最後の言葉は「告白」
快晴の空の下、女将の声が響き渡った。
「いやー、もう出発だなんてねえ! もうちょっとゆっくりしていってくれればいいのに!」
夜が明けて昼前になり――
早い目の昼食をすませたわたしたちは予定どおり、宿を出ることにした。
女将の横に立つメリッサがにこにことした顔で口を開く。
「皆さんがいなければわたしは生きてはいなかったでしょう。命を助けてもらった上に野盗まで退治していただいて。本当にありがとうございました」
ぺこりとメリッサが頭を下げる。
答えたのはヴィーガスさんだ。
「次の街につき次第、この地区の警備を強化するよう王国に連絡をしておく。安心するといい」
「お心遣い感謝いたします」
「すごいですねえ、ヴィーガスさん。仕事ができる人って感じ!」
「おとなは伊達に年食ってないってことだよ」
わたしの茶々をヴィーガスさんが軽く受け流す。おとなだ!
「次はどこに行くんだい?」
「ラタスだな」
女将の質問にヴィーガスさんが答えた。
ラタスとはこの宿から少し行ったところにある小都市だ。馬ならば数時間でたどり着けるだろう。
ラタスを抜ければ、もともとの目的地である魔術都市グレイノールはもうすぐだ。
「そうなんだ、ラタスなんだね?」
そのとき、女将さんの目がきらんと輝いた――ような気がした。
「ラタスだったら、申し訳ないけどこの子も連れていってくれないかね? 買い出しの用事があってね」
と言って女将さんがばしんと背中を叩いたのは――
もちろんメリッサだ。
「え、え、え!? お母さん!?」
当の本人は目を白黒させているが。
「そうは言っても我々は馬に乗っているからな……その子は徒歩だろう?」
「ラタスは近いしさ、二人くらい乗っても大丈夫だろ? ほら、勇者さまの後ろに乗せてもらいな、メリッサ!」
ぐおっ!?
この女将、策士!
ノーマンとメリッサを一緒の馬に乗せる。最初からこれが狙いだったのだろう。
く……くくくく!
仲が深まる前に宿から退散、逃げ切ったぞ! って思っていたら。
ノーマンのほうをちらっと見た。
まんざらでもない顔で嬉しそうにしている。そうだよなあ。こいつ、メリッサのことが好きだとか言ってたもんなあ……。
「ノーマン、お前はどうしたい?」
「あ、俺はオッケーですよ。大丈夫です」
「わかった。ならラタスまで送ろう」
そのとき、わりとビジネスライクな感じで落ち着いていたメリッサの表情がライトでも浴びたかのようにぱっと明るくなった。
お、おおおお……お前もかい……。
わたしは胸がざわつくのを感じた。
どうにも嫌な予感がして仕方がない。
「ありがとうございます! 勇者さまと同じ馬に乗れるなんてこの子の一生の自慢ですよ! ほら、メリッサ。早く早く! 皆さんを待たせるんじゃないよ!」
ぐいぐいと女将がメリッサを押し出していく。
「ちょ、ちょ、ちょ、お、お母さん!?」
なんてメリッサが抗議の声を上げるがどこ吹く風。あっという間にメリッサはノーマンの前に追いやられた。
「気をつけて」
ノーマンが手を差し出す。
メリッサはその手をぎゅっと握ると、弾みをつけて馬に乗った。ノーマンの後ろに。
ノーマンの後ろに!
メリッサはノーマンの後ろでもじもじしていた。
「メリッサ、ちゃんとつかまって」
ノーマンが後ろにいるメリッサの手をつかんで自分の腰に当てた。
「は、はい……」
メリッサははにかみながら、そっとノーマンの腰に両腕を回した。
密着。
わたしの口から魂が飛んでいきそうだった。
ていうか、飛んだ。
恥じらいながらノーマンに抱きつくメリッサと。こちらも照れた表情でそれを背中で受け止めるノーマン。
これ、つきあってますよね?
完璧につきあってますよね?
あjふぃあじょfじゃおjfじっjふぃおあいjmfじゃ。
女将さんが手を振った。
「必ず魔王を倒してくるんだよ! でないと、あんたらがこの宿に泊まったって話が自慢になんないからね!」
「よし、行くぞ!」
ヴィーガスさんがそう言うと、馬の腹を蹴って進み始めた。
ノーマンが進み始めるのを待って、わたしはそろっと馬を進ませた。場所はぴったりノーマンの斜め後ろ。
素知らぬ顔をしながら。
わたしはあなたたちなんて興味ありませんよ?
わたしは聖女ですから色恋沙汰とかいいので。
そんな顔をしながら――
ちらちら! ちらっ!
と二人を盗み見る。自分でも驚くほどの器の小ささである。
いやほら、あれである。普段は女っ気のない息子の部屋に同じ年頃の女の子がやってきたら「あらいい仲なのかしら?」みたいにテンションあがる母親の心境である。
お母さん、お菓子を差し入れるふりして部屋を探りに行くやん? それと同じ行動原理なのだ。
自分でも何言ってるのかよくわからなくなってきた。
旅の序盤は二人とも何も話さなかった。
あ、とか、う、とかそんな感じで声が途絶える。だけど、しばらくすると短音が単語になり、少しずつ感情のやりとりが始まる。
そして一時間もたつと――
とても楽しげに、自然体で会話していた。
細かい会話の内容まで聞き取れないが、楽しそうな声とおかしそうな笑い声が風に乗って聞こえてくる。
立派な馬の上に乗って、仲の良さそうに話す若い男女。
これか……これがあれか。
いちゃこらしやがってか。
青春ロマンス小説のワンシーンやないか! 『この後めちゃくちゃまぐわった』で締めくくられそうな勢いである。
仲のいい二人を見ていると一秒おきにボクサーが、げしぃ! げしぃ! と重いパンチでぶん殴ってくるようなダメージを受ける。
あかん……。
サーシャさんのHPはもうゼロやで……。
とはいえ。
あらゆる事柄に永遠はない。この地獄のような責め苦もラタスの街に到着すると同時に終わった。
先に馬から下りたノーマンが馬上のメリッサに手を伸ばす。メリッサはその手をつかんで、えい! という感じで馬から飛び降りた。
「あ、ありがとうございます!」
そして、二人はふふふ、と笑い合う。
わたしも内心でふふふと笑った。
ま、まあ。いいんじゃないの?
若い二人が残り少ない時間を仲良くするのはいいんじゃないの?
ふふん。
少しばかりわたしは余裕を取り戻していた。
ここでメリッサとはお別れである。ノーマンとメリッサが多少仲がよかったとしても、しょせんは淡い恋心。ここから先の進展は難しいだろう。
きっと若い二人の想い出の一ページへと昇華される、それだけだ。
「さて、と。メリッサちゃん。ここで別れても大丈夫かな?」
ヴィーガスさんがそう言う。
「はい。みなさんには本当にお世話になりました! みなさんの旅のご無事をお祈りしています。またこの辺に来たときは宿にお立ち寄りください。母と一緒に歓迎いたしますので!」
そう言ってメリッサがぺこりと頭を下げる。
「じゃあね。メリッサ」
わたしがひらひら手を振る。
そこでこの話は終わり――だと思っていたのだが。
「メ、メリッサ……」
緊張した声色が彼女の名前を呼んだ。
声の主はノーマン。
声と同じく顔にも緊張がありありと浮かんでいた。
もちろん、三文ロマンス小説を読みまくって恋愛アンテナびんびんのわたしにはそれが何なのかすぐわかる。
ま、まさか、こいつ!
ここでおっぱじめようというのか!?
「な、何でしょう? ノーマンさん……」
こちらも魔法でもかけられましたか? みたい感じでカチコチに固まっているメリッサ。
もちろん、メリッサも気付いているのだろう。
これからノーマンが何を言い出そうとしているのかを。
ヴィーガスさんは――
にやにやしている。
表情は『いいぞもっとやれ』。
あいかわらずこの人は楽しんでいくスタイルである。
「お、俺は! メリッサのことが好きになったみたいだ! これから旅に出て会えないけど! 俺のこと待っててくれるかな!? つきあってくれ、メリッサ!」




