勇者と、勇者が愛する聖女と(上)
かくして――魔王は勇者に倒された。
……かくして?
うーん……あんまり思い出せない。文庫本一〇冊くらいの大冒険を繰り広げて魔王城へとたどり着き、死闘の末に魔王を倒した気はするのだが。
グレイノール以降の記憶が曖昧だなあ……。
ま、とにかく。
わたしとノーマンは魔王を倒した。
そして、世界は平和を取り戻した。
神からの使命を果たした私たちは力を失い、ただのノーマンとサーシャに戻った。今は普通の兄ちゃんと姉ちゃんである。
三年くらい旅をしたから、もう一八歳か……。
いやはや、時が経つのは早いものである。
ちなみに、わたしとノーマンの関係であるが――
何も変わっていない!
大事なことなのでもう一度言うね。
何も変わっていない!(血涙)
ずっとわたしはノーマンに片恋のまま告白待ち状態である。三年間びっくりするくらい進展なかった。ちょっとくらいあってもいいんちゃうの? どきっとする一瞬くらいあってもいいんちゃうの?
サーシャさんへのサービス、あってもいいんちゃうの!?
なかった!
びっくりするくらいなかった!
ノーマンのほうは死ぬほど恋して死ぬほど失恋していたけど。
わたしの恋愛模様は凪である。
風のない水面。
静寂。
一回くらいサーシャさんにサービスタイムがあってもよかったんじゃないですかねえ……?
そんな感じで恋愛関係は何も変わらずなわけですが。
魔王は倒せたわけで。
わたしとノーマンはお役御免となりました。
で、最後の仕事として聖剣の祠までやってきた。
聖剣を戻すためだ。
わたしは春の日差しを受けて輝く草原を歩いていた。まるで清められたかのように空気が清み、息をするだけで心が洗われるような気分だった。
わたしの隣には背中に聖剣を差したノーマンがいる。
黒髪黒目で中肉中背。背は三年間でちょっと伸びたかな。もともと筋肉質でがっちりしていたけど、戦いの日々のおかげか体がもうひと回り大きくなった。
今日はなんだか緊張した表情で口数が少ない。もともと饒舌なタイプではないのだけど。話しかけても「あぁ」とか「うぅ」しか言わない。お腹でも痛いの? ノーマン?
「あ、あそこじゃなかったっけ?」
わたしが指を差す。
そこには小さな池と、そのほとりに立つ大きな木があった。
「あそこだ」
そう言って、ノーマンが少しばかりほろ苦い表情を浮かべる。
ノーマンが思い出しているのは聖剣の巫女のことだろう。ここでノーマンは聖剣の巫女から聖剣を授かるわけだが――いつものごとく聖剣の巫女に恋をした。
そしていつものごとく、失恋した。
どんな話だったかな……記憶が曖昧なのが残念であるが。
ノーマンは木陰に立つと聖剣をもとあった場所に突き刺した。湿った土に沈み込む音がして――
聖剣は再び眠りについた。
「ちょっと触っていーい?」
わたしは聖剣の柄を握って引っ張ってみる。
ふん!
ほっ!
はっ!
力一杯引っ張っても聖剣はびくともしなかった。ナメクジ聖女では無理ですかそうですか。続いて筋肉もりもりのノーマンが引っ張ってみるがこちらも同じ。おやおや。
「動かねーや」
ノーマンが諦めた様子で手を離す。
ただの兄ちゃんと姉ちゃんでは聖剣を引き抜けないようで。
自分たちの力が消えていることなんて前から気づいていたけど、こういうのを見ると改めて「消えたんだなー」と思う。
「いやー、普通の人に戻りましたね、ノーマンさん」
「そうだなー。ちょっと寂しい気もするけど」
「そうなの?」
「勇者時代の俺チョー強かったからな……あれだけ強かったら気持ちいいよ。今じゃただの力持ちのお兄さんだもん」
「いいじゃないの。力持ちのお兄さん」
「勇者じゃない俺か……価値あるかな……」
「あるわよ。少なくとも、わたしが認めてあげる」
「そりゃ嬉しいな。ありがとよ、サーシャ」
「どういたしまして。それに孤児院のお兄さんは勇者じゃなくてもいいんじゃない?」
「違いない」
ノーマンが苦笑する。
そう、ノーマンの次の職業は孤児院の職員なのだ。ついでに言うと、わたしも同じである。
魔王を倒した後、功労者であるわたしたちにはいろいろ好待遇な仕事が提示された。ノーマンには名誉騎士への就任の話があったし、わたしにも教団の高位な役職の話があった。他にもいろいろ。
やりたいと言えば何でもできただろう。
おいしい話もたくさんあったが、結局わたしたちはすべて断った。
だってさー、力を失っているからね。ただの普通の人だからね。先方も承知しているとはいえ、働かずに居座るってのも胸が痛むわけで……。
代わりに、わたしたちは姫さまにひとつだけお願いした。
「孤児院をお作りください。子供たちが安心して暮らせる大きな孤児院を。わたしもノーマンも孤児院があったから大人になれました。シスターたちが与えてくれた温かい寝床とおいしいシチューがわたしたちを育ててくれたのです。その恩を返したい。わたしたちを救ってくれた安らぎを、この戦乱で親を失った子供たちにもわけてあげたい。わたしとノーマンはその孤児院で働きたいと思います」
クラウディア姫は目を細めて言った。
「すばらしい。あなたはやはり聖女、無欲なのですね」
好感度アップやで、これ……。
そんな感じでわたしたちの再就職先は決まった。
とはいえ、別に無欲を貫いたわけではない。
名誉職の類は断ったが、勲章の類はもらえるだけもらった。勲章には月払いの報奨金やら一時金やらがついてくるので、わたしとノーマンは意外と小金持ちだったりする。
もらえるもんはもらうで……うっしっしっし!
「んじゃま、帰りますかあ!」
わたしはうーんと腕を伸ばした。
勇者の話も、聖女の話も、魔王討伐の話もすべて終わり! 世界は動き、変わっていく!
わたしたちは新しい時代を生きていかなければならないのだ!
よし、行こう!
そのとき――
「なあ、サーシャ」
ノーマンが口を開いた。
「この三年間どんな旅だった?」
「え? ノーマン、何よ急に?」
「あの、その……」
なんだかノーマンがキョドっている。やっぱりお腹痛いの?
「いや、どうなんだろうなー、って思って!」
「え、そ、そうね……」
謎の気迫に押されてわたしは口を開く。
「三年もずっと旅ばかりでいろいろ大変だったけど、終わってみれば楽しかったかな」
「そうか」
「ノーマンは?」
「俺? 俺は、いっぱい失恋したな、と……」
こいつの言うとおりである。
グレイノールの後もこいつは失恋失恋失恋だったのだ。文庫本一〇冊分くらい失恋している。詳細が思い出せないけど。そのたびにわたしは振り回され、いつも疲れ果てていた。
「姫さまに会って一〇分で恋したとか耳を疑ったよわ」
「いやー、ホントな……姫さまキラキラしてたんだよ」
「それで、失恋して。そしたら舌の根も乾かないうちに宿屋の娘のメリッサに恋してたっけ?」
「しちゃったなー……。いやでも、メリッサは結構いけたんじゃないかと自信あったんだけどなあ」
そこは確かに正しい読みでした。まじでメリッサは陥落寸前だった。もちろん、そんなことは教えてやらないけど。
「で、グレイノールではリサと。魔族ですやん。敵ですやん」
「知らなくてなあ……おかげで戦うとき辛かったな……」
ノーマンがぽりぽりと頭をかく。
「よくそれだけ次から次へと会う女性に恋できるわね」
「我ながらな……いろいろな女の人に出会ったけど、最初から最後まで一緒にいてくれた人はずっと変わらなかったな」
「一緒にいてくれた人?」
「お前だよ、サーシャ」
じっとわたしを見つめてノーマンが言った。
「俺が失恋するたび、側にいるお前が俺を立ち直らせてくれた」
「はっはーん」
なるほど。こいつは礼を言いたいわけか。
「礼には及ばないわ。わたしは聖女、勇者を支えるのが仕事」
「違うだろ」
ん?
「お前は聖女だから俺を支えてくれていたわけじゃない。旅に出る前からずっと――孤児院にいたときからずっと俺を支えてくれた。グレイノールでお前が言ってたことじゃないか」
覚えていてくれたのか……。
わたしはふふっと笑った。
「あら? サーシャさんのありがたみにようやく気がついた? ほれほれ、もっと褒め称えなさいな」
気分がよくなったわたしは冗談っぽく手をひらひらと振る。
だけど、ノーマンの目は真剣なままだった。
「気づいたんだよ。サーシャ。お前の大切さに」
あれ? わたし空気読めてない?
ノーマンはわたしをまっすぐに見て言った。
「サーシャ。俺にはお前しかいない。やっとわかったんだ。これが最後の恋だ。サーシャ、好きだ。俺とずっと一緒にいてくれ!」
ちょ、急展開すぎるんですけど!?




