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勇者が失恋した。~聖女のわたしが告白待ちなの気づいてくれよ~  作者: ぺもぺもさん
第3章 勇者が怪しげな女魔法騎士に失恋した。
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闇の中にこぼれる甘い吐息

「き、気持ちいいこと……?」


 混乱した頭でノーマンが聞き返す。


「そ。い・い・こ・と」


 その瞬間、ノーマンの視界がぐるりと反転した。厳密には暗闇なので何も回転していなかったが。下だったリサがノーマンごと転がって身体の上下を入れ替えたのだ。

 今はノーマンが下。


「な、何をするんですか、リサさん……!」

「つっかまーえた♪」


 楽しそうなリサの声が上から落ちてくる。


「ふぅん、この辺が胸かあ……」


 なんて言いつつ、リサは闇の中ノーマンの身体をまさぐり始める。皮の鎧の上をリサの指が滑る音をする。その指が革の鎧からノーマンの首筋へとうつる。

 皮膚への感触にノーマンはびくりとした。


「ちょ、ちょっと、やめ――!」

「う・る・さ・い」


 くすくすと笑いながらリサが手のひらでノーマンの顔を覆う。おかげでノーマンの抗議は遮られた。


「この辺にノーマンの顔があるのね」


 ぺちぺちとリサの手がノーマンの頬を叩く。

 闇の中でリサの上半身が動く気配がした。


(――!?)


 ぐっと。

 ノーマンは自分の身体に人ひとり分の体重が乗ったのを感じた。

 闇の中にふたりだけ。

 つまり今、ノーマンの上にのしかかっているのはリサ。


「リサさん!?」

「だからうるさいって……」


 リサの声はとても近かった。リサの口元は今、ノーマンの耳の真横にあった。

 ノーマンは身体をくねらせて逃げようとするが、ノーマンの身体にへばりついたリサが簡単にはノーマンを離さない。


「なによぉ、そんなに嫌いなの、わたしのこと?」

「い、いや、嫌いとかそういうことじゃなくて……本気ですか? じょ、冗談ですよね?」

「冗談なわけないじゃない。わたしは本気だけど。ノーマンは本気じゃないの?」


 などと言いつつ、リサは皮鎧の隙間からノーマンの身体をあちこちまさぐってくる。ノーマンはこそばゆくて仕方がなかった。


「ダメだ、リサさん……!」

「そう? 本当にそう思ってる?」

「そう思ってますよ!」

「だったらさ、わたしを投げ飛ばせばいいじゃん? 勇者の力だったら女ひとり簡単に投げ飛ばせるでしょ?」


 リサの言うとおりだった。だが――

「そ、そんなのできるわけないだろ。女の子を投げるなんて――!」

「投げたくないんでしょ?」


 くすくすとリサの笑い声が聞こえる。


「ほらぁ、身体は正直なんだからぁ」


 あははははと高笑いし、リサがノーマンの身体に強く抱きついた。


「だからダメだって、リサさん、そそ、そういいうのは好きな人とじゃないと……」

「わたしがノーマンのこと好きだと言ったら?」

「じょ、冗談ですよね?」

「だからぁ、冗談じゃないって」


 耳にくっつくほどに口を近づけてリサがささやく。


「わたしはノーマンのこと愛してるの。ホントだよ?」


 ノーマンは二の句を告げられなかった。

 女性からこんな熱烈アプローチを受けたのはノーマンの人生で今日が初めてだった。

 だから、こういうとき、なんと答えればいいのかわからなかった。

 だが、ノーマンは生来のお人好しだった。


(そ、そうか、この人は俺のことを好きなのか……)


 リサの言葉を信じる。


(そんなに想ってくれているなんて……)


 そんなノーマンの耳に変な感触があった。


「ひっ!?」


 リサがノーマンの耳を噛んだのだ。


「リ、リサさん!?」

「怖いの? 全部任せていいよ……」


 そして、リサがまたノーマンの耳元でささやいた。


「ねえ、キスしよっか……?」


 リサの手がノーマンの顔を横に向ける。

 ノーマンには闇しか見えていなかった。だが、その闇のすぐ近くにリサの顔があることをノーマンは感じていた。


 その気配がゆっくりとノーマンに近づいてくる。

 リサの唇が微熱の吐息ともに近づいてくる。


 ノーマンは固まったまま動けなかった。正直なところ、単純なノーマンはリサの気持ちをきいて今までのような頑固な抵抗ができなくなっていた。

 女性のそういう気持ちをむげに扱っていいのか?

 経験絶無のノーマンにはなんとも判断できなかった。


 リサの唇がノーマンの唇をふさぐ――

 その直前だった。


『はあ!? もう! 優柔不断なんだから! あんたそういうのは優しさとかじゃないから! 大事なのはあんたがどう思っているのかでしょ!?』


 響き渡ったのはサーシャの声だった。

 いきなりの声にノーマンが身体をびくっとさせた。


「……? どうしたの?」

「い、いや……」


 ノーマンはわけがわからずつぶやく。

 だが、サーシャの独演会は続く。


『だいたい世の中においしい話なんてないから! 出会ってすぐラブラブ好き好き~とかないから! まあ、あんたは出会って一〇分で姫さまに恋に落ちてるから説得力ないけどね!』


 ようやくノーマンは声の正体に気がついた。

 騒ぎ立てているのは、ノーマンの心の中にいる小サーシャだった。

 一五年の腐れ縁が、ずっと小言を言われ続けた苦難の歴史が、ノーマンの心の中に小サーシャを作り上げていたのだ。


『だいたいさ! あんたはなんとも思ってないわけでしょ!? 相手に失礼だと思わない!? 相手の女のことを思ってるんなら、そこは断りの一手でしょ!? 誠意見せなさいよ! 男の役得ぅなんて思ってないよね? 思ってないよね? 思ってたらぶっ飛ばすから!』


「はは、ははははははは!」


 ノーマンはおかしさをこらえきれすに笑い出した。

 小サーシャの言い方が、あまりにもサーシャそのものだったからだ。サーシャがそこにいて説教されている気分にノーマンはなった。


(まさかお前、俺の心の中にまでいるのかよ?)


 意味がわからずリサが身体を震わせる。


「な、なに!?」


 そのリサの両肩をノーマンは両手で押し返した。


「やっぱり俺はそういうのは手順を踏むべきだと思うんだ。リサさんの気持ちはわかっただけど、俺はまだそういう気持ちにはなれない」


 沈黙。

 闇の中、音すらも途絶えた。

 それから一言だけリサが言った。


「……そう……」


 そのときだった。

 がちゃん。

 ドアが開く音がした。そして、少女の声が続く。


闇よ失せよデュクセル・ヴァニッシア!」


 かっ! と目を灼くような閃光が広がり、部屋にわだかまる闇を吹き飛ばす。

 部屋の明かりが回復した。

 ドアの近くに立っていたのはサーシャとヴィーガスだった。

 サーシャの顔を見た瞬間、ノーマンの胸には懐かしさと喜びが満ちあふれた。

 サーシャ、と今すぐに声をかけたい気分だったが――

 サーシャの様子が変だった。


「あ、あああ、あ……」


 サーシャは口をぱくぱくとさせながら、ぷるぷると震える指先でノーマンたちを指さしている。

 ノーマンはそこで自分たちの状況に気がついた。

 今まで真っ暗だった部屋の中で、若い男女が身体を上下に密着させて絡み合っている。

 これはどう思われても仕方がない。


「あ、ぼっばばっばばば、ばばばばばがががが」


 わけのわからない言葉を口にしながらサーシャは気絶し、そのままぶっ倒れた。



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