舌戦
のっけから会議は白熱した。
「勇者と聖女、神の遣わした希望が二つもある。何もマリクを出す必要はないじゃろう?」
「しかし老師! 可能性は少しでも上げておきたい!」
「そうじゃのう。気持ちはわかる。だからギルドとして協力しないとは言っておらん。導師級の魔術師を数人お貸ししよう」
「そこは伝説の魔術師をお願いしたいのだ!」
主に喋っているのはヴィーガスさんとギルドマスターの爺さんだけだが。
展開はひたすら水掛け論。
ヴィーガスさんの言葉をギルドマスターの爺さんが延々と煙に巻いている。手を変え品を変え、もうこの話題何周目だよって感じ。あー、隣の部屋で三文ロマンス小説読んでいてー。
意外なのは当の本人であるマリク。目をつむったまま我関せずという感じでじっとしている。爺さんに無理やり連れ出されてごきげんななめなのだろうか。
「伝説だからこそ渡せないのう……。君たちにはマリクがどれほどの価値を持っているかわかってはおらん」
「わかっているつもりだが?」
「いや、わかってはおらん。マリクを兵器として見て、この世界の平和とマリクの頭脳をはかりにかけているのだからな」
「……? どういう意味だ?」
「マリクは魔術の深淵に到達できる唯一の頭脳、人類の至宝じゃ。その命は世界の平和よりも重い」
「な……! 何を!? 世界が滅んでしまえば、その深淵とやらに到達しても意味がないではないか!」
爺さんがおおげさにため息をつく。
「ふぅ……お主ら普通の人間は本当に儂たちのことが理解できておらぬのう。正直、魔術の深淵を垣間見えるのなら、世界など知ったことではないのじゃよ、我々はな。例え一秒後に世界が滅びたとしても」
爺さん……いい感じにイッちゃってるなあ……そういうの嫌いじゃないけど。
だがこれは、かなり厳しい展開なのは事実だ。
ようは常識が違うのだ。爺さんと我々では。優先順位が根本的に異なる二組が妥協できるラインなどありはしない。
それはヴィーガスさんもわかっているのだろう。すぐに反論せず、大きく息を吐いた。
「――わかりました」
ヴィーガスさんは背筋を伸ばし、しかと爺さんの目を見る。
「これはクラウディア姫さまの本意ではないのですが――こうなってしまった以上いたしかたありますまい」
ヴィーガスさんは服の内ポケットから一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。
それはヴァリス王家の印が押された王命の書類だった。
「王家の名において命じます。グレイノール魔術師ギルド長、魔術師マリクを魔王討伐の任につけ、勇者一行に同行させること。もし従わないのならば、王家への謀反の意ありと判断いたします」
……おお……。
わたしは口から漏れそうな声を押し殺した。
これはもう完全にケンカをふっかけている。お上品な言葉で言っているが、ようするに『命令に従え。さもなければ全軍上げてぶっつぶす』である。
王命である以上、ヴァリス王国の人間は決して逆らえない。
あの姫さま、結構えぐいことするなあ……。
いやむしろ――こうまでしなければ山は動かないと予見してのことだろうか。
であるならば、姫さまの辣腕を褒めるべきか。
そして、思う。そうまでして欲しいほどなのか。魔術師マリクは。
わたしがマリクを見ると――気づいたマリクがにこりとほほ笑み返してくれた。
うわ……引きこもりとは思えないコミュ力だ。しかも意外と優しげな表情でわたしのほうがどきりとしてしまう。
「ふぅむ」
爺さんはあごひげをしごきながら息をつく。
「やりおりますなあ、クラウディア姫さまは。最強のカードを惜しげもなく使うとは」
そう。最強のカード。
だからこそ連発できるものではない。強制的な命令など連発すればどこかでひずみが生まれるから。
だが、姫さまはためらわなかった。ここでこのカードを切るべきだと決断したのだ。
「昔、儂はクラウディア姫さまに勉学を教えておりましてな……ふむ。成長具合に感動しておりますわい」
「……姫さまはヴァリス王国の民、すべての命を背負っておられます。その責任か姫さまを強くしたのでしょう」
「ふむ」
ギルドマスターはイスにもたれかかった。
「王命であれば致し方あるまい。王国に属する組織である我々に反対する権利はない。じゃが――」
今度はギルドマスターが射るような視線でヴィーガスさんを見る。
「マリク当人の意志は別じゃ」
「というと?」
「マリク本人が行きたいのか行きたくないのか。それが肝心じゃ。行きたいのであれば組織としては何も言うまい。じゃが、行きたくないのであれば、我々は組織としてマリクを守らなければならぬ」
「……王家を敵に回すと?」
「個人を守るのが組織の仕事。姫さまは王家としてヴァリス国民を守るっておられるのじゃろう? ならば我々はギルドとしてマリクの意志を守らなければならぬ」
ヴィーガスさんは難しい顔で口を閉ざしている。
爺さんは爺さんでこう言っている。『組織としては従う。しかしマリクを守るためならば徹底抗戦する』と。
それが正論だけにたちが悪い。
そもそも姫さまは『全軍あげてぶっつぶす』などと言っているが、そんなものただのブラフ。長い魔王軍との戦いで王国はぼろぼろなのだ。内乱などできる状態ではない。
「で、マリクはどう思うんじゃ?」
その瞬間――
全員の視線が今まで一言も発していなかった主役に集中した(ノーマンじゃないよ!)。
青い髪の青年はその視線に臆することなく口を開く。
「そうですね……まずは腕を拝見したいです」
「腕?」
「ええ。勇者どのの」
そう言って、マリクはひたりとノーマンを見た。
年下のノーマンに対して、口調を変えてマリクが続ける。
「私は魔術師だ。確かに私の魔法は一度に一〇〇の魔族を打ち払える。だが、その身は脆弱。ただのレッサーデーモンであっても接近を許せば対抗する手段はない。だから、まずは護衛の腕が確かなのか。それを拝見したい」
「へえ」
ノーマンが笑った。おかしそうに。
「でもどう試すんだ?」
「私と試合をしてもらう。それで判断しよう」
五年。わずか五年。しかし、私が頂点に上り詰めるのはその五年で充分だった。私にもう一日を与えよ、次の伝説を造ってやる! 世界を変えた伝説の魔術師が、新たなる歴史を描くために立ち上がる!
さあ、始まりました!
夢の異種格闘技戦! 勇者vs伝説の魔術師!
勝つのはどっちだ!
え、そういうノリはいらないって?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
わたしたちはギルド内にある別の部屋に移動した。
そこはちょっとした集会なら開けそうなくらいの広さのある部屋だった。
「ほっほっほっほ。ここは攻撃魔法の実験場でな。この頑丈な壁は特殊な材質でできていて魔力を減衰する力を持っておる。お主らがどんなに暴れてもびくともせんじゃろう」
ギルドマスターの爺さんが自慢げにそう語った。
ノーマンがマリクに言う。
「……俺はどれくらい離れてスタートしたらいいんだ?」
「ではあちらの端からお願いしよう」
マリクが指さした壁際は――今のマリクの立ち位置から三〇メートルは離れている。
遠い。
遠距離特化の魔術師であるマリクの、それが生命線。
「ハンデはもらえるだけもらっておくさ。勇者とゼロ距離でぶつかって勝てるなんて思っていない」
「いいさ、別に」
手をひらひらとさせてノーマンは壁際へと歩いていく。
そのとき。
「ねえ、寛大な勇者さま。もうひとつハンデをお願いしたのだけど」
ひょいと手を上げたのは、マリクと一緒に入ってきた赤い髪で右目を隠した女――確かリサだ。
「なんだ?」
「二対一ってのはどう? わたしも混ざりたいんだけど」
「リサ!」
マリクの叱責、だがリサは無視して挑むような視線をノーマンに投げかけている。
ノーマンはあっさり答えた。
「構わないさ」
「不安だったら、そこの聖女さまもどう?」
む。
いきなり振られた。
ノーマン想って幾星霜! あいつはわたしの気持ちにいつ気づくのか! 惚れても届かぬ非モテ街道歩いて一五年! いつか報われると信じてわが道を歩く愛の求道者! 聖女サーシャの参戦だあッ!
ごめんなさい。
言ってみたかっただけです。
「ノーマン、いる?」
「いらない」
即答された。
……い、いや、これさ、ノーマンがわたしをいらないって言ってるんじゃないからね! 嫌ってるわけじゃないからね! 一人でいけるっていう意味だからね!
とわたしは必死になって自分に言い聞かせた。
まあ……ノーマンむっちゃ強いから大丈夫だろうけど。ただ――
「ふーん、残念ね」
笑いまじりにそう言って、リサがマリクのかたわらに立つ。
……なーんか、あのリサってやつ変な雰囲気が漂ってるんだよなあ。ちょっとばかし嫌な予感がするんだけど……。
気のせいだよね?




