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勇者が失恋した。~聖女のわたしが告白待ちなの気づいてくれよ~  作者: ぺもぺもさん
第3章 勇者が怪しげな女魔法騎士に失恋した。
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詐術

「『解呪リムラス・カウフェル』!」


 サーシャの引き金となる言葉を聞くと同時。

 リサの――否、エレオノールの口は三日月型にゆがんだ。笑みを隠しきれなかった。


 魔術師マリクの殺害。

 それがグレイノールに潜入したエレオノールの任務だった。


 魔術師マリクは人間たちの魔法を飛躍的に進化させた。いや、させた、ではない。させている。これからも彼によって人類の魔法は磨き上げ続けられるだろう。

 齢一〇歳の子供が。

 これからまだ無限のように時間のある子供が。

 それを驚異だと感じた魔王軍は将軍級のエレオノールを派遣し、マリクを殺害することにした。


 だが、ひとつ大きな問題があった。

 それはマリクのつけている腕輪だ。


 あの腕輪の絶対防御はエレオノールですら打ち破れない。

 ならば誘拐しようにも場所固定の呪いによってギルドの外に出すこともできない。


(忌々しい爺め)


 エレオノールはそう思った。ギルドマスターはマリクの価値を正確に把握していて彼を守るための最善を用意したのだ。

 だから、エレオノールは辛抱強く機会を待った。

 そのチャンスは意外と早く訪れた。


 勇者一行の登場だ。

 マリクが勇者一行に同行することになれば腕輪を外す必要がある。

 その瞬間こそが千載一遇のチャンスだ。


 エレオノールがノーマンやサーシャにちょっかいをかけていたのはただの遊びだ。うまく身体を奪えればそれでいいと思っただけ。

 魔精霊に力を与えて復活させたのは勇者たちの戦闘力を測るためだ。道中の戦いでノーマンたちなら魔精霊と戦わせても勝てるだろうと踏んでの行動だった。

 計算外はサーシャがやる気を出してリサを助けようとしたこと。

 サーシャの『解呪』は作戦の根幹に関わる。サーシャに死なれては困るのだ。

 だから、エレオノールはサーシャを魔精霊から逃がした。

 それがエレオノール側の内幕だった。


 そして、今ようやくすべてはエレオノールの計算どおりとなった。


(まったくサーシャ。あなたは本当にかわいい子ね)


 エレオノールはくくくと笑いながら右手をマリクの背に向けた。

 ぶん、という音ともに紫色の輝きが手に宿る。

 マリクの背後をとったのもすべて計算尽くだった。この位置ならばマリクからはなにも見えない。反応できないだろう。


「はい、お疲れさま」


 エレオノールは力を解き放った。

 マリクの華奢な身体がエレオノールの強大な魔力に呑まれる。


「マリク!」


 サーシャの悲鳴のような声。

 エレオノールは身体中が愉悦で震えるのを感じた。

 もう、なにも我慢する必要はない。


「あっはっはっはっはっはっはっは! 魔術師マリクは死んだ! 本当にあなたたちはバカね! このわたしの手のひらで踊らされているとも知らずに!」


 エレオノールは腹の底からの大笑いを口から吐き散らす。

 サーシャをのぞく全員がエレオノールから距離をとり、緊迫した表情を向ける。

 サーシャをのぞく、全員が。

 サーシャがふっと笑った。


「だってさ、マリク」


 その瞬間――エレオノールの眼前が無数の爆発で埋め尽くされた。

 その爆発はエレオノールの身体を焼き、後ろへと吹き飛ばす。


「ぐあああああああああああああああ!?」


 身体中を焼き尽くすような激痛にさいなまれ、エレオノールは床に転がった。


(こ、これほど魔力が生み出せるものなど――!)


 エレオノールの頭に浮かぶ魔術師はただ一人。マリクのみ。

 だが、マリクは死んだはず。


「そんな……何が起こっている!?」


 身を起こしながら、エレオノールが憎悪の視線を前に送る。

 エレオノールが放った爆発、その爆煙の余韻でマリクの姿は見えない。


「貴様ら! なにをした!?」


 怒りの言葉とともに、エレオノールが魔法で突風を巻き起こす。

 風が爆煙をはねのけた。

 そこには無傷のマリクが立っていた。


「そ、そんな……!?」


 唖然とするエレオノール。

 彼女の顔を見て、サーシャがにやりと唇をゆがめた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 タネを明かせば簡単な話だ。

 わたしは解呪の魔法を使った。だが、別にマリクの腕輪の呪いを解かなかった。

 それだけだ。


 どうしてそんなことをしたのかというと――

 ただの勘だ。

 伏線も何もなくて申し訳ないが。

 もしも気に入らないのなら神からの天啓だと思ってくれてもいい。


 マリクは間違いなく天才だ。

 呪いの道具をマリクに使っていると聞いたとき、ひどいなーと思ったものだが、よくよく考えてみるとマリクを絶対に守るという一点を突き詰めるのなら理にかなった行動ではある。

 あの爺さんはちょっとマッドな感じだが、抜け目はない。

 マリクの防御は鉄壁すぎるのだ。


 だから解除前にわたしは少しだけ考えた。

 もしもマリクの命を狙っている誰かがいるとすれば――

 この瞬間を狙うのではないか、と。

 解呪が成功して、みんなの気が抜ける瞬間を。

 わたしならそうするだろう。


 だから一回だけ保険をかけることにした。解呪の魔法をわざとからぶる。

 わたしにしてみればなんのリスクもない。

 勘違いで終われば「あ、ごめーん。魔法ミスっちゃったー」と言ってもう一回やり直せばいいだけなのだから。


 そんな心配性のわたしの賭けは――

 どうやら成功してしまったらしい。


 リサの高笑いが終わった後、わたしは言った。


「だってさ、マリク」


 同時、マリクの魔法がリサに襲いかかり、その身体を後ろへと吹っ飛ばした。

 激高するリサの魔法がたなびく爆煙を吹き飛ばす。

 そこに立っていたのは無傷のマリク。


「そ、そんな……!?」


 リサが唖然とする声を漏らす。

 よっしゃ!

 わたし、よっしゃ!

 さんざんコケにしてくれたリサに一矢報いたのだ。そりゃにやりとするくらい許してくれ!

 ていうか、やっぱお前敵だったのか!


「リサ、お前――」


 クリスさんがマリクの前に立ちつつ言った。


「お前はリサじゃないのか?」


 リサは顔を手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 その手をはがしたとき、彼女の黒い目は真っ赤に染まっていた。


「ええ、残念ながら。愛しの隊長どの」

「リサはどこへやった」

「残念だけど、リサはもういないわ。この身体はリサそのものなの」


 にいっとリサが口元をゆがめる。


「リサって子の魂ならもう喰らってやったわ。この世のどこにもない。だからこの身体はわたしのもの。諦めなさいな」

「そうか……それを聞いて吹っ切れたよ。もうリサを助ける方法はないんだな」


 クリスさんが長剣を引き抜く。


「ならば、お前に手加減する必要もない!」


 裂帛の気合いとともにクリスがリサに斬りかかる。

 だが、リサのほうが速い!

 一瞬で剣を抜き放ってクリスさんの剣を弾く。そして、鋭い蹴りをクリスさんに叩き込んだ。


「ぐぅ!?」


 クリスさんは間一髪で後方へと飛び、蹴りの威力を半減させる。

 だが、それでもクリスさんのダメージは深いようで顔をしかめて腹部を手で押さえている。

 くくくく、とリサが笑った。


「あなたたち勘違いしているようだけど、わたしを追い詰めたと思ってる? 残念だけど、状況は特になにも変わっていないわ。あなたたちゴミが将軍級のわたしを殺せると思って?」

「将軍級!?」


 クリスさんが動転した声を発する。

 将軍級といえば、街ひとつを単騎で落とせるほどの力を持つ魔王直属の最精鋭。

 そんな大物だったなんて――


「無貌のエレオノール。別に覚えておかなくてもいいわよ」


 リサ――エレオノールが床を蹴り、クリスさんに襲いかかる。

 ダメージの深いクリスさんは反応できない。

 だが!

 ぎぎぎぎん!

 エレオノールの振り下ろした剣と、前に出たわたしが展開したシールドがぶつかり火花を散らす。

 わたしを見たエレオノールが嗜虐的に笑った。


「ふふふ! あなたにはお礼をしないといけないわね!」

「諦めて引けば? マリクの絶対防御は健在。彼を殺せないのに頑張っても意味ないでしょ?」


 正直、こんな化け物を相手にしたいと思わない。引いてくれればラッキーなのだが。

 しかし、エレオノールの返答は容赦がなかった。


「そうね。そこが問題ね。ま、あなたたちを皆殺しにしてから考えることにするわ」


 やっぱダメか!

 エレオノールが後ろに飛んで間合いをとる。

 その隙にわたしはクリスさんに触れて一瞬で体力を回復させた。

 クリスさんは驚いた顔でわたしを見る。


「あ、ありがとう……これは」

「回復の魔法です。こう見えても聖女なので!」


 わたしはきっとエレオノールをにらんだ。


「この聖女サーシャがいる限り、そう簡単に誰かを殺せるとは思わないことね!」

「俺も微力ながら力を貸そうかね」


 そう言って、ヴィーガスさんも剣を抜く。

 クリスさん、ヴィーガスさん、わたし、マリク、ギルドマスター。この五人でかかれば将軍級だって何とかなるかもしれない。


 だが、ひとつ大きな問題がある。

 わたしがあえて名前を出さなかった最大戦力のことだ。


 ノーマンは苦しむような顔でじっとエレオノールを見ていた。宝剣デュランダルの柄を握ろうとした手は、柄の手前で金縛りにあったかのように固まっている。


 ――リサさんのこと、ちょっと好きになってきたかも。


 そんなノーマンの言葉を思い出す。

 ノーマン、頼むよ、ここは非情になってくれ……。


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