メリッサの答え
「お、俺は! メリッサのことが好きになったみたいだ! これから旅に出て会えないけど! 俺のこと待っててくれるかな!? つきあってくれ、メリッサ!」
直球である。
直球の告白であった。
たぶん、わたしがそんなことをノーマンから言われたら立ったまま気絶する自信があるのだが、あいかわらず目的語が違う。
どうしてサーシャにじゃなくてメリッサに、なんだろうなあ……。
メリッサがふわりとした笑みを浮かべた。
きっとそれは幸せという言葉と出会えた人だけができる――
そんな笑顔だ。
「そう、ですね……わたしも……」
メリッサが言葉を返す。
告白を受け入れて終了。
わたしの恋もまた終了。
なんて思っていたのだが、彼女の言葉が不自然に途切れた。
メリッサは悩むような表情を浮かべて、口を開閉させている。その後、ぐっと唇を噛みしめてノーマンを真正面から見つめた。
その顔にあるのは、決心。
メリッサが固い声で口を開く。
「ノーマンさま。ありがとうございます。勇者さまからの告白など宿屋の娘には望外すぎる幸運ですが――」
メリッサは一瞬だけ目を閉じて。
しかし、一瞬のためらいだけで言った。
「そのお気持ちはお受けできません」
わたしは言葉を失った。
いや、まさか。
メリッサが断るなんて思いもしなかったから。
だが、わたし以上に衝撃を受けている人がいた。
名前をノーマンという。
絶対必勝間違いなし! で臨んだ告白が完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。ノーマンは魂が飛んでいくどころか砕け散った様子でたたずんでいる。
メリッサがノーマンの手をとった。
「必ず魔王をお倒しください。勇者さまの馬に乗せてもらった名誉は決して忘れません。本当にありがとうございました!」
メリッサはそう言うと、くるりとノーマンに背中を向けて小走りに立ち去る。
その小さな姿が人混みのなかに消えていった。
「ヴィーガスさん」
「うん?」
「ノーマンのこと頼みます」
ヴィーガスさんの返事を待たず、わたしは走り出した。
メリッサの後を追うためだ。
人の間を走り抜けながらわたしは思った。
さて、どうしてこんなことをするのだろう。
わたしにはよくわからなかった。
ノーマンの恋が終わった。
ノーマンが好きなわたしにとってはそれだけでいいはずなのに。
ただなんとなく――このままではきっとダメな気がしていて、そのせいで身体が勝手に動いたのだ。
「何やってるんだろ、わたしは……」
そんなことをぼやいたとき。
うっかり通り過ぎそうになった細い路地にメリッサがいるのを見つけた。陽の光があまり届かない暗がりで、メリッサは大通りに背を向けて壁により掛かっている。
きっと誰にも話しかけられたくないのだろう。
だが、わたしは意を決すると一歩踏み出した。
「メリッサ――」
わたしに声をかけられ、メリッサの背中がびくりと震える。
そろりと彼女が振り向いた。
「サーシャさん……」
その目は赤くて、目の周りは濡れていた。
「ど、どうしてここに……」
「ちょっとその――お話がしたくて」
「……変なところ見られちゃいましたね」
メリッサが慌てて手で顔をぬぐう。手をどけたときにはいつもの宿屋の娘の笑顔が浮かんでいた。
だがどうしてだろう。その笑顔を痛々しく感じるのは。
「どうしてノーマンの告白を断ったの?」
「身分が違いますよ。勇者さまと宿屋の娘。無理があるでしょ?」
「それだけ?」
「いえ。他にも。これから魔王を倒す旅に出るんですよね? もうずっと会えないじゃないですか。勇者さまはすぐわたしのことなんて忘れますよ」
「それだけ?」
「はい」
「そう……なら否定しておくわ。ノーマンはそんなやつじゃない」
言いながら本当に自分は何を言っているんだと思った。
なんでわざわざメリッサが断った理由を否定するのだろう。それで思い直されたら――
損をするのはわたしなのに。
でも口は勝手に開いて言葉は勝手に紡がれる。
「ノーマンは仕事や身分で差別しない」
まあ、だから姫さまに恋するとか無謀なことしてたけど。
「それにノーマンは一度だって約束を破ったことがない。あいつがやるって言ったら最後までやる。あいつが魔王を倒すまで待っててくれって言ったのなら――必ず魔王を倒して戻ってくる」
言いながらわたしは気がついた。
ああ、なるほど。きっとわたしはノーマンが勘違いされているのが嫌だったのだ。
ノーマンという人間を正しく理解して欲しいのだ。
正しく理解した上で、彼の気持ちに応えてあげて欲しかったのだ。
だけど――
「だけど、メリッサ」
わたしはひたりとメリッサの目を見た。
メリッサの言った理由は、きっと嘘だ。
「メリッサだって本当はそんなこと不安に思っていないのでしょ? あなたはきっとノーマンのことを信じている。ならなぜノーマンを振ったの?」
「どうしても知りたいんですか?」
「知りたい」
「昨日の夜――あなたの顔を見たからですよ」
「わたしの、顔……?」
その瞬間、わたしの頭に浮かんだ映像は――
うっかりクローゼットから転がり出たわたしが見た、ノーマンのかたわらに立つメリッサの姿。メリッサの顔は見られたくないものを見られた恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。
メリッサの顔はすぐに思い出せたが――
逆にメリッサはわたしのどんな顔を見たのだろう?
メリッサが答えを口にした。
「泣き出しそうでしたよ、サーシャさん」
……。
そんな顔をしていたのか、わたし。
「大切なものをとられた子供みたいな……ノーマンをとらないでって言われたみたいな気分になりました」
メリッサが続けた。
「ノーマンさんのことが好きなんでしょ?」
「……うん」
「それが理由です」
「だ、だけど! 別にわたしとメリッサは友達ってわけでもないし! 遠慮なんてしなくていいじゃない!」
「遠慮じゃないんですよ。負ける勝負はしたくないんです」
「……え?」
「さっき言った理由はあながち嘘でもないんです。勇者と釣り合うのは宿屋の娘じゃなくて聖女。それにあんな顔ができるくらいノーマンさんのことが好きな女の子がずっと隣にいる。わたしに勝ち目なんてないでしょ?」
「言ったじゃない。ノーマンは約束を守るって」
「そうですね。きっとそうでしょう」
メリッサがわたしのほうに近づいてきた。
「でも、それで苦しむのは――新しくできた気持ちに気付いて苦しむのはノーマンさんでしょ?」
「!」
すれ違いざま、メリッサがわたしの頬を軽くつねった。
「きっとわたしがノーマンさんをとられてもあんな顔できないです。あんな顔ができるくらい好きなんだから――ノーマンさんを離しちゃダメですよ」
そのままメリッサはわたしの横をすり抜けて大通りへと戻る。
「勇者さんはモテるんですからね」
メリッサのいなくなった路地でわたしは一人になった。
メリッサにつねられた頬を撫でてそっとつぶやく。
「そんなことわかってるわよ」
泊まると聞いていた宿屋に戻ると、一階の酒場でヴィーガスさんとノーマンがテーブルを囲んで酒を飲んでいた。
ちなみに、この国ではアルコールが一五歳から解禁となる。
「どうだ、メリッサちゃんは見つかった?」
ヴィーガスさんの問いにわたしは首を振った。
「見つかりませんでした」
嘘をついた。なんとなくさっきの会話は誰にも言わないほうがいい気がしたからだ。
ノーマンががっくりと肩を落とす。
「はああ……どうして俺の恋はうまくいかないんだろう。今回はいける気がしたのになあ……」
「まあまあ、そういうこともあるさ。なぁに新しい恋なんてすぐ見つかるさ。あんまり落ち込みなさんな」
ヴィーガスさんがノーマンの肩をぽんぽん叩く。
「ほら呑め呑め。呑んで嫌なこと忘れちまえ!」
「くそー!」
ノーマンが酒をあおる。そして、わたしを見た。
「サーシャ、俺の敗因は何だ!?」
「知らないわよ」
わたしはつっけんどんに答えながら、ノーマンの横に座った。
空いたジョッキとノーマンのジョッキに酒を注ぐ。
「ま、思いっきり呑みなさい。愚痴りなさい。今晩はあたしもつきあってあげるからさ」
そんな感じでひとつの恋が終わり――
また明日、新しい旅が始まるのだ。




