無貌の最後
「こいつは俺がぶった切る!」
その言葉に反応したのはエレオノールだった。部屋中に響き渡る大笑いを口から吐き出す。
「調子に乗ってくれるわね? わたし将軍級よ? いくら勇者でもひとりで勝てるとか舐めすぎじゃない?」
「俺を舐めてるのはお前だよ。いいからかかってこい」
「じゃ、お言葉に甘えてぇ!」
ノーマンに飛びかかるエレオノール。あらゆるものを引き裂くその右手がノーマンへと襲いかかる。
ノーマンは――動かない。
ノーマンとエレオノールが交錯、すり抜けた。
すり抜けた?
それはとても不思議な光景だった。エレオノールは右手で攻撃を行い、ノーマンは動かないまま。
すり抜けるはずがないのだ。
だが、それは起こった。
タネを明かせば答えは簡単。
「え?」
エレオノールは見た。床に転がる自分の右腕を。
ノーマンがすれ違いざまに神速の一撃で切断したのだ。したのだ、と言い切ったが、ぶっちゃけよくわからない。わたしにも太刀筋が見えなかったのだから。
切断された右腕がぶあっと黒い塵となって砕け散った。
それを見たノーマンが口を開く。
「完全に魔族の身体なんだな。本当にリサさんに戻すことはできないんだな。確認できてよかったよ」
ちらりとノーマンが背後のエレオノールに視線を送る。
「魔族が相手だったら遠慮はいらないな」
「き、貴様……!」
怒りに震えるエレオノールが振り返る。振り返りざまに残った左手でノーマンを攻撃する。
だが――やはりノーマンのほうが圧倒的に速い。
同時に振り返ったノーマンはエレオノールの攻撃を紙一重でかわし、一撃でエレオノールを叩っ斬った。
そして、激情を吐き出すように叫ぶ。
「人の身体も! 人の心も! もてあそぶもんじゃない!」
「ぐおおおおあああ……?」
悲鳴をこぼしながらエレオノールが苦悶の表情を浮かべる。
その身体がぴしりぴしりとひび割れ、少しずつ黒い塵へと変わっていった。
終わったのだ。
今まさにエレオノールの生命力が尽きようとしている。
「くっはっはっはっは……まさか、これほどとは……これほど強いとは……! このエレオノールが足下に及ばないなんて!」
エレオノールは身体をぼろぼろと崩しながら、前に立つノーマンへと身を預ける。
エレオノールはひび割れた顔でノーマンを見上げた。
そして、甘えた声でこう言う。
「ごめんなさい、ノーマン。ひどいことばかり言って。でもね、あなたが好きだったってのはまるっきり嘘でもないの」
エレオノールが苦しくあえぎながら言葉を絞り出していく。
「わたし強い人が好き。これは本当。わたしを殺してくれる人があなたでよかった」
ぽろりぽろりとエレオノールの頬の肉が塵となって落ちていく。
もう、時間はない。
エレオノールはじっとノーマンの顔を見つめ、言った。
「ねえ、お願い。最後にキスしてくれない?」
その言葉を聞き――
ノーマンの顔に逡巡の表情が浮かぶ。
って、おいおい!
悩んでるのかよ!
ノーマンくんお人好しだからなあ……。演技とはいえ一度は仲がよくなった関係ではあるからなあ……。
「俺と、キス……?」
エレオノールが苦しげな表情でほほ笑んだ。
「……早く……わたしが……消えてしまう前に……」
もうエレオノールの身体は半分以上が塵となって消えていた。
続いた言葉は――
「ぐう……!?」
エレオノールの呻き声だった。
ノーマンがエレオノールをデュランダルで刺し貫いたのだ。
「俺のキスなんて安いものだから……別にいいかとも思ったけどさ。あんたとキスするのを思い浮かべると――」
こんこんとノーマンが自分の頭をつついた。
「頭のなかの小サーシャが悲しい顔するんだよ」
くくく、とエレオノールが力なく笑った。
「……いい勘してるわね……」
それがエレオノールの最後の言葉だった。
エレオノールの身体は塵となり、完全に消え去った。
魔王の誇る最精鋭。人類を追い詰める悪鬼のひとり。
将軍級の魔族が今――滅びた。
「やったのか……マジで将軍級を倒したのか……」
ヴィーガスさんがつぶやく。その声には嬉しさと信じられなさが半分ずつ詰まっていた。
「ほっほっほっほっほ。もう人間のレベルではないのう」
「すごいです! ノーマンさん!」
「あいつなら本当に魔王を倒してしまうかもしれんな……!」
一同の目がその偉業を成し遂げた勇者へと向けられる。
当の本人は疲れたような顔で所在なげに立っている。
わたしはノーマンに近づき、ぽんと腰に手を当てた。
「お疲れさん、ノーマン」
「……ん、ああ」
ノーマンの返事は冴えない。
負傷はさっき触れた瞬間にわたしの魔法で回復したんだけどね。晴れない気持ちまでは回復しないか。
「サーシャ、ごめんな。すぐ反応できなくて」
「いーのいーの。あんたの性格はわかってるから」
ぽんぽんとノーマンの腰を叩く。
「ま、リサっていうかエレオノールっていうか――あいつのことは忘れなさい。それが一番いいから」
「そうだな……」
だが、ノーマンは首を振った。
「いや、忘れないでおくよ。もう俺が会ったときはリサさんはリサさんじゃなかったけど――そういう子がいたってのは覚えておきたい」
「そっか」
わたしはそう言ってから、こう続けた。
「その決断――あなたの頭のなかの小サーシャはなんて言ってる?」
「いいんじゃない、ってさ」
「再現率高いわね。わたしも一緒。いいんじゃない?」
わたしとノーマンは視線を交わし、笑った。
「サーシャはえらいな。いつも迷わない、正しい」
「いやー、どうかな……」
わたしだって迷いまくりまくりですよ。
あなたとの恋とかね?
「でも、ノーマンよりは迷わないし正しいかもね?」
「ああ、そうに違いない」
「疲れたり迷ったりしたらわたしに頼りなさい。勇者を導くのも聖女の――」
いや、違うな。
わたしは首を振った。
「あんたを導くのがわたしの役目。孤児院の頃からそうだったでしょ?」
「ああ、頼りにしてるぜ、相棒」
ノーマンが笑い、わたしの肩をぽんと叩く。
そんな感じで――
グレイノールでの長い冒険は幕を閉じたのだった。




