無貌のエレオノール
前回までのあらすじ:ノーマンとサーシャは野盗の脅威から街道の宿を守った。宿の娘メリッサと別れ、風の騎士ヴィーガスとともに魔法都市グレイノールにようやくたどり着く。
「追いかけっこはここまでよ」
路地の入り口に立ったリサは、路地のどん詰まりに声をかけた。
そこには三〇歳くらいの派手なみなりの女性が立っている。
「どこにも逃げられない。覚悟することね」
ここは魔法都市グレイノール。
王都ヴァリスに次ぐ第二の都市として有名で、二つ名の通り魔法の研究が盛んである。
この都市に所属する騎士団は魔法を使えるものが多い。剣と魔法、双方を操る力は貴重な戦力であり、その実力を称えて『魔法騎士』と呼ばれている。
リサはグレイノールの警備を担当する魔法騎士である。
年齢は二〇歳で赤い髪の女性だ。髪の片側が長く右目を隠している。魔法騎士としての筋はよく、実力は随一と評されるクリス隊に所属していた。
経験的にはようやくルーキーを脱しつつあり、それゆえに――
大きな手柄を欲していた。
「無駄な抵抗はやめなさい」
リサは腰の剣を抜きつつ女との距離を詰める。
リサの所属するクリス隊は街に入り込んだ魔族を追っていた。能力は下位相当とみられている。
下位――並みの騎士ならば数人がかりで倒すレベル。
いい任務だとリサは思った。
重大な任務にもかかわらず、危険性は少ない。もしもこの任務を解決できれば、きっと評価も上がるはず。
「いいか。下位とはいえ、あくまでも未確認情報だ。決して油断するな。コンビでの行動を徹底しろ」
隊長のクリスはそう言っていた。
クリスはまだ二〇代前半にも関わらず、魔法騎士隊の隊長を勤めるほどの才人だ。青色の髪の下にある顔はいつも優しげだが、任務のときはとても厳しくなる。
若き天才。
人々はクリスをそう褒め称える。
リサはそんなクリスに早く自分の力を認めてもらいたかった。
今、リサはひとりだった。彼女のパートナーはここにはいない。魔族の追跡中にはぐれてしまったのだ。
本来であれば魔族には近づかないのが定石。
だが、リサはむしろチャンスだと思った。
自分の力だけで魔族を討ち果たせば――叱責は受けるかもしれないが、それ以上の評価が転がり込むのは間違いない。
相手はたかだか下級魔族一匹。
魔法騎士の力は普通の騎士のそれを凌駕する。
(……やってやれないことはない!)
リサには自信があった。
だからこそ、ひとりで虎口に飛び込むのだ。
「追い詰めた? 覚悟?」
前に立つ女がくすくすくすと笑う。
「それってどういう意味かしら?」
「もちろん、そのままの意味よ!」
リサは一気に間合いを詰め、剣を前に突き出した。
刺突!
ひゅっという音がして――女の姿がかき消えた。
「え!?」
「ここよ」
女の姿はリサの頭上にあった。女は細い路地の壁に両手両足を突っ張ってリサを見下ろしていた。
(……わたしの刺突と同時に飛んだのか!)
かわされたことは問題ではない。
問題は、かわされた瞬間を気づけなかったことだ。
(なんてスピード……!)
そうリサが思っているうちに女の姿がまたかき消えた。
「!?」
「後ろよ」
リサが振り返ると、女が両手を広げて立っていた。
「おやおや。路地の壁を背負ったのはあなたみたいね。もう一度訊くわね? 誰が追い詰められて、誰が覚悟するのかしら?」
「お前だ!」
リサは再び女に斬りかかった。
だが、女の身のこなしは速い。リサがどれだけ剣を振るおうとかすりもしない。
(……そ、そんな!?)
ぎん!
金属音が響き渡った。女の手刀がリサの剣の腹を払う。あまりの圧力にリサは手から剣を落としてしまった。
「しまった!」
剣を拾う暇は与えられなかった。
女がリサの肩を両手でつかみ、壁に押しつけたのだ。
「あらあら、また訊かないとね? 誰が追い詰められて、誰が覚悟するのかしら?」
女の声には嘲笑と勝利への確信が含まれていた。
「く……こ、このわたしが……下級魔族ごときに……!」
悔しがるリサを見て、女が大笑いした。
「な、なにがおかしい!」
「あら、ごめんなさい。わたしの流した偽情報にだまされてくれたのがおかしてね。言っておくけど、わたし下級じゃなくて将軍級よ」
女がさらっと言った言葉は、リサの心臓を突き刺した。
将軍級――
それは上級のさらに上。災厄級の力を持つ魔族だ。魔王直属のしもべであり、重要な作戦でなければ姿を見せない。
そんな大物が、なぜこの都市に?
「無貌のエレオノールっていうの。え? 顔はあるじゃないかって? そうね。でも、これは仮の顔なの。わたしの能力に由来していてね――発動条件が面倒なのよ。困っちゃうわよね。相手の身体に両手で触れたうえで、あることをするんだけど。さて、あることってなんでしょうか?」
「ふ、ふざけるな!」
「ぶっぶー。不正解。答えは――」
瞬間。
エレオノールがリサの唇に口づけをした。
「――ッ!?」




