはいろいろな感情が宿っていた。ああ、おんぶされているのが残念だ。今ノーマンはどんな顔をしているのだろう。
幸せそうな顔だったらいいんだけど。
そして、沈黙が降りた。
わたしも黙り、ノーマンも黙る。ノーマンが草や土を踏みしめる音だけがわたしたちを包んだ。
この瞬間、わたしたちはなったのだ。
両思いの恋人に。
わたしがずっと恋い焦がれていた関係に。
はぁ、とわたしが息を吐いたときだった。
わたしは気づいた。
自分の頬をつたう熱いものに。
「あれ……」
それは涙だった。次から次へと涙が両目からあふれている。涙はぽたぽたとこぼれ落ち、ノーマンの背中をぬらした。
「え……?」
わたしは目をぱちくりとした。もちろん、そんなことで涙は止まらない。
不意に喉がきゅっと絞られたように苦しくなった。
「う、う……」
わたしは声を漏らすと、ノーマンの首筋に顔を押しつけた。
「ど、どうしたんだ……?」
「いいの! 今は黙ってて」
わかっている。うれし涙だ。クールぶってみようかと思ったけど、そんなのできやしない。身体が、心が、喜びに満ちあふれていた。
だって、ずっとだったから。
ずっとノーマンのことが好きだったから。
ずっとノーマンと一緒にいたかったから。
どれだけ願っただろう。どれだけ祈っただろう。子供の頃に抱いた恋心。もう始まりすらわたしは覚えていない。ずっと静かにでも確かに大きくなっていた気持ち。その気持ちがたどり着くべきところに届いたのだ。
今、わたしの願いは叶えられた。
こんなの泣くしかないじゃないか。
自分を世界で一番幸せな女の子だと思うしかないじゃないか。
聖女なんてなるもんじゃない。ずっとそう思っていた。
世界を救うだの魔王討伐だのメンドすぎる。どうしてわたしが。
そもそも別にわたしは信心深くない。ていうか、神さまなんて信じてないからね。わたしが聖女に選ばれたと孤児院の院長に報告したら「え、嘘」と言われたくらいだ。
もっとマジメで敬虔な子いるじゃない?
ホント迷惑するわね。
そんなことを思っていた。魔王を討伐してもそう思っていた。ほんの少し前までそう思っていた。
ほんの少し前まで。
ノーマンが告白してくるまで。
人間とは現金なものだ。自分の願いが叶った瞬間にすべての評価は反転する。
もしもこの三年間の試練がノーマンを手に入れるために神が与えたものだというのなら――
わたしは生まれて初めて神に礼を言おう。
ありがとう、と。
わたしはむくりと頭を起こした。
鼻をすすってから言う。
「このサーシャさんがこれからも支えてあげるわ。今までも。これからも。ずっとね。ありがたく思いなさいよ、ノーマン」
「これからもよろしくな、サーシャ」
「……こっちこそ。よろしくね、ノーマン」
こうして――
わたしの冒険は無事にハッピーエンドを迎えたのだった。
元勇者と元聖女の二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし!
【完】
お読みいただきありがとうございます。作者です。
というわけで『失恋勇者』完結でございます。
エピローグは書くかどうか悩んだんですよね。
グレイノール編で「俺たちの戦いはこれからだ! 第一部 完!」エンドでいいかなとも思っていたんですよ。10万字超えたし。敵の幹部も倒したし。キリもいいし。
でも試しに書いてみるかーと思って書き始めたら一気に書けてしまいました。サーシャというキャラクターは好きだったので、彼女の幸せを描けたのは良かったです。
気に入っていただければ嬉しいですね。
応援してくれた人、最後まで読んでくれた人、本当にありがとうございました!
最後にCMです。
今、連載しているのが以下です。
オレ魔王、暇だから勇者学校に入学して無双する 〜お前強いから魔王倒せと言われても困るんだけど〜
https://ncode.syosetu.com/n0193fk/
現27話/約8万5000文字。
最強の魔王と、彼の副官で美貌の謀略家による無双系の話です。
この作品は離脱率がかなり低いんですよね。第一話の読者がそのまま最新話まで推移している感じなので受けはいいのかなと。
よろしければ一読してみてください。
またご縁がありましたらお会いしましょう!