両手に花? 毒花?
ぎん!
金属の音が響いた。ノーマンの持つ宝剣デュランダルが二メートルはある巨大な鋼鉄製の人型人形――ゴーレムを叩っ切ったのだ。巨体がぐらりと揺れ、斜めに切断された上半身がごとりと床に落ちる。
うへえ……。
あいかわらずノーマンむちゃくちゃ強い。
地下に降り立ってから、こんな感じで守護兵のゴーレムがちょいちょい邪魔してくるのだが、ノーマンが片っ端から斬っていく。
「ヴィーガスさんもあれできます?」
「無茶言え。そりゃ勝てるけどさ……あんな感じで一刀両断で片付けるのは無理だ。鉄のかたまりだぜ? 勇者と比べないでくれよ」
ヴィーガスさんがあきれたような顔で答える。
すでに何度目かの話ではあるが、ヴィーガスさんは王国の四騎士のひとりである。その能力は人類の戦士としては最高峰。
ヴィーガスさんが弱いのではない。
そのヴィーガスさんですらうんざりするほど、勇者としてのノーマンが強すぎるのだ。
「よし、片付いた。行くぞ」
ノーマンがぱちんと宝剣を鞘におさめた。
地下の遺跡はさすが旧文明の遺物だけあって実に人工的だった。床も壁も天井もつるっつるっに磨かれて実になめらか。どうやってこんなの作ったのレベルである。
すげーな、古代文明。
ノーマンはわたしの感傷なんておかまいなしにずんずん前へ進む。
そんなノーマンにくねくねした動きで近づく影があった。
「ノーマン~。ゴーレム出てきて、リサ、ちょっと怖かったぁ」
リサがノーマンにしなだれかかる。
しなだれかかる!(怒)
「……い、いやあ……だ、大丈夫……俺がいるからさ」
くっついてきたリサとの距離感がつかめず、ノーマンがあたふたしながらそう答える。
わたしがむかつくのはあ……
ノーマンの顔が決して嫌そうでないこと!
おいこら、ノーマン! でれでれしてるんじゃないよ!
「ヴィ、ヴィーガスさん! さささすがにアレは、風紀を乱すというか、ちょ、ちょっとダメなんじゃないですか!」
頭にきたわたしは秘奥義『せーんせーに言ってやろ!』を発動した。援軍召還である。言ってやってください、ヴィーガスさん! おとなとしてがつんと!
「まあ、俺は四騎士でも不良派だからなあ……仕事さえちゃんと回っていたらいいんじゃない?」
ノオオオオオオオオオ!
「それにさ、わたしの好きな男につきまとうなって言いたいのなら自分から言えばいいじゃないか、サーシャ」
「まあ、そうで――」
すけど、と言いかけて、わたしは硬直した。
え、惚れた男?
ほ、惚れた男!?
わたしはばっと勢いよくヴィーガスさんを見た。
「誰が、誰を!?」
「え……サーシャが、ノーマンを」
は、はあああああああああ!?
サーシャお前の片恋ばれてるってよ!?
わたしは慌ててノーマンたちを見た。ノーマンとリサはかなり前のほうを歩いていてこの会話は聞こえていないだろう。
「ちょ、え、ど、どうして、そそそ、そんな――」
「え、あれ、隠してたの?」
「い、いや、その、隠しているとか隠していないとか……どどどどうしてヴィーガスさんはそう思ったんですか?」
「いや、だって……お前の態度バレバレじゃん」
ぐはっ!
「い、いつから?」
「え、旅に出てすぐ?」
ぬあっ!?
「たぶん、気づいていないのノーマンだけじゃない?」
ぶほっ!
一番気づいて欲しいやつがやっぱり気づいていないかあ!
パンチパンチパンチ!
精神的パンチの連打で動揺したわたしは、
「わ、わたしは……! べ、別にノーマンのことなんか!」
そう強がった。別にヴィーガスさんに強がる必要はないのだけど。
「ふーん……」
ヴィーガスさんはいつものにやにやスマイルを浮かべた。
「突っるのもいいけどさ。とられちゃうかもよ? 勇者さま」
ヴィーガスさんがあごをしゃくる。
あいかわらず、リサがくねくねした動きでノーマンにくっつきながら横を歩いていた。
「ほらぁ、ノーマンもっと近づいていいよ? 照れないでさ」
「い、いや、リサさん……」
「ていうかさ、離れると危ないかもよ? ほら、この辺暗いしさ」
ぴっとリサが指を上を指す。
確かにリサの言うとおり、少し前より薄暗くなっている。
うーん……おかしいな。
わたしたちの明かりは魔法による自前で、リサの剣とわたしの小さな錫杖に付与した照明だ。
魔法なので、勝手に暗くなるはずはないのだが――
リサが答えを言い始めた。
「ここはね、あらゆる光を遮るダークゾーンなの。場所によってはがちがちに真っ暗になるから気をつけないとね」
「詳しいね、リサさん」
「ふふん。わたし来たことあるからね。魔法騎士団は魔術師ギルドとも関係が深いからさ、いろいろ雑用をするのよ。案内役をしているのは伊達じゃないのよ」
「へえ、そうなんだ」
「と言うわけで暗くて足下が危ないからさ、腕くんで歩こうよ?」
そう言って、再びリサがリサがノーマンに腕を絡める。
「え、ええ……!? いや、またサーシャに怒られるよ?」
「大丈夫大丈夫。だって暗いんだもん。暗いんだから腕くらい組まないと危ないじゃない? お局さんも怒らないよ」
わざわざ『お局さん』を強調してリサが言い、こちらをからかうような視線で振り返る。
むむむむむむむむ!
むかー!
もうキレた! それはお前、宣戦布告と見なすっちゅーねん!
わたしはずんずんと早歩きで前に進むと――
「お、おい、サーシャ……」
困惑するノーマンを挟んで、リサの逆サイドに立つ。
ノーマンの左にリサ。
右にわたし!
わたしはぎろりとリサをにらんだ。
リサはへらへらとした顔で、怖ぁとつぶやく。
そんな牽制など知るか! わたしは大声で言った。
「そうね! 暗いものね! 暗いんだから一人で歩くのは危ないよね! わたしもノーマンと一緒に歩こ! そーしよ!」
ノーマンの隣はとった。
あとは、ノーマンと腕を組むのみ……!
わたしはノーマンの右腕をじっと見た。
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……。
両肩に力が入りすぎて身体がかちんこちんになっている。
は、恥ずかしい……。
だが、そんなことは言っていられない。
反対側に立つリサを見た。リサはにやにやしながらノーマンの左腕にぎゅっと抱きついている。
くそおおおおおおおおお!
出会って一日もたっていないやつにいいいいい!
わたしは一五年間ずっとノーマンの隣りにいたんじゃああああ!
ああ、もう、恥ずかしい!
恥ずかしいが……わたしは覚悟を決めた! 決めたんだ!
「てやッ!」
わたしはかけ声一発、ノーマンの右腕にしがみついた!




